第9話
「――というわけなんです」
コウジがこの星がティンクルイーターに喰われ、余命幾何(いくばく)もない事実を伝えると、村長は再び「うむ」と頷いた。
「それで? 我々への用事はそれだけかな?」
「他にもあります。この災害は人の力で止められます。なので協力をお願いしたいのです」
「協力とな」
村長はその言葉を聞くと、何がおかしいのか笑い出した。
「あいにくだが我々がそちらを助ける道理がないな」
「!? 道理って、自分たちが助かるか助からないかの話なんですよ!」
「それがどうした。これも星の運命、ならば我々は運命を共にするまでだよ」
「――そんな」
グーマ族の村長の独特な考え方は部族特有のものなのか、相手は頑として意見を変える様子はない。
だからと言って、はいそうですかではコウジも帰れない。だったら他の方法で取引を持ちかけるしかない。
「お困りのようじゃな」
コウジの耳元の端末に声が入る。それはユニの通信だ。
「コソコソ話ができる状況ではありません。スピーカーに切り替えますよ」
「あい分かった」
コウジが耳元の端末を弄(いじ)ると、ユニの声が村長にも届くようになった。
「個人としては初めましてじゃ、あたいはユニ・ココロ・アメット。ユニと呼ぶがいい」
「ほう、ユニとやら。まさか古代施設に住むというAIとやらではないか?」
どうやらユニの正体は村長にも聞き及んでいるらしい。それなら話はだいぶ省ける。
「100年以上前にこちらからの接触があった、というよりこちらが攻め入った過去があってな」
「あの時は覚えておる。ティンクルイーターが来る前だが悪天候による飢饉で攻め入ってからに。隠し食料以外全部持っていきおったからのう」
「あの時は親切に譲り渡してくれたと聞いている。それについては感謝しているのでな。おかげで我ら両親を含む多くの子らが救えたときいている」
「ええ、とても親切な対応で助かったのじゃよ」
コウジが一体どんな親切を受けたのか妄想していると、ふと気づく。
「ちょっと待ってください。来訪者は千年も前だって……」
「客、としての来訪者はな。略奪に来た原住民などそのうちに入らぬのじゃよ」
ユニはコウジの疑問を一蹴(いっしゅう)すると、村長に提案した。
「この寒気ではまた食料に困っておるだろう? なら取引といかぬか?」
「取引とな?」
「そうじゃ。今は施設が稼働しておるから人工培養の肉や野菜が造れるからの。そちらが手伝えば自然の野菜や果物だって思うがままじゃ。願ってもない話じゃろ?」
「確かに、こちらの食糧事情は苦しいからな」
村長は「うん」と頷くと、こう付け加えた。
「他にも資源や設備を一部譲渡してくれぬか? エグゾスレイヴの維持やこの場所の保全にも色々必要でな。いいだろう?」
「……うぬぬ。相変わらずがめつい種族じゃの!」
エメは悔しさをにじませながらもそれを承諾するしかなかった。
「ええい! 欲しいなら持っていけ! だがあたいの許可での話じゃからのう。すべて持ってかれたら敵わんからな!」
村長は「よしきた!」と膝を叩いた。
「こちらも命を懸けるのだ。そのくらいは貰っておいてやろう。これで同盟は結ばれた」
「同盟ですか?」
「そうともよ。我らグーマの戦士たちは仲間としか共に戦わぬ。戦友ならば同盟だろう。もちろん、これはそこの男の強さに免じてだがな」
コウジは自分が指さされているのに気づき、キョトンとした。
「グーマ族は強さと仲間こそ全て。今のグーマで最も強い戦士であるハサンを負かしたのだ。ならば肩を組むのもやぶさかではないからな」
「じゃあ食料や譲渡は?」
「それはそれ、これはこれ。この星を救うと言うのもユニとやらの願いだろう。ならばそちらはそちらで強請(ゆす)ってやるのが筋というものだよ」
村長はそう言うと木製の奥歯を見せつけてにやりと笑った。
「あきれたものじゃな……。だが約束じゃからな! めいいっぱいこき使ってやるからの!」
「望むところだ」
その後、村長とユニは通信越しに具体的な詳細を詰める流れとなった。
コウジはというと、予備の通信端末を村長に渡してしまったので用事もなく、とりあえずテントの外へと出た。
「村長にからかわれた。それは気に入られたということだ」
外に出るとテントのすぐ横にグーマ族の戦士、ハサンが待っていた。
「あれですか? 思春期の男子が気に入っている女子にちょっかいをかけるような……」
「うん?」
「いや、すいません。文化が違いましたね」
コウジはここが異世界の辺境であるというのを忘れて、つい要らぬノリを披露してしまった。
「それよりも、お前に渡すものある。ついてこい」
ハサンはコウジを招き、また広場の方へと戻って行く。
広場に戻ると、ハサンはとあるエグゾスレイヴを指さした。
「あれをやる」
「あれって……」
コウジの目の前にあったのは古代のエグゾスレイヴのひとつだ。
形状は小さな三角錐の頭部に、縦に長い楕円形の上半身と分厚い腕と足、右胸の部分には大きな砲塔もある。
色は全身透き通るような青。腰の部分にはブラスターのような太い拳銃が2丁あり、珍しい構成だった。
「機体名は『マテバ』。ここの洞窟を掘り進めた時に採掘した骨董品だ。よければ貰え」
「いいんですか? こんな上等なもの」
「これも運命だ。星の危機と100年ぶりの来客。同時に重なるのは偶然じゃない。だから受け取れ」
「……分かりました。これは大事に使わせてもらいます」
「なら試乗してみろ。喜ぶのはそれからだ」
コウジはハサンの勧めでさっそくマテバに乗り込みにかかる。
木組みの足場を通り、後部ハッチを手動操作で開けると身体を滑り込ませた。
「エルコの端末は……使えそうですね」
マテバの操縦席に座ったコウジは早速エルコのデータをインストールする。
すると機体内アナウンスが響き渡った。
「OS初期化、設定初期化、リアクター安定稼働確認、アクチュエーターオンライン、ウェポンオンライン……設定オールクリア」
エルコが機体の全設定を確認し終えると、コウジは操縦を開始する。
エグゾスレイヴの操縦は骨延長手術に使うような多層のリングに手と足をはめ込み起動する。
そして指先足先に伝達する電気信号がリングで増幅され、操縦者の意のままに機体を操れる仕組みになっているのだ。
コウジはマテバのスクリーンと機体の状況を読み込み、感動した。
「凄い! アーカムなんて目じゃありません! 全力時の時速は80キロ毎時、ブースターも合わせれば100キロを超える! こんな多目的快速軍用エグゾスレイヴはめったに手に入りませんよ」
「それはよかったな」
コウジがマテバの中ではしゃぐのを、ハサンは初めて顔をほぐして微笑をこぼすのであった。
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