第2話
アーカムを操作するための装着カメラを確認し、後方からの撮影が可能なビュードローンを2台飛ばし、コウジは周囲を見渡した。
一面ぬたりと塗られた黒、その中に無数の星の光があり、輸送船スケイルは漆黒の中の孤独な存在だった。
ただその光の中にスケイル以外の点滅した光も確認できた。遠目ながらもコウジがカメラの焦点を引き延ばし拡大したところ、それは船舶だと分かった。
「戦闘艦……やはり海賊ですか」
その船とスケイルとの距離はおよそ1000キロメートル。形は楕円状のスケイルに比べると棒状のシンプルなスタイルだ。武装は目測でも主砲に2連装4門のが確認でき、艦橋とミサイルポッドも確認できた。
ミサイルはおそらく超長距離対艦ミサイル。威力から見てもジャンプ装置に命中させたのはこいつだろう。
「おっと!?」
宇宙を漂流していたコウジの乗るアーカムの傍を、更に数発のミサイルが横切る。命中精度こそ1キロ以上の誤差のある安物のミサイルだが、数撃てば何とやらだ。
このままジャンプできず滞在しているのはまずいと判断したコウジは急いでアーカムをスケイルの破損部位に移動させた。
「状況はどうです?」
コウジはアーカムに搭載されているAI『LCоH』通称エルコに被害の報告を頼んだ。
「被害箇所サーチ中……。外壁100%破損、内部構造46.7%崩壊、ジャンプ装置と精霊機関との接合不良。修理が必要な各ポイントを表示します」
エルコの言葉と共にディスプレイに拡張現実(AR)表示された箇所がズームされる。
ズームされた破損パイプは3か所、特に間近にあるメインのパイプが最も損傷が大きかった。
「先にメインの接続パイプを直します。自動航行を任せますよ」
「了解。任せろ」
ややAI設計者の地のような喋り方をしつつも、エルコは腕部の操作に専念するコウジに代わってブースターの細かい出力を見極める。
そうしてアーカムはメインのパイプの破損個所に近づき、上手く静止したのだった。
「ジャンプ装置の修理を開始します」
今のところジャンプ装置は停止しているため、パイプ内部にエネルギーや引火性のガスは出ていない。念のため無線で連絡したので、急に稼働する可能性はないだろう。
コウジはアーカムを操り、てきぱきと切断と溶接を開始する。
作業は黙々と進み。足りない部品は後方のバックパックから適切な板金素材を取り出し、応急修理を完成させていった。
だが、それでも差し迫った時間と言うのは間に合わないものである。
「アーカム01!敵が接舷してきます。急いで!」
コウジは目の前のメインパイプに専念していたため後方の確認を怠(おこた)っていた。
無線で気づいて航法をビュードローンで見ると、敵の戦闘艦がもう目の前にまで来ていたのだった。
「減速なしですか!?」
敵の戦闘艦は距離を縮めつつもそのままの速度だ。このままでは激突する。
そう判断したコウジは、付近の内部構造にアンカーを撃ち込み、衝撃に備えた。
――ズンッ。
腹の底を叩くような鈍重な音、その余波のような金属のたわむ震動はアーカムとコウジの身体を大いに揺さぶった。
しかしアンカーを突き立てていたため、何とかスケイルとアーカムが離れ離れになるような事態は回避され、内部のコウジも無事だった。
「第6区画破損! 死傷者多数!」
コウジの場所からでも、敵の戦闘艦とスケイルが接触した場所の損害は見える。スケイルの外壁はひしゃげたフライパンみたいに凹(へこ)み、対する戦闘艦には大した損害はなかった。これは明らかに装甲性能の差だ。
「今どき衝角(しょうかく)攻撃ですか……!」
普段なら避けられるものの、ミサイルによる被害と敵の戦闘艦の速さでそれもできなかったのだろう。
見渡してみれば、ジャンプ装置だけではなく航行用のエンジンやブースターも集中的にやられている。どうやら敵はこちらの船を鹵獲(ろかく)する気のようだ。
「揚陸アンカー、来ます!」
誰かが無線で叫んだ通り、戦闘艦の横っ腹から複数の銛(もり)のようなものが発射される。しかもその銛には柔軟性のある通路がワイヤーの代わりに繋がっていた。
これではスケイルに敵が乗り込んでしまう。コウジが応急処置だけでも終わらせようとした時、思わぬ命令が無線から聞こえてきた。
「10カウントでジャンプします! 全員衝撃に備えろ!」
「何っ!?」
船長は苦渋の決断を下した。ジャンプ装置が十分回復せず、しかも敵に接舷された状況でのジャンプ。それはかなりのバクチ打ちだった。
「10…9……8……」
コウジは意見しようとも考えたが、そんな余裕はない。次の衝撃は先ほどの衝角とは比べ物にならないからだ。
アーカムを操り、コウジは全ての固定用アンカーと腕に装着されているパイルバンカーを丈夫そうな構造に打ち込む。しかしそれさえも不十分な備えだ。
「3……2……1……0!」
カウントの終了と共に、スケイルは敵の戦闘艦と共に白い空間に包まれる。まるで時間と距離を引き延ばしたような感覚に陥りながらも、コウジのアーカムは必至にスケイルに縋(すがり)りついた。
時間はそれこそ数秒だろうか、数分だろうか。もしかしたら数時間だったかもしれない。それほどの緊張感がコウジを支配し、断続的な響きのような死の恐怖が心臓を絞めつけた。
そして、その時間も突然終わりを告げる。
「ジャンプアウト!」
真っ白な空間から、線のような星々と伸びきった黒い空間を経て、スケイルは宇宙へと戻ってきた。
だが、その無理やりなジャンプの代償は大きかった。
「ジャンプ装置臨界点! 爆発します!」
誰かの報告を聞き、コウジは迷わずアーカムとスケイルとの固定を外して宇宙へと飛び立った。
数瞬後、十分な処置ができなかったパイプから次々と青い火柱が立ち、連鎖的な崩壊を始める。
それはついに本体であるジャンプ装置を巻き込み、大きな爆破と爆風に変わった。
アーカムはその衝撃と破片に巻き込まれながら、何とか操作を安定させようとする無駄な努力を行う。
コウジは機体の中でもみくちゃにされながらも、ディスプレイ越しに破片を確認して勘を頼りにブースターで回避制御をおこなった。
さらに問題なのはスケイルの方だ。
「船が……」
スケイルはジャンプ装置の爆発が他に引火したらしく、無事な部分もちぎれた紙切れのように霧散していく。
その部品の幾つかはいつの間にか近くにあった惑星の大気圏に突入して赤熱し、消失していった。
コウジは涙目で還る船を失ったのを目視しつつ、アーカムと一緒に大気圏へと突入していくのだった。
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