第13話
「うわっぷ!」
謎の人物の腹部が風船のように膨らんで破裂し、周囲にいたコウジたちは血肉と臓物をまともに浴びてしまった。
赤黒く染まったコウジたちは一瞬視界を眩(くら)まされるも、その中に人体以外の何かがいるのに気づいた。
「何かいます! 気を付けて――」
コウジがそう叫ぶ間に、その何かは顔を庇った右腕に憑りついてきた。
それは青黒い球体の生物だった。どちらかといえば節のある足は昆虫を思わせ、大きさは人間の頭部ほどもあり、凄まじい跳躍でコウジの右腕にとりついたのだ。
コウジはその生物に触れた瞬間、嫌な予感で背筋をゾッとさせた。
「<着火>!」
コウジは瞬きする間もなく、その生物に向けて左手の平から小威力の炎魔法を繰り出した。
火力は弱いといえ、その程度でも腕にとりついた生物を追い払うには十分だった。
「皆気を付けるのじゃ! そいつは『パラコープス』。身体にとりつかれると死ぬからのう!」
ユニの話を聞き、皆後ずさりする。だが中にはコウジのように身体に張り付かれた者もおり、混乱の極みであった。
「くそっ! 背中に張り付きやがった!」
「ああああ! 誰かとってくれ! 頼む!」
戦闘員は拳銃で、グーマ族は手持ちのナイフ殺傷するも、場所によっては自分で処理できない者がいた。
特にその中のひとりは、あろうことかパラコープスの群れの中に倒れてしまったのであった。
「まずい……ユニ! 助けられませんか!」
「無理じゃ! パラコープスにとりつかれるとすぐに脳神経へ侵入されるのじゃ! 手遅れじゃ!」
ユニの言うようにパラコープスは戦闘員の皮膚に潜り込むように同化し、皮膚の下のふくらみはすぐに頭部へとたどり着いた。
頭部へパラコープスが到着すると、戦闘員の震えは収まり、すくっと立ち上がったのだった。
その顔は先ほどまでの謎の人物と同じく恍惚な笑顔をしており、魂が抜けたようなくすんだ眼の光をしていた。
「くっ……、火属性魔法が使える者は前へ! <焼却>で一掃する!」
ジュエルの号令により、ジュエルとコウジを含む3人が前に出る。
そして両手をパラコープスたちに向け、魔素を集中させた。
「<焼却>!」
呪文と共に3人の手の平から火炎放射のような業火が放出される。火はすぐにパラコープスの群れを包み込み、死体と共に全てを焼き尽くした。
残ったのは黒ずんだ床と炭化したパラコープスたち、それと死体がひとつだけ転がっていた。
「ふう、これで安心――」
「船長! 死体がひとつ足りません!」
ジュエルは両肩の緊張を緩ませたが、コウジは異常にいち早く気付いた。
全員が驚き周りを見直すと、その死体らしきものは遠く離れた場所にいた。
「死体……、何ですか?」
それはもう死体というより別の生き物だった。人間だった頃の面影はあるけれども、破れた腹からブリッジの形をしたままの体勢で、肋骨が変形した足が複数伸びていた。
しかも両顎は大きく縦に裂け、人間の頭など軽々と飲み込めるほどの大きさをした異様な姿だった。
「パラコープスは産卵後の死体を変態させる能力があるのじゃ。かなり好戦的で凶暴じゃぞ。気を付けい!」
パラコープスは瞼の剥がれた両目でギョロリとこちらを見ると、増えた足でこちらに駆けだした。
その速さは犬ほどもあり、俊敏さはゴキブリのごとく素早い。コウジたちがアサルトライフルを連射するも黒く硬化した肌は容易く銃弾を弾いてしまった。
「くっ、どういう作りの身体をしているんですか!」
応戦するも、パラコープスは銃弾を掻い潜ってこちらの懐を突き破り、グーマ族の戦士が襲われた。
パラコープスはグーマ族の戦士の首を食い破ろうとするも、分厚い毛皮のおかげで簡単に殺されずに済んだ。
ただしパラコープスはそのまま自分の足をグーマ族の戦士の身体に突き刺し、寄生されるか殺されるかは時間の問題であった。
「ふんっ!」
間髪入れずにグーマ族の戦士を救ったのは、同じ戦士のハサンだった。
ハサンは手に持ったアサルトライフルを野球の打者のように振るい、パラコープスをかっ飛ばしたのだった。
代わりにアサルトライフルは真ん中から折れたものの、パラコープスはグーマ族の戦士から離れて固いタイルの上を転げまわったのだ。
「<氷結>!」
更にコウジは短い演唱からパラコープスの足元に吹雪を浴びせる。そうすると、パラコープスの足は床に氷漬けにされ、動きを止めるに至った。
「こいつに弱点はないんですか!?」
パラコープスが氷から抜け出そうとしている間に、コウジが慌ててユニへ問いかける。
ユニは腕を組んで少し考え、以下のように提案した。
「大質量の攻撃などでバラバラにすれば死ぬかのう? 少なくともこの寄生体は成長するとちょっとの炎や氷では死なぬからな。何故なら元々こいつは宇宙生物じゃからの」
ユニの答えに、横にいたモーダンが頷いた。
「バラバラにすればいいのだな」
モーダンは皆の先頭へ出ると、すぐさま呪文を唱えた。
「――<大鎌連撃>!」
モーダンが唱えたのは風魔法だ。突如としてモーダンの腕の先から複数の真空波が飛来し、パラコープスへと迫る。
大鎌連撃の真空波はそのまま見事にパラコープスを捕らえると、その四肢はばらばらになり、胴体は乱切りに切り刻まれたのだった。
「……流石に死にましたよね」
コウジが気持ち悪そうに銃の先でパラコープスの死体を漁るも、動きはない。やはり絶命したようだ。
「疲れたな。連続で魔素を使いすぎた」
ジュエルもコウジも、それに高威力の魔法を使ったモーダンも魔素切れから青い顔をしていた。
これは魔素を使いすぎによる一過性のもので、症状自体はすぐに収まるはずだ。
ただ魔素自体はすぐさま回復はしないため、しばらくは魔法が使えない。次にあの量のパラコープスに遭遇すれば銃でしか応戦する手段はないだろう。
この戦いでこちらの損害は1名死亡、1名重傷だ。そう考えればパラコープスとの戦闘はできる限り避けたいところだ。
「そもそもパラコープスとは何なんです?」
コウジの問いかけに、ユニはゆるやかな口調で返事をした。
「それはのう。パラコープスはティンクルイーターの幼体なのじゃ。小さい時は生物に寄生してそのエネルギーを吸い、生体を取り込んで大きくなるにつれて星に住み着くようになるのじゃ。先のグーマ族が寄生されなかったのは運が良かったのう」
「襲われたのに幸運もくそもない。口を慎め」
「おっと、ならば不幸中の幸いと言えばいいかの」
ハサンは重傷を負ったグーマ族を手当てにしながら、軽口を述べたユニを睨む。
「じゃあもしかして、アーテムに住み着いたティンクルイーターはここが出所なんですか?」
「おそらく、な。ここで数十年かけて大きくなり、アーテムに寄生したのじゃろう。忌々しい話じゃな」
ユニはそう苦い顔をしてばらばらになったパラコープスを一瞥した。
「そう考えれば先の墜落した巡洋艦が原因じゃろう。となると、まだまだパラコープスはいるかもしれぬな」
「それは、どのくらいですか?」
「知らぬよ。アテームのティンクルイーターの分だけ減っていたとしても数十体はいるのではなかろう?」
「……うわぁ」
コウジがため息をつくも、ジュエルの方は気持ちを緩めず毅然とした態度で告げた。
「ならばパラコープスとやらをアーテムに持ち替えるわけにはいかない。ここは徹底的に消毒するぞ」
「ジュエル船長……。しかし消毒とは?」
「決まっている。こういう場合のやり方はひとつだ」
ジュエルは自信満々に提案を述べた。
「この古代施設を爆破する。その後、艦隊の方は地道に駆除するしかないだろう」
「……何ぃ!?」
ジュエルのそんな突拍子のない提言に、一番驚いたのは当然ユニだった。
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