第19話
コウジの射撃によって始まった決闘は、タマヨの眉間に銃弾が迫り、直ぐに終わるかと思えた。
しかしタマヨに対して銃弾は滑るようにカーブして当たらない。それはタマヨが羽織る風のベールが原因だった。
「<風帯>ですか!?」
<風帯>は今のタマヨのように風を纏い弾や矢を避ける呪文だ。風魔法使いがほぼ持っている一般的な魔法だが、近代化したこの異世界でも十分に活用できる魔法のひとつである。
それでも<風帯>は完全ではない。例え射撃であっても逸らせる余地のない近距離ならば効果はある。
また他にも対処方法はあった。
「<焼却>!」
「!?」
コウジの火属性魔法に対してタマヨは横に飛び退く。それは風魔法に対して火属性魔法は相性が良く、避ける必要があるほど火力が上がってしまうからだ。
タマヨは<焼却>によるコウジの牽制をものともせず、縦横無尽に走り回り接近してきている。動きはまるで若者のそれで、とても初老の女性とは思えなかった。
そしてその接近は、ついに矛を交えるほど近くなる。
「<風刃>」
タマヨはコウジの懐に入る直前、風魔法によって攻撃を仕掛ける。
コウジは寸前で魔法を回避するも、今度はタマヨの槍が襲い掛かってきた。
タマヨは真っすぐと槍を突きだし、コウジはその槍をアサルトライフルで受ける。
だが槍の威力はコウジの想定をはるかに上回り。槍を受けたアサルトライフルはたった一撃で真っ二つとなって、破壊されてしまった。
「くっ!?」
タマヨの槍がそのままコウジを貫くと思われたが、コウジは身体を横に回転させて避け、逆にタマヨの懐に入り、体当たりをくらわせた。
「ぐっ!?」
「<着火>!」
コウジは更にタマヨの目の前で小威力の火属性魔法を浴びせる。これに怯んだタマヨはよろめき、コウジが拳銃を装備する時間を稼いだ。
拳銃を握ったコウジは瞬時に連射する。パンパンッと軽い音共に銃弾が発射され、タマヨは<風帯>だけでは回避しきれず、銃弾が脇腹に刺さった。
「くっ、やるじゃないか!」
タマヨは銃弾を受けたにもかかわらず、目はギラギラと光り、戦意は全く衰えていない。
コウジは全弾撃ち終えた拳銃の弾倉を入れ替える間、タマヨは槍を投げる構えに入った。
「見せてあげるよ。これが英雄のなせる業さ」
タマヨはコウジが拳銃で狙いを定める前に、槍を投じた。
「<神業・心臓原罰>」
コウジはタマヨに先手を取られたため、槍の回避に専念する。
タマヨが投げた槍はコウジの横を掠めて後方へ飛んでいく、かと思えば突然空中でUターンして戻ってきたのだ。
「なっ!?」
コウジは意表をつかれ、避けるための時間は十分にない。仕方なく左腕を差し出し、槍の防御に徹した。
その甲斐とそのせいもあり、タマヨの槍はコウジの左腕を撃ち抜いたのだった。
「ぐああああっ!」
その途端、コウジの身体に槍で刺された以上の激痛が走る。
コウジは急いで槍を抜いて放り投げるも、左腕には痛々しい跡が付いていた。
「なんですかこれは!?」
コウジの左腕に残されていたのは槍による傷だけではない。穿たれた穴から皮膚に黒いいばらのような傷口が少しずつ腕を這い上がり、その度にコウジの身体へ激痛をもたらしていた。
「<風運>」
タマヨはいつのまにか自分の槍を風魔法で回収し、勝負は決まったようにふんぞり返っていた。
「私の神槍『ゲー・ジャッカル』の英雄のみが持つ能力、<神業・心臓原罰>には強い呪いが付与されているのさ。残念だけどそのままにしていると、アンタ死ぬよ」
「何っ!?」
「<神業・心臓原罰>は最終的に呪いが心臓まで至り、貫く。心臓が刺さればちょこざいなアンタでも死ぬさね。そういう呪いなのさ」
「はっ、なるほど。それは困りましたね」
コウジは痛みを隠すように笑いをこぼす。
けれども状況は最悪だ。左腕は痛みで使い物にならず、弾倉の交換もままならない。万事休すとはこのことだ。
「ですが、私も負けられないのですよ」
コウジは膝を屈して命乞いする様子もなく、不屈の精神で立ち上がった。
「私には役目があります。この星を救うという、とても意味のある行為です。そのための代償はいくらでも払います」
コウジは決心したように、自分の左腕へ銃口を突きつけた。
――パンッパンッパンッ。
あろうことか、コウジは自分の左腕を撃った。ちょうど手首と膝関節の間を狙い、痛みは襟元を噛んで耐えた。
「――っ!」
拳銃の銃弾を撃ち切ったところで左腕は皮一枚で繋がったような状態になり、コウジは右腕で左腕を引きちぎった。
「<燃焼>!」
できた新たな傷口は火属性魔法で焼き、出血を止める。そしてコウジは荒い息をしつつも、まだ立っていた。
「……しょ、正気じゃないよアンタ」
「アナタもこれくらいの覚悟はあるでしょう? それとも腕一本程度も差し出せないと?」
「くっ、虚勢を張るじゃないか。なら手加減は要らないねえ!」
タマヨは再び槍を投げる助走をつける。次こそタマヨの<神業・心臓原罰>をくらえばコウジもいっかんの終わりだ。
「っ!」
コウジは腰砕けになりそうな身体に鞭を打ち、タマヨに向かって前進する。勝機があるとすれば肉弾戦しかないからだ。
それでも、コウジが近づくよりも先にタマヨの投槍が早い。
「終わりだよ! <神業・心臓原罰>!」
タマヨの投げた槍はコウジの心臓目掛けて飛ぶ。それはさっきと同じ軌道だと、コウジは読んでいた。
「ふんっ!」
コウジは槍を叩き落とすように、右腕で千切れた左腕を振った。
すると槍は再び左腕に刺さり、勢いは完全に削がれてしまった。
「何っ!?」
タマヨは驚くが、その間さえなくコウジが距離を詰めよる。
残った右腕を振りかぶり、殴る、殴る、殴る。ただひたすらタマヨの顔面を狙い、一心不乱に拳を突き出した。
「がっ、ぐえっ、げふっ」
驚きのあまりノーガードのタマヨの顔が拳によって打ちのめされ、その身体は倒れてしまう。
コウジはチャンスとばかりに、タマヨへ馬乗りになり拳を振るうのをやめなかった。
「私はこんな所では死ねません! 死ねません! 死ねないのです!」
独白のような言葉を繰り返しながら、コウジは残った右こぶしをタマヨの顔にぶつけ続ける。
例え指が折れようと、まともに握れなくなろうと、手首がいかれようと、勝つために目的を果たすために攻撃をし続けた。
「待ってくれ!」
そんなコウジを制止したのは、タマヨの部下のヘビーエグゾだった。スピーカー音からは懇願の声をこぼし、大きな指先でコウジとタマヨの間に割って入った。
「決闘を止めるな」
ハサンもこの行動には遺憾だったらしく、制止したヘビーエグゾの懐に入り、コクピットに大口径アサルトライフルを突きつけていた。
「頼む。もう戦いの決着はついた。俺はいい。団長だけは殺さないでくれ」
コウジは戦いを止めるつもりはなかったが、待ったにより緊張の糸が切れてしまった。
「分かり、ました。私の勝ち、ですよね」
コウジはそう言うと、気絶しているタマヨに対し、自分も仰向けに昏倒してしまった。
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