第16話

 コウジたちはアテームに帰還する際中、これまでの結果をまとめていた。


 衛星基地の古代施設が通信不能だったのはパラコープスと100年前墜落した巡洋艦の船員が原因であり、中はパラコープスの巣窟になっていた。


 そして衛星基地の古代施設を放棄し、リアクターを臨界点に達させて爆破して現在に至る。


 また駐留していた艦隊はユニによって離脱させていたので全艦無事であるそうだ。


「ともかく、苦労のかいあって戦力を増強できたわけですね」


「そういうわけじゃ、良くやったのう。コウジ」


 ユニはコウジを労(ねぎら)うと、その頭をよしよしとしようとする。


 ただ圧倒的に身長が足りず、虚空を撫でるだけにとどまった。


「むう、もっと背を高く設定すべきじゃったか」


「子供じゃないのに撫でてどうするんですか。馬鹿にしてるんですか?」


「いいや、よくやった人間はそうするものじゃろ。ココロ博士もそうしてくれおったぞ」


「ココロ博士?」


「――いや、話しすぎたか。とりあえずジュエルもモーダンも、皆も頭を下げるのじゃ」


 ユニは皆に命令すると頭なでなでを開始する。ただし素直に頭(こうべ)を垂れたのはジュエルだけで、他は恥ずかしそうにそのままの格好をしていた。


 思えば、コウジはユニの過去について全く知らない。頭をなでるという行為も、もしかしたらユニにとっては大事な代償行為なのかもしれない。もしくは、ユニの制作者に教え込まれた習慣なのか。


 どちらにせよ、推察するための情報をコウジはあまり持っていなかった。


「ユニは一体どういう経緯でアテームという星を守るようになったのですか?」


「何じゃ? 藪から棒に」


 自分でも驚くほど率直な質問に、ユニは怪訝な顔をした。


「そういう身内の話をするときは自分から話すべきじゃよ。それが礼儀じゃないかえ?」


 言われてみれば確かにそうだ。コウジは少し考えを巡らせると、自分の話をし始めた。


「そうですね。なら私の過去を少し話しましょうか」


「それは私たちも気になるな。聞かせてくれ」


 傍聴者はユニだけではなく、ジュエルやモーダン、ハサンやその他の隊員もそうらしい。


 とはいえど、コウジの昔話などあまり面白くない。


「私は成人になる前、両親を亡くしました。正確には先に父を、その後を追うように母を失いました。2人とも些細な事故でした。ただ恐らく、2人とも不本意な死だったと思いますね」


「事故死など誰にとっても不本意じゃと思うが、その理由は?」


「2人も何のために生き、なんのために死ぬか。人には運命があり宿命があると信じてやみませんでした。私にもいつか自分の役割が来た時に十分動けるよう、かなりスパルタな指導を受けましたよ」


 コウジは自分の苦労を思い出し笑いして、ふふっと笑いをこぼした。


「過去の苦労は笑い話というワケじゃな」


「その解釈で間違いありません。その後、私は独り立ちして働き始めました。ですが常に頭に付いて回ったのは昔の習慣、自分のスキルを上げ、自分の仕事を十分以上に全うするという。ある種の呪縛のような脅迫概念です。でも、私にはそれが全てでした」


 コウジはそう言うと少し視線を落とした。


「よく周りから、休んだ方が良い、もっと趣味を持て、とはよく言われました。ですが私には仕事だけが自分を表現する方法でした。だから初めて務めた会社の経営が傾きかけていると知った時は、あらゆるタスクとコネクションを駆使して、会社は右肩上がりの成長をし始めたのですが……」


 後は、ジュエルたちスケイルの船員が知るところである。


「異世界転移したのじゃな。今までの苦労がパァとは気の毒じゃのう」


「どちらにしろ私にとっては通過点ですよ。結局会社を持ち上げても自分の心を充足させるには不十分でした。今もたぶん、似たような状況です」


 コウジの言葉に、ユニとジュエルは少しブスっとした顔になった。


 考えてみればそれもそうだ。役割を与える側にとって与えた仕事に満足していないというのは、自分の管理能力の欠如を指摘されたようなものだからだ。


「いえ、私は非難したかったワケではなく、ただただ普通に感想を述べただけで」


 コウジの言葉は火に油を注ぐような形となり、2人の顔は更に険しくなった。


「コウジ、会社に戻った暁には覚悟しておけ」


「あたいもコウジに対して甘くしすぎたかのう。これからはぼろ雑巾になるほど扱わせてもらうのじゃよ」


 コウジは2人の視線が痛く、目を逸らした。


「ところでこちらが話したのですから、ユニも多少は何か話してくれますよね?」


「うむ? ……仕方ないのう。少しだけじゃぞ」


 ユニはもったいぶった口調でとつとつと話し始めた。


「さっき言った名前は、あたいの生みの親であるココロ博士じゃ。古代施設がまだ現役じゃった頃、AI研究の一環であたいを作り出したのじゃ。そしてあたいに星の維持管理を任せ、最後の任務に向かったのじゃ」


「最後の任務?」


「詳しい内容についてはデータが欠損しておる。おそらくココロ博士が意図的に改ざんしたのじゃ。ただ僅かに残っているデータからココロ博士には思い残したことがあるのを知ったのじゃ」


 ユニはまるで自分の悩みのように話した。


「ココロ博士には、叶わなかった恋があったのじゃ」


「……死別とかですか?」


「詳しくは知らぬ。だがデータを改ざんしても残るような強い記憶じゃ。ココロ博士にとっては消せぬほどの忘れがたい思い出じゃったのだろう。その想い人の名前はアテーム・アメット」


「アテーム・アメット? だとするとこの星とユニの名前は」


「そう、惑星アテームはココロ博士が。ユニ・ココロ・アメットは自分で名付けたのじゃよ。おそらく惑星の名前は、この星が想い人と同じほど重要じゃった理由、もしくはあたいがそう思うようにわざわざ名付け、記憶にも残したのじゃろうと思っておる」


「ただ命令を守っていただけではないのですね……」


 ユニの告白した星を維持する理由を訊き、コウジは思った。


 同じAIであるエルコとは違うユニの人間らしさの原因は、きっとその記憶たちが理由だ。人間の想い、心残り、強い信念がユニの中に眠っている。だから人間臭さが感じられたのだ。


 コウジはユニを作ったココロという人物に強く関心を持った。この星を守らせる重要性、ユニの役目、それらが気になったのだ。


「面白いですね」


「コウジ?」


「ユニ。これからは星を守るだけじゃなく、ココロ博士が星を残した理由についても探りませんか?」


「ふむ? それは考えたことがなかったのう」


 コウジの提案に、ユニは割と乗り気のようだ。


「ココロ博士が消した記憶の断片も、もしかしたら探るうちに分かってくるかもしれないのう。いいぞ、気に入ったのじゃ」


 ユニはそう述べると、コウジの言葉を承諾した。


「コウジも興味があるというなら、記憶を探す手伝いをさせてやろう。そちらから提案してきたということはそのつもりなのじゃろ?」


「当然です。俄然興味がありますね」


 ユニとコウジの意見が一致したところで、ジュエルが口を挟んできた。


「それはずいぶん時間がかかりそうだな」


「ジュエル船長! そうでした。運送の仕事もありましたね。うーん……」


「構わない。これまでコウジにはほとんど休みなく仕事をさせていたからな。少し長い有給休暇くらいとらせてやる」


「!? 船長」


 コウジはジュエルが肯定的な意見をしてくれたのに感動していると、その空気を邪魔するように緊急入電が入った。


「船長! アテームの古代施設から緊急の通信です」


「どうした?」


 ジュエルは朗らかだった顔を真剣な顔に直し、内容を聞いた。


「古代施設が現在、謎の勢力から攻撃を受けているそうです!」


 通信手のそんな報告に、その場の全員が騒然とするのだった。

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