第4話

 コウジは、指向制御ビームによって空中をたわむように移動するアーカムに乗ったまま、1つの古い洞窟に招き入れられた。


 大きさはスケイルのそれよりも大きく、小さい都市ならすっぽり入るほどの入り口だ。しかもその奥には洞窟の大きさにふさわしい施設があった。


 それは古く、塗装が剥がれているが崩れそうな弱弱しさを全く感じない金属質の建物群だ。幾つかの立方体の施設が並び、積み木のように組み合わされている。


 コウジのアーカムはその中でも大きなドーム状の施設の前まで誘導され、やっと地上に降り立った。


「それで? ココは何です?」


 コウジが質問すると、無線越しのユニが返答した。


「ここはあんたらの言うところ、古代施設じゃぞ」


「古代施設!? 実在していたのですか!」


 古代施設、それは魔王がテラリに君臨するずっと前、宇宙を開拓していた様々な人種が作り上げたという遺跡だ。


 ただ遺跡と言っても古代人の技術の賜物(たまもの)か、その機械や設備は今でも問題なく作動するのだという。


 見つければ一攫千金とまで言わしめるそれが、コウジの目の前に現実として存在していた。


「それで、その古代施設がどうして私を助けてくれたんですか?」


「驚きはそれだけかいのう。もっと現金に喜んでいいのじゃぞ。ここを手に入れれば億万長者じゃというのに」


「それはアナタという障害を排除した場合の話でしょう」


「障害とは、これまた怖いことをいうのじゃのお」


 ユニはくっくと笑いをこぼし、余裕そうに告げた。


「どうじゃ? 私の本体はこのドームの中の精密機械じゃ。その気になればお主のミドルメックで壊せぬわけでもないのじゃぞ」


 コウジはユニ勧められるも、頭に疑問符を浮かべた。


「どうして私がそんな恩知らずをする必要が?」


「……おお! 本当に欲のない奴じゃのう。気に入った! やはり助けて正解じゃったな」


 ユニは感嘆の声を上げると、アーカムのディスプレイに情報を表示させた。


「居住地はここじゃ。好きに使って構わぬよ。住み心地は気にするでない。毎時間掃除して清潔そのもの、少ないが食料も水もあるぞ。食料は保存食だけじゃがな」


「……感謝します。命だけではなく住処まで。しかし――」


 コウジはアーカムを指定の場所に移動させつつも、ユニの思惑を読んだ。


「私を助けたのは善意だけではなく、手助けが必要な状況なんでしょう」


「……ふむ。勘も優れておるとはな。ならば単刀直入に言った方がよさそうじゃのう」


 ユニは僅かに考えを巡らせた会話の余白の後、頼みを話した。


「お主にはこの惑星を救って欲しい。それも早急にな」


「惑星を、救う?」


 コウジはユニの突拍子のない話の内容に驚きつつも、続きを聞いた。


「外の様子は見たじゃろ? この星はここだけではなく全域で凍結しつつある。つまり惑星が熱を失い死につつあるのじゃ。その原因を排除して欲しいのじゃ」


「原因とは何です?」


「聞いたことがあるかは分からぬが、ティンクルイーターを知っておるか?」


「……そういうことですか」


 ティンクルイーター、つまり「輝き喰い」と呼ばれる超巨大生物は星々を渡って星のエネルギーを食う化け物だ。


 具体的には恒星や惑星の「熱」を食らい、星の寿命を奪い取る。寿命を終えた星は超新星やブラックホールになるのではなく冷え切った宇宙の塵になってしまうのだという。


 コウジも噂程度の知識だが、もし生存圏に現れた場合移住もしくは討伐が必要となる事案だ。


 そして討伐する場合、正規部隊の艦隊2個大隊が必要とされるらしい。


「私には荷が重すぎるように感じますが?」


「その点は問題ないのう。コウジの力を借りれば施設は全稼働できるからの。そうすれば希望の芽くらいはあるじゃろ」


「……やっぱり勝ち目の薄い戦いじゃないですか。はぁ、施設に入るのでいったん無線を切りますよ」


 コウジは通信を切り、アーカムの外に出た。


 この惑星の重力はやや重いけれども、身体へ順応させるにはほぼ問題ない。計器から算出された大気も人間の生存可能な比率であり、ヘルメットを外しても平気なほどだった。


 念のためコウジは居住地の中に入ってから除染を受けた後、ヘルメットを外して一息をついた。


「さて、どうしたものですかね」


 古代施設の内部はユニの言う通り清潔感が保たれていた。空気も清浄化されており、むせ返る要素はない。


 これだけの状態を一体何百年、何千年維持されていたのだろう。そう考えると、途方もない話だ。


 コウジは彩(いろどり)のない通路を通り、大きそうな部屋に辿り着いた。どうやらダイニングルームらしく、食事のできる真っ白いテーブルと椅子が幾つか丁寧に置かれている。


 もちろん台所も完備され、ゲストルームを兼ねているのか、幅広いソファーと水族館のアクリルみたいに巨大なテレビが壁際に置かれている。


 テレビ画面には今、リアルな自然の情景が映されている。中には風でざわめく草木だけではなく、鳥や鹿といった野生動物がまるで生きているように動いており、憧憬さえ思い出された。


「どうじゃ? いい場所じゃろ?」


 コウジがその照り返す緑の光を眩しく思っていると、後ろから声がかかった。


 振り向くと、そこにはひとりの少女がいた。いや、違う。よくできているがこれはロボットだ。


 見た目は茶色のロングヘア、丸い獣耳が頭に付いておりまるで生きているかのように動いている。


 顔はつぶらな大きな瞳を覆う黒縁の丸い眼鏡と、草の芽のような小さな鼻、潤んだ小さな唇の間には悪戯っぽい長めの犬歯が覗いていた。


 服装は髪の毛に合わせた茶色インナーとぶかぶかの白衣だ。特に腕の長さは足りておらず、余り気味の袖口が床に向かって垂れていて、だらしなくも感じた。


「アナタが本体……ではないですよね」


「そうじゃよ。これはあくまでもお主と喋りやすくするためのインターフェイスじゃ。愛でていいぞ、愛でて」


「小児性愛も母性本能も私には無縁ですよ。。それよりもそちらの用事を優先しましょう」


「ふむ、面白くない男じゃのう。これだから真面目な男と言うのは……。と言ってもあたいが人と話したのは1000と552年前だから仕方ないのう」


「そんなに昔なのですね。ここに考古学者がいれば垂涎(すいぜん)ものの情報ですが、私には関係ありませんね」


 コウジがそう素っ気なく言うと、ユニはすねたような顔をしつつも話題を変えた。


「お主にはまずあたいのロックを外してもらおうかの。そうすれば全機能が回復するじゃろ」


「ロックですか? 前任の古代人はどうしてそんなものを……まさか罠だったりしませんよね」


「たとえ罠ならどうするつもりじゃ? そのちっぽけなエグゾスレイヴで人類圏まで飛んで帰るつもりか? それができるならこちらの誘いには乗らなかったじゃろ?」


 ユニの指摘はその通りだ。現在コウジが唯一所有しているアーカムには大気圏脱出能力も星間航行機能はない。


 もし本社へ帰還するなら最低でもスケイルと同じ地上と宇宙間飛行ができる船が必要なのだ。


「最初に訊きます。もし私がアナタの手助けをすれば、私が帰りたい場所に連れて行く船をくれますか?」


「そのつもりで来たと思ったのじゃがな? だが約束の確認とは大事なものじゃ。ほれ」


 ユニはそう言うと、若木の枝のように細い小指をコウジに突きつけた。


「……何のつもりです?」


「約束と言ったら指切りげんまに決まっとるじゃろ! ほれ、さっさとせんか」


「普通は契約書とかでしょう。まったく」


 コウジは言い返す気力もなく、誘われるがまま自分の小指をユニと結んだ。


 ユニの小指から感じる体温は当然ない。それでも人間の感触を再現できており、小さな指の腹がコウジの大き目な指に絡み合ったのだった。


「ゆーびきりげんま、嘘ついたらはりせんぼん呑ます――」


「本当に呑ませませんよね?」


「ええい、うるさいのう。――指切った!」


 ユニはぱっと指を放すと、満面の笑みで白い歯を見せた。


「これで約束じゃぞ! あたいの星をティンクルイーターから救ってくれれば、お主を好きな星に帰す。それでいいな」


「はいはい、それまでは小間使いのように働かせてもらいますよ」


 約束を確認し合った2人はその後、ユニの案内で古代施設の最奥へと案内された。


 しばらく歩くと、2人は大きなスクリーンに向かって下り坂のようにデスクが配置されたコントロールルームらしき部屋に辿り着いた。


 コウジの記憶が正しければそこは大学の教室にも似ていた。


「ほれ、ここじゃ」


 ユニが指さす場所にはキーが鍵穴に刺さったまま斜めに傾いている。ずいぶん杜撰(ずさん)なセキュリティーの状態だ。


「一応聞きますが、自分で外せないのですか?」


「今更じゃのう。あたいはあくまでも人に造られたAI。禁則事項を破れぬに決まっておるじゃろ。あたいには禁則事項第7項、ロボットは命令者Aに対して逆らうことを禁ずる。という制御がかかっておるのじゃ」


「その命令者Aとは、アナタの創造者ですか?」


「……そうじゃな。まあ、それは別にいい話じゃろ。さっさとするのじゃ!」


 ユニは僅かに憂いの顔色をしたが、すぐに勢いを取り戻してコウジの背中を押した。


「分かりましたよ!」


 コウジはキーを握ると捻る。そうすると簡単にキーは鍵穴から外れ、コウジの手元にはそれが残った。


「ほれ、完了じゃ。そのキーはマスターキーみたいなものじゃから大事に持っとくのじゃよ」


「前任者はどうしてこんな古臭いセキュリティーにしたんでしょうね。これでは誰にでも解除できてしまいますよ」


「だからそのつもりじゃったんだろ」


「あ……なるほど」


 おそらく前任の古代人は自分たちが何らかの原因で全滅するのを予期し、新人類にこのユニを託すべくわざと半端な状態で残したのだ。


 となると、別にコウジでなくとも最初の到達者であればよかったとも言えなくはない。


「まあ、それはいいとしましょう」


 そしてユニのロックが解除されたせいか、大きなスクリーンや小さなデスクトップ画面に光が溢れる。


 様々な情報、暗号、数字、言葉が次々と流れ、それらは点滅するように現れては消えていくのだった。


「現在初期設定中じゃ。ふむ、ほとんどのシステムは正常に機能しておるのう。それに、通信を捕まえたぞ」


「通信?」


 ユニが「ほれ」と言って近くのパソコンに通信のアクセスと発信元の情報を表示した。


「こいつは!?」


 画面に表示されていたのは紛れもなく、スケイルが轟沈する理由を作った戦闘艦の機影だった。

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