第5話
海賊と言うのは有名であればあるほど動きにくいものだ。
言い換えてみれば名声とも言えなくはないそれは、国家や軍、警察に追われる存在になる。この異世界であってもそのルールに変わりはない。
そして有名であれば、その艦影を見ただけでも船乗りに知られている場合もあるのだ。
「右向きの髑髏に二股の聖槍……海賊傭兵団『ヨリトモ』の『ハッソウ』ですか!」
この場合、コウジは船にペイントされているマークだけでその存在を知っていた。
ヨリトモ、それはかつて7英雄のひとりと言われたタマヨ・マエダが結成した海賊傭兵団だ。
規模は数十隻の艦隊と100人にも上る海賊傭兵がいると言われるが、実態は不明だ。
その理由は本拠地が不明というだけではなく、ヨリトモの特殊な戦略が起因していた。
「ヨリトモは1隻による奇襲揚陸で単独や孤立した輸送船を確実に奪うので有名な海賊傭兵団です。どの船も高いステルス性とレーダー能力を有し、特に旗艦(きかん)のハッソウは団長のタマヨが指揮する軽巡洋艦。拿捕した船は数知れないと言われてます」
「ほぉ。団長自ら、それも1隻で拿捕しに来たのかの。ずいぶん強気じゃな。そもそもお主らには警護や他の輸送船はおらんかったのかえ?」
「……今回は特別です。いつもなら軍や信頼のおける傭兵団に警護を頼んだり、他の輸送船と輸送船団を作ります。ただ今度の積み荷は緊急で短期の依頼でしたから」
「そんな時に限って襲撃を受けたのかえ? ずいぶん悪運じゃの」
ユニに指摘され、コウジは自嘲気味に笑った。
確かにあのヨリトモのハッソウによる襲撃でも、こちらに3隻以上の駆逐艦かフリゲートがあればそもそも近づいてこれなかったかもしれない。
それでもコウジたちのような小規模の運送会社では高額で急ぎの荷運びも時々行う。つまりハイリスクハイリターンという奴だ。
「副船長の伝手(つて)による依頼でしたから船長も無碍(むげ)にはできませんでした。それがこんな結果になるなんて……」
コウジは悔しさに唇を噛むも、もう遅い話だ。もしとか、かもはいつだって手遅れでどうしようもない。
今はただ結果を見てどう選択するかが手元に残っているだけだった。
「……ユニ、この施設に武装は?」
「おお、敵討ちかえ? 威勢のいいことだのう」
「それは相手の出方次第です。それで?」
「武装はないがな。お気に召す品が幾つかあるのじゃよ」
ユニはこそこそとコウジに耳打ちすると、コウジの顔が歪んだ。
「そんなものがあるんですか」
「言ったじゃろ? この施設は星の生存を目的にしておる。このくらいの設備は当たり前じゃ」
ユニは自慢するように平たい胸を反り返した。
「分かりました。ハッソウとの通信をつなげてください」
「分かったのじゃ。少し待つのじゃよ」
ユニがまるで魔法のように指をくるくると回して、エイッと近くのデスクトップを指さした。
すると画面には老年の女性の顔が大写しになった。
「なんだい? 勝手に通信が……、おいお前! いったい何者だい?」
コウジはその人物が元英雄のタマヨ・マエダであるのにすぐ気づいた。
何故なら女性は右目に十字架が描かれた黒い眼帯をし、昔の海賊みたいに古風な帽子とコートを羽織っていたからだ。
髪は燃えるような、もしくは鮮血の血染めのような眩しい赤色。顔は歳のせいでシワが出始めているけれども、その活力のある表情は衰えを感じさせなかった。
タマヨは吊り上がった左目でこちらをにらみ返し、返答を待っているようであった。
「こちらはスケイルの乗員、コウジ・アラカワです。アナタに通告するため回線を開きました」
「……はっはっは! 生き残りがいたのかい? そいつは運がいいねえ。それに自分から名乗り出るなんて度胸がある」
タマヨは怒りの表情から好奇心に満ちた顔になり、顎を撫でながらこちらの顔の値札を測るようにまじまじと見てきた。
「よく見ればいい男じゃないか。よしっ。もしうちで働くつもりがあれば面接くらい受けさせてやっても――」
「それには及びません」
コウジの即座の拒絶に、タマヨはムッとした顔になる。それもそうだ。この会話はタマヨが主導権を握っていると思っていたからだ。
「……強気も行き過ぎるとくだらないね。いいのかい? こちらは損傷しているとはいえ軽巡洋艦。逆探知も始めてるからそちらの位置はすぐ丸わかりになるよ」
「構いませんよ? むしろ望むところです」
「何っ!?」
コウジはタマヨに見えぬよう親指を下に向けるサインを送ると、ユニが頷いて何やら作業を始めた。
「ああ、終わったね。お前の位置は……洞窟の中かい。じゃあ今すぐ岩の下敷きにしてやろうかね」
「その必要は全くありません。もしくは、できませんよ」
「……冗談も休み休みいいな」
だが、コウジの言葉は現実になる。
急にタマヨの背景で赤いランプが瞬き、アラート音が鳴り始めたのだ。
「なんだい!? いい所だって言うのに!」
「だ、団長! 船が制御できません!」
「……どういうことだい!?」
タマヨが困惑の顔色になるのを見て、ユニが直接画面に割り込んできた。
「説明しよう! この施設はこの惑星『アテーム』を維持するために様々な機能が付いているのじゃ」
「小娘が! 何を言い始めてるんだい!」
ユニはタマヨの迷惑そうな反応を無視し、解説を続けた。
「惑星の維持。それは単なる惑星生物圏の維持に限らぬでの、物理だけではなく惑星熱エネルギーの維持も含まれているのじゃ」
「惑星……熱エネルギー……、まさか古代惑星維持施設かい!?」
どうやらタマヨには心当たりがあるのか、その顔はサッと血の気が引いた。
「出力全開! この惑星圏を離脱しな!」
「できません。この艦は今――」
ユニが「そいっ」とばかりに別枠の画面でタマヨの乗るハッソウの外観を映した。
その画面にはハッソウの周りに4つの大きな花弁のような機械が花を開いていたのだった。
「強力な指向制御ビームに囚われています!」
指向制御ビーム、それはコウジを助けたものと同じだ。ただ今回の用途は船を無事に運ぶために使われるものではない。
正しくは、惑星の周りの小惑星や衛星を捕らえるために使われるものなのだ。
「全員退避! この船はまもなく星に喰われるよ!」
タマヨの判断は早い。しかし船のハッソウの方はもう助からない。
ハッソウは緩やかに惑星『アテーム』に引かれ、間もなく地表に到達する状況に陥っていた。
「退避! 退避!」
もう通信の向こうにタマヨはいない。
ハッソウからワラワラと脱出船が飛び立ち。地表では別の動きがあった。
「では、いただきます」
アテームの白い地表の下からシェルターのような金属の蓋がせりあがり、その蓋はとぐろを巻くように開くと、中には大きな空虚が広がっていた。
「アテームには他の惑星をコアに取り込むことによって星の寿命を延ばす機能が備わっているのじゃよ。タマヨとやらには説明するまでもなかったようじゃがな」
「まったく、恐ろしい機能ですね」
ハッソウはついに惑星アテームの大きな口に取り込まれ、静かに沈み込んでいった。それはまるで、クジラの食事シーンのようだ。
「じゃがこの程度では星の寿命はあまり伸びぬのう」
コウジが皆の敵をとってくれたアテームの口が閉まるのを見届けていると、ユニが難しそうな顔をした。
「具体的にはどのくらいです?」
「5日程度じゃな。ちなみに、アテームのこのままでの寿命は3ヶ月と12日じゃ」
「……ええっ!?」
コウジは突如ユニに告げられた余命宣告により、顔色が悪くなるのであった。
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