第37話 純血対混血、その結末
夜明けを待たず、ディルクの住まう魔女の里を強襲するつもりだったジークフリードだが、若い混血ドラゴンたちに足止めを食らい舌打ちをした。
この二人は体格も魔力もディルクよりも格段に劣るが、息の合った連係で純血ドラゴンを翻弄する。
クリスはジークフリードが高速で繰り出す攻撃を危なげなく避けて飛び回り、その隙をついてブランが視界外から攻撃を仕掛けてくる。それを避ければクリスが攻撃に転じ、やり返そうとすればブランの手が迫ってくる。
格下の相手ゆえにこちらを傷つけることはできないが、さりとてこちらの攻撃も当たらない。キリのないイタチごっこだ。
しかし、所詮は混血。体力差は歴然で、苛立ちながらも万全の状態と変わりないジークフリードとは違い、二人とも肩で息をするほど疲労の色が濃い。どうやら時間稼ぎのために出てきたようだが、この分だとディルクが来る前に始末できそうだ。
「ふん、今日の俺は運がいい。穢れた混血を三匹も始末できるとは」
獰猛な咆哮で笑うジークフリードに、疲れ切った混血たちは怯えたように体を縮こませると、お互いに視線を交わしたのち明後日の方向へ一目散に逃げだした。
「逃がすか!」
それを追おうとしたジークフリードだが――上空か何かの気配が近づいて来るのに気づいて振り仰ぐと、眩しい朝日を反射して煌めく銀のドラゴンが自分に向かって突っ込んでくるのが見えた。
ディルクだ。
大きく迂回したか雲の上を飛んで、こちらの目が他の混血たちに向いている間に接近したのだろう。
まるで隕石のごときスピードで落下してくるそれを回避しようとしたが、逃げたはずの二人が反転して背後から急速に迫ってくる。
よく考えずとも退路は他にもあるはずなのに、二か所から同時に攻め込まれて一瞬身動きが取れなくなり、重力の乗った体当たりを食らってしまった。
衝突寸前で体を捻ってダメージは軽減されたため、勝負の決定打にはなり得なかったが、これまでに味わったことのない衝撃に呼吸も意識も持っていかれ、数拍は目の前が真っ白になった。
鱗という強靭な鎧と膨大な魔力で守られているゆえに内臓に影響はないだろうし、純血としての魔力があればすぐに回復するはずだ。
しかし、すさまじい衝突で金の鱗が何枚も剥がれ落ち、吸い込まれるように地上へと落下していく様子が霞んだ視界に映ると、ヒヤリとしたものが背筋を走る。
まずい、と思ったのも束の間。
そこを狙ってすかさずディルクの爪が繰り出される。
逃げようにも今度こそ舞い戻ってきた二人が取り囲み、波状攻撃を仕掛けてくるものだから逃げ場がない。
「クソがぁ……!」
混血ごときに負けるわけにはと歯を食いしばり、意味のない咆哮を上げながら無我夢中で暴れる。どれほどみっともなくても、回復するまで時間稼ぎ切れば勝ちだ。
若い混血たちは短い悲鳴を上げながら距離を取るが……ディルクは違った。
鱗が抉れるほどの一撃をあちこちに食らいながらもジークフリードに肉薄し、無防備を晒している皮膚へと鋭い爪を立てた。
「混血風情がぁ! 俺に、触るなぁ!」
すぐに振り払ったのでかすり傷程度で済んだが、自らの体から薄くにじむ血を見て発狂しそうになった。
ジークフリードはこれまで無敵だった。どんな戦いであっても傷一つ追うことはなく、一方的に混血たちを蹂躙してきた。
だが、ディルクは違った。
彼は何度も自分に攻撃を食らわせたばかりか、こうして血まで流させた。
混血の中でも一番ドラゴンの血が濃いハーフとはいえ、他の混血たちと同じで何もかも純血に劣る存在だ。
なのに、何故こいつは自分の身を顧みることなく食らいついてくるのか。火を見るよりも明らかな力量差にひるむことなく向かってくるのか。
混血ごときに痛い思いをさせられたことも腹立たしいが、彼のその行動理念がまったく理解できず苛立つ。
しかし、ここで冷静さを欠いては勝てる勝負も勝てない。
ジークフリードは己を律するように深く呼吸したのち、一度距離を取って体勢を立て直そうとしたが……体を動かそうとした瞬間、電流にも似た痺れが走って四肢が強張るのを感じた。
「な、こ……は……!?」
痺れは舌までを冒して呂律が回らず、翼の動きすら弱まっていく。
必死に滞空しようともがくが金の巨体を支え切れるほどの力はなく、ゆっくりと墜落していく。
いったい自分の身に何が起きているのか。
ディルクの爪に麻痺毒が仕込まれていた可能性が最も高いが、純血のドラゴンであるジークフリードに毒は効かない。魔力で無効化してしまうからだ。
でも、それ以外に考えられることは何もない上に、ディルクを含めた混血たちが何一つ慌ててないところを見ると、自分が未知の何かに毒されていることは間違いなく奴らの作戦の内なのだろう。
――なんと卑怯な!
はらわたが煮えくり返る思いをしながらも、不幸中の幸いだったのはどれだけ全身が言うことを聞かなくても、ブレスを撃つための魔力を練ることに問題はなかったことだ。
至近距離であれば、溜めの時間が短く威力の低いブレスでも致命傷になりうる。
そしておあつらえ向きにも、とどめを刺すつもりなのかディルクもこちらを追って下降してきている。
飛んで火にいる夏の虫とはこのこと。最後に勝つのは純血である自分だ。
そうほくそ笑み、幾度も攻撃に晒されながらもじっと耐え、ブレスを放つ準備を整えたジークフリードは痺れる体に鞭を打ってディルクの体を掴み、驚愕に目を見開いたその間抜け面に逆転の一撃を放つ――はずだった。
「……この瞬間を待っていた」
そう言うが早いか、ディルクは大きく開いた口から漏れ出るブレスで文字通り身を焦がし、鱗が溶けてただれてもなお恐れることも怯むこともなく、鋭い牙でジークフリードの喉元に思い切り噛みついた。
ガギンッ……!
甲高い音を立てて逆鱗が砕け、人間なら容易く鼓膜が破れるような悲鳴が当たりに響き渡る。それと同時に、ジークフリードの体から瞬く間に魔力が霧散していく。
魔力が失われるということは、ドラゴンとしての強さを失うということ。
たとえジークフリードが純血であろうが、有象無象の混血共の足元にすら及ばない、羽が生えたただのトカゲに成り下がってしまうのだ。
このような屈辱を味あわせたのが対等の純血であれば認められたかもしれないが、実際に彼を下したのは、ドラゴンとしての矜持を捨て魔女の使い魔に成り下がった混血だ。
到底受け入れられるはずもない。
せめてこいつだけでもと、すでに口腔内に充填されていたブレス放って反撃する。
逆鱗の魔力制御を失ったブレスは想像よりもはるかに減衰していたが、その一閃は見事に直撃し鱗ごと分厚い皮膚を一直線に抉る。
致命傷には至らなかったが、血しぶきを上げて悶えるディルクの醜態に鬱憤が晴れて「ざまぁみろ」と胸中で嘲笑いながら、自由落下に身を任せて眼下に広がっていた小さな草原に墜落する。
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