第10話

 グーマ族との同盟を結んだコウジたちはひとまずユニの古代施設へと戻る算段となった。


 帰還の際、一部のグーマ族の戦士を連れて雪道に難儀していると、ユニから吉報が届いたのだった。


「スケイルの乗員と合流できたとは本当ですか!?」


「嘘を言って何になる。真じゃよ」


「それで、生存者は」


「船長を名乗る者と副船長、それに10名ほどの船員じゃな」


「……そうですか」


 スケイルの全乗員は約30人、そう考えれば生き残ったのはその3分の1しかいない。


 それはともかく、船長と副船長がいるのは幸いだ。てっきりスケイルの轟沈と共に亡くなっているとばかり思っていた。


「船長は義理堅い人ですから、スケイルと運命を共にしたかと思ってましたよ」


「そういうものかえ? まぁ、事情は自分で聞くんじゃな」


 それから約1時間後、コウジとグーマ族たちは古代施設へと戻ってきた。


 古代施設の近くにはドロップシップと複数のエグゾスレイヴがいる。どれもスケイルにあったものだ。


「いきとったんか! チーフ!」


「イヴァおじいさん!」


 コウジが外で出迎えてくれた船員の前でミドルエグゾのマテバから降りると、真っ先に駆け込んできたのはイヴァだった。


 イヴァは泣きそうなほど嬉しそうにコウジの腹を軽く殴りつけると、いつもの調子で話しかけてきた。


「ひとりで無茶しおってからに。よう生きとった。本当に……」


「イヴァおじいさんこそ。船員全員が生き残れなかったのは残念です。ただ船員はたくさん亡くなりましたが、船長さえ生きていれば会社も立ち直れます。不幸中の幸いです」


「……あー、それで船長がな」


 イヴァは申し訳なさそうに古代施設の方を見やる。


「船長は艦と運命を共にするつもりだったようだが、副船長に無理やりドロップシップに乗せられたようでな。だいぶふさぎ込んでおるようだ」


「副船長が? 意外ですね。そんなに船長想いでしたっけ?」


「ワシも驚いてるところだ。てっきりあの鉄仮面、船長の代わりに牛耳るチャンスだと我先に逃げたかと思ったが。思わぬファインプレイをしてくれたものだ」


 副船長の行動についてはコウジもイヴァも首を傾げる。


 副船長、モーダン・サンソンは船長であるジュエル・アーバンに付き従う不愛想なトールマンだ。


 命令には忠実とはいえ、それ以上はしない。一流とはいえない真面目な二流というのが皆の意見だった。


 噂では貴族であるアーバン家からジュエル船長のお目付け役として無理やり副船長に就任したと聞く。


 しかしそんな人物が船長の意に背いて助けるとは、奇想天外と言わずにいられない。


「ワシらはエグゾの整備で忙しくてな。この寒冷で微調整もせにゃならん。まずは船長のところへ行ってくれ」


「分かりました。船長にはこれからもずいぶんと働いてもらわないといけませんからね」


 コウジはイヴァと別れると、居住スペースへと急いだ。


 エントランスへと着くと、そこには船長と副船長、ジュエルとモーダンの姿があった。


「ジュエル船長! エンジニアチーフのコウジ・アラカワ。ただ今戻りました」


「おお! コウジか。生きていて幸いだ」


 ジュエル・アーバンは伏せていた顔が少し明るくなる。


 ジュエルは白銀の長いストレートの髪に、すらりと長いスレンダーな体格が印象的な女性だ。


 目はブルーの虹彩で白い肌と対称的な真っ赤な唇をし、そのせいか冷たい印象を他人に与える。だがその一方で内なる感情は熱く、その根本となるのは貴族や騎士道といった考え方があった。


 アーバン家、それは魔王時代以前からある門閥貴族の一員で有力な騎士を輩出する家系としても名だたる一族だ。


 ジュエルはその長女、とはいっても3人の兄がいるため末の娘といっても過言ではない存在だ。


 ただし女性であるにもかかわらず、当主からは嫁入りを打診されるも一族とは別に立身出世するべく自分の会社を立ち上げた向上心の持ち主だ。


 当主の意にそぐう行為をしたとは言っても、本人は貴族という家系に反目しているワケではなく、それどころか崇拝している気さえある。それは騎士への憧憬があるのでは、とコウジは推察している。


「生きていたのだな。チーフ。悪運が強い男め」


「どういたしまして、モーダン副船長」


 一方、隣の男はモーダン・サンソンと呼ばれる副船長だ。


 不遜な態度を表すようなムッとした表情を常に顔へ貼り付け、黒い眼は冷淡に相手を見下している。


 髪はジュエルほど長くないにしても肩まで伸び、青白い肌と共に見れば幽鬼のようにも見えなくはない。


 アーバン家からの推薦されたという以外は謎多き男、付き合いも悪く自分の話をしないため、皆から不気味がられている。


 だが何故かジュエルからは信頼を置かれ、副船長という役目を過分なくこなしているという不思議な人物だ。


「報告を聞いてもいいだろうか。コウジ」


「はっ! 船長」


 コウジはジュエルに言われるまま、これまでの出来事を語る。


 この星、アテームの現状やユニとの約束、グーマ族の存在などを順番に語った。


「……そうか。ずいぶん苦労したようだな」


 ジュエルはそうコウジを労(ねぎら)い。状況を理解したようだった。


「そういうわけじゃ、コウジにはあたいの元で働いてもらいたいのじゃ」


 コウジがジュエルとやり取りしていると、ふいにユニのロボット体がドアを開いて現れた。


「この……どの面下げて出てきてるんですか」


 コウジはユニをひっぱたきたい気持ちでいっぱいだったが、ここはジュエルの手前で勝手な行動は慎んだ。


「どういうことだ? コウジは私の大事な部下だ。これからは私の元で君の依頼を達成すればいいのではないか?」


「それもいいがのう。正直に言えばコウジとやらはエンジニアチーフとして置いとくのはもったいないのではないか?」


「……」


 ユニにそう指摘され、ジュエルは言葉を詰まらせる。何やら話が妙な方向へ行きだしたようだ。


「待ってください。約束は果たしますが私は元々スケイルの船員です。勝手に行動するには……」


「お主はそう思うかもしれぬが、グーマ族に汎用作業エグゾで勝てた実力はただのエンジニアにはもったいないのではないかえ? 自分ではそう思わぬか?」


「むっ」


 ユニに言われると完全には否定できない。コウジ自身、エンジニアチーフという役割よりももっと重要な仕事をしたいという願望があったからだ。


 だがジュエルへの恩がある以上、はいそうですかと承諾するわけにはいかなかった。


「船長はどう思いますか?」


「……」


 ジュエルはコウジに尋ねられても難しい顔をしていた。その理由はどうしてか、コウジ自身にはさっぱりだった。


「船長?」


「前々から思っていたのだ。コウジは今の仕事に満足していない。もっと大きな役割を担いたいという感情があるのではないかとな」


「――バレてましたか。しかし不満があるわけでは」


「分かっている。私自身、コウジの力を持て余しているという感覚はあった。だからといっていきなり副船長を任せるには他の者の示しにはならないし、それでは解決しないと思っていてな」


 ジュエルは考えを巡らせた後、決心したようにユニへ話しかけた。


「ユニとやら。しばらくコウジを任せてもいいだろうか?」


「しかし船長!」


 ジュエルのその決定に異を唱えたのは隣のモーダンだった。


「モーダン、君とは言えこれには口出しはさせない。これは決定事項だ。今からコウジ・アラカワは私、ジュエル・アーバンの指揮を離れて単独任務を行う権限を与える。分かったな」


「……了解しました。船長」


 コウジの予想に反してジュエルもモーダンも、コウジがユニの元で働くのに納得してしまい。正直戸惑いを隠せなかった。


 けれどもその戸惑いは否定からではなく、単に意表を突かれただけで満更でもなかった。


「コウジ・アラカワ! これよりスケイルの職務から離れ、ユニ・ココロ・アメットの助力に尽くします!」


 コウジはジュエルに敬礼をすると、ユニに向き合った。


「ではこれから色々と個別任務を頼むぞ、コウジ」


「ええ。ですがその前に」


 コウジは前置きを置いてから、右手の平を振りかぶった。


「およ?」


 ――バチンッ。と大きく乾いた音が響き、近くにいたジュエルとモーダンも目を白黒させた。


 なぜならコウジが脈絡もなく急にユニの頬をひっぱたいたからだ。


「な、何をするのじゃ! 突然おなごのか弱い頬を叩くなど!」


「AIのくせして何がか弱いですか。グーマ族での無茶ぶりは忘れていませんからね。これからはアナタが信用できるかどうか試させてもらいますよ」


「だからといって暴力はいけぬだろう! DVじゃDV! もしくはハラスメントじゃ!」


「先に仕掛けてきた方が何を言ってるんですか! ここには法廷も秩序もないんですよ。文句があるなら自分からかかってきてください」


「何をおおおおお!」


 ユニは噛みつこうと飛び掛かるも、簡単にコウジによって額を押されて距離を離された。


 まるでそれは犬猿の仲を表すような光景だ。


「くだらないですな」


「ぷっ、ははははは!」


 そんな様子を、モーダンは呆れたようにそっぽを向き、傍にいたジュエルは腹を抱えて笑うのだった。

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