第3話

 コウジが搭乗するアーカムは今まさに惑星の大気圏へと突入し、大気との摩擦により赤熱している最中だった。


 そうなれば搭乗室の内部も熱波に襲われたような暑さに襲われ、コウジはだらだらと滝のような汗を流していた。


「アーカムの表面温度5211度、融解が始まっています」


「分かっています。逆噴射に火属性魔法、それに冷却魔法を使います!」


 魔法、それはファンタジーでありふれたフレーズの超常能力だ。


 ここでは人間や大気に流れる魔素を流用し、エネルギーとして放つ技だ。そこらへんはコウジも想像しやすい理論だった。


 ただこの魔法、一説によればこの世界の科学と同じくコウジのような転移した人間が創始者らしい。そのため、魔法の根幹には陰陽五行説と四大元素の思想が流れている。


 陰陽五行説は簡単に言えば陰である水と金属、陽である火と木、それらの中間に位置する土に分かれた考え方だ。


 一方、四大元素も陰陽五行説に似ていて火・水・空気・土の4つの元素の関係性を示している。


 そしてこの異世界ではその2つがミックスされ、魔法はひとりの人間に光と闇の属性をひとつずつ所有しているという結論に至ったのだ。


 コウジの場合は光の属性として火を、闇の属性として水の魔法が使える。つまり、陰陽五行説の陰と陽を闇と光として流用した考え方だ。


 たまに例外があるが、多くの人種はそうした2つの魔法が与えられほぼ万人が使用できる。もちろん人それぞれの魔素の量から違いはあるが、そこは精霊機関で補うのも可能であった。


「了解、搭乗者コウジ・アラカワと精霊機関より出力。冷却と逆噴射を開始します」


 エルコは危機的状況でも淡々とアナウンスし、冷却魔法によりアーカムの表面温度だけではなく、搭乗室の温度も下がりつつある。


 また火属性魔法に寄り、ブースターからの揺れも穏やかとなって、空気との摩擦が減るのを感じた。


「1000度……800度……700度……」


「頼みますよ。地獄の釜の中で死にたくはありませんからね」


 温度は安全圏にさがりつつあるけれども、これは魔素の量が足りればの話だ。


 もし大気圏との摩擦の最中に魔素が無くなれば、燃えながら空中分解するはめになる。


 カメラは熱からの保護のため収納されているため、いつ摩擦が終わるかは分からない。後は祈るだけだ。


 その時、ガクンッと機体が揺れた。それが何を意味するのか、コウジは素早く察していた。


「大気圏に入りましたか。冷却魔法シャットダウン、ブースターで機体を安定にさせてください!」


「できません」


「――はい!?」


 エルコの無情な応答に、コウジは顔を歪めた。


「まさか、ブースターも魔素も底を!?」


「その通り。現在落下中。衝撃に備えてください」


「そんな……1000メートルの落下だって私は耐えられませんよ! 何か方法は――」


 アーカムは重力圏と宇宙圏両用の使用が想定されているも、パラシュートなどついてはいない。


 頼りになるのはブースターによる逆噴射だけだが、それもないとなれば万事休すだ。


「ああ……これならスケイルと運命を共にした方がマシでしたよ」


 コウジは座席にもたれて、落下により機体に押しつぶされる自分を想像し、最後のあがきを後悔した。


 けれども運命というものは、最後までもがく者にやってくるものだった。


「汝は生き残りたいのかえ?」


 突如、無線から幼い少女の甘い吐息のような声が聞こえてきた。


 コウジは驚きつつも、無線に返答した。


「こちらアーカム01、何者です?」


「これこれ、まっこと失礼じゃぞ。名前で名乗らんか、名前で」


 声色の年齢に似合わぬ、老獪な表現を意識した拙(つたな)い言葉、それ対してコウジは閉口しつつも言葉を返した。


「すみません。私はコウジ・アラカワという者です。現在は……高度4000メートル弱、座標は――」


 コウジが座標を言おうとしてはたと気づく、ここは一体どこの星系だ? そもそも既知の惑星なのか? その答えをコウジは知らなかった。


 ジャンプが途中で切れたため、未開の惑星に来た可能性は十分に高い。ならばこの少女の声は何者なのだろうか。


「よいよい。座標はこちらで把握しておる。後は任せるのじゃ」


 任せる? 何を? コウジが疑問に思うよりも先に。アーカムの機体に異常な力がかかったのだった。


「指向制御ビームの影響を確認、落下速度減少中。また誘導されています」


 エルコが簡潔に状況を説明するのに対し、コウジは安堵の声をもらした。


「助かりました。主要な文化都市の惑星ですか。ここはどこです? エルコ」


「解答はノー。ここは名前のない惑星です」


「……何?」


 コウジはエルコの言葉に疑問を感じ、計器を確認する。すると確かに、ここは人類未踏の星であるのが分かった。


「惑星と言っても衛星に近い小惑星……、でも重力は1.2G、かなりの質量がありますね。恒星もちょうどいい位置……ここはほとんど居住可能惑星だ」


 コウジは偶然にも移住可能な惑星を見つけたのに驚きつつも、更に情報を探った。


「宇宙座標はX7201・Y0904・Z-5604。テラリよりかなり遠い惑星ですね」


 テラリ、とはこの異世界にとって地球のような母星である。今宇宙を開拓している住人は全てこのテラリの異世界住人と、転移者であるコウジのような存在だけだった。


 いわゆるひとつの、宇宙人という存在はまだ発見されていないのだ。


「ここが未開の惑星と言うなら、アナタは宇宙人ですか?」


「宇宙人? くっくっく。面白い例えをするものじゃな。じゃがしかし、言いえて妙かもしれぬのう」


 無線からの謎の声は、笑い声を漏らしながらも咳払いをして声を整えた。


「名乗りがまだじゃったな。あたいはユニ。ユニ・ココロ・アメットじゃぞ。これから末永く覚えるのじゃな」


「よ、よろしくお願いします」


「なんじゃその他人行儀な感謝は? もっとふれんどりーに話さぬか。まったく、久しぶりの客人というのに」


「す、すみません」


「責めておらぬ! いちいち相手を遠ざけるような言い方をするでない!」


 コウジが操縦席で畏(かしこ)まっていると、回復したカメラの映像が周囲を明るみに出した。


 この惑星の天候は雪だ。そして地上も雪に埋もれた寒冷地。地球で言うところのツンドラのような土地と気候だと分かった。


 木々はある程度あり、山脈も見えものの、何もない荒野が多く不毛な大地が多く見られる惑星だ。


「まもなく到着するでの。下りる準備をすると良い。それとな」


 ユニは最後にオマケ程度のような様子で喋った。


「あたいは人ではなくての。人の言うところのAIという奴じゃぞ」


「は、はい?」


 コウジはさっきから驚きっぱなしの頭で状況を把握しようとするのに精一杯であった。


 それでもこの星の事情が全く余裕のない緊急事態とは、この時のコウジにはさっぱり知らぬ存ぜぬの話だった。

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