異世界惑星救済オペレーション~社畜が始める英雄譚~

砂鳥 二彦

第1話

 コウジ・アラカワは異世界に来る前はワーカーホリックだった。


 よく似た単語で言い換えれば社畜という奴だ。そんなコウジが異世界に来たのはほんの偶然、サービス残業を深夜に終えてデスクから外の扉に出ようとした時だった。


 扉を開けた途端、閃光。コウジが目を塞ぐ間に白い腕のような群体が自分を掴むと、扉の中へと引きずり込まれてしまったのだ。


 そして気づけば、そこは見覚えのない船の中だった。


「いわば神隠し、って奴ですよ」


「神隠し、っすか」


 コウジは今、床掃除をしている。それは誰に頼まれもしたわけではなく、自分から率先しての行動だった。


 こちらは命令されて掃除をしている新人は、コウジの過去を世間話のように聞いて、作業の手を緩めていた。


「私はてっきり異世界ってのは剣と魔法の世界だと思ってたのですけどね……」


 コウジは外が見える広い耐圧ガラスの向こう側に、宇宙空間を見てため息をついた。


 そう、ここは宇宙船。詳しくいえば輸送船だ。カルアル社が所有する星間運航船、名前はシケイル・AU―1.71という型番の船だ。


 コウジはそのシケイルという船のエンジニアチーフをしていた。もちろん最初からその職を与えられたわけではなく、耐えがたいほどの量の仕事をこなし、得た地位だった。


 そもそもコウジは必要のない仕事をしすぎなのだ。誰もやりたがらない掃除から事務関係の雑務、エグゾスレイヴと呼ばれるロボットの部品磨きまで何でもこなす。一種の便利屋的存在なのだ。


 今も下働きの仕事である通路の掃除を、手を抜かず熱心にしている。別にこれは点数稼ぎではなく、コウジが自らの希望でしているだけの話だった。


「コウジさんは本当にまじめなんっすね」


「そうですかね? 私はただ自分のやるべきことを探しているだけですよ」


「ふーん、そういうものっすか」


 この異世界に来てからもう1年、コウジは異世界に来た際に乗り合わせたこの船、シケイルにずっとお世話になっている。


 自分を認めて船に置き、この地位まで押し上げてくれた船長には感謝の念が絶えないし。それに他の船員との関係も上手くいっている。


 恩返しができているのは何よりだが、コウジはいまいち満足していない。それは別に地位や給与ではなくもっと他の話だ。


 いわゆる働き甲斐とでもいうのか、言語化するには少し難しい気持ちだった。


 コウジが思い悩んでいるそんな時、急に警告音が艦内に響き渡った。


「警告! 付近に所属不明の艦船1隻が接近中! 全員持ち場についてください。これは訓練ではない。繰り返す、これは訓練ではない!」


「!? これの収納は任せましたよ」


 コウジはアナウンスを聞くとすぐに反応し、手元にあった掃除道具を新人へ押し付けるように手渡すと、重力のある通路を駆け抜けた。


 ここは宇宙とはいえど、重力発生装置が備わっている。ただ、これは科学の技術の結晶だけによる代物ではない。


 魔法、魔術、そういえば通じるだろう。この異世界は科学の遅れを魔術の機械化によって補っている。


 名前を精霊機関というそれは、コマンドによって様々な魔法を使いこなせる装置なのだ。


 かつては人類が独占していた技術だが、宇宙開拓の広大さが進むにつれ、それは他の種族へも分け与えられる英知となり、どの船にも標準装備される必須の装備となっていた。


「遅いぞチーフ! また雑用か!」


 コウジが着いたのはエグゾスレイヴと呼ばれる多用途ロボットが収まっているドッグ内だった。ここは主に船を整備するエグゾスレイヴが多いが、戦闘用のものも少々あった。


「すみません、イヴァおじいさん。おそらくこれから緊急ジャンプに入ります。エグゾの固定は済んでいますか?」


「当たり前だ! そんなのタバコ草に火をつけるより簡単なもんだ」


 コウジが話しかけたのは背が低く、白髭をたくわえたおじいさんだった。身長は10歳もいかない子供の身長ほどだが、肩幅の方は大の大人にも劣らないほど大きい。


 イヴァと呼ばれたその壮年の老人は人間ではない。ドワーフと呼ばれる、かつて異世界で最も科学技術と採掘技術に優れた人種のひとりだ。


 ドワーフは技術職に就く者が多く、人数も少なくない。それこそ最も多い三大種族であるトールマン、エルフ、ドワーフのひとつであった。


 そしてコウジのような人間、すなわちトールマンは異世界転移する唯一の人種としてある意味特異な存在なのである。


 コウジとイヴァが会話のやりとりをしていると、艦内アナウンスが更に響き渡った。


「間もなくジャンプのカウントダウンに入ります。固定器具に自分を固定し、準備してください」


 ジャンプ、それはワープ航法のひとつだ。これは前述した精霊機関の力によって時空を歪ませて折り畳み、紙の端から端を接触させるような技術だった。


 正確にはコウジが元いた現実世界と同じ物理学の計算もあるらしいが、ここでは説明を省くとしよう。


「ほれ、さっさと位置につけ。若造」


 コウジはイヴァに言われるまま、壁に備え付けられた手すりのように長い金属パイプへ、腰のベルトに備わった固定用の装具をロックした。


「よし、これでいつでも――」


 イヴァが何かを言おうとした途端、急な爆音と共に艦内が地震のように揺れ、まだ自分を固定していない者たちが転倒してしまった。


「なんだ! もうジャンプしたのか!?」


 イヴァが困惑しながらもロックを外し、転んでけがをした者たちの救助に入った。他の無事な者も、それに続いて助けに入る。


「いえ、これは」


 コウジはイヴァにケガをしたエンジニアの様子見を任せてドッグの外に出る。すると耐圧ガラスの向こうに火の手を見た。しかも、その位置が深刻だ。


「ジャンプ装置がやられました!」


「何!? 敵は遥か向こう側からだぞ!?」


 おそらく故障の原因は整備不良ではなく、所属不明艦からの超遠距離射撃、数撃つまぐれ当たりが偶然にも急所へ炸裂したようだ。


 事態を重く見たコウジは素早くドッグに戻ると、整備用のエグゾスレイヴに乗り込んだ。


「おそらく敵は傭兵かぶれの海賊です。直ぐにでも修理します!」


「無茶しおる! だが時間もないな。任すぞ、チーフ」


 コウジが乗り込んだのは多用途エクゾスレイヴを艦船整備用にカスタマイズした「アーカム」という機体だ。


 アーカムは他のエクゾスレイヴと同じく上部構造と下部構造が人間の腰に当たる部分で別々に起動する。その点では歩く戦車とも言えなくはない。


 なぜそこまで人間の形をしているかと言えば、それは精霊機関と魔法との親和性に関わっている。


 曰く、魔法と言うのは人体構造を流れる血流と同じような魔素というものが流れており、それゆえに魔法を使用できるのだという。


 同じくエクゾスレイヴで魔法や精霊機関を使うには、同じ形をした人型が最も魔素を円滑に運用できる構造なのだ。


 とはいえ、エクゾスレイヴは魔法と科学のハイブリッドだ。そのため細部は人間とは違い、用途に応じて多種多様な形を求められている。


 例えばこのアーカムは整備用に扱いやすい柔軟性を持ち、人間よりも腕の関節が多く、想像よりも精密な動きが可能だ。


 その作業の緻密さはまさに船舶のドクター、複雑な配線やパイプの間も通り抜けて修理ができるまさにエンジニア向けの機体だった。


「1番デッキから出ます。進路上の人は退避してください」


 コウジは体高10メートル以上、重さ30トンクラスのミドルエグゾを操り、鈍重な歩みと共にエグゾスレイヴ用の密閉室へと入る。


 シャッターがアーカムの後ろで閉まると、密閉室内は徐々に気圧が抜かれ、宇宙と同じ0気圧に変わるのを、コウジは肌に感じた。


 既に頭にはヘルメットを被り、普段着代わりの簡易宇宙服と繋ぎ、宇宙空間に出る準備は完璧だ。


「コウジ・アラカワ。ジャンプ装置の修理のために出ます!」


 密閉室から外への出口が開放されると、アーカムは跳躍と一緒にブースターを噴かせ、小さな輝きをちりばめた広大な暗闇へと飛び立つのであった。

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