第35話 作戦会議

「どうしたの?」

「ジークフリードへの対策を練っていたところだ。奴の襲撃を警戒して、この二人にはしばらく里に残ってもらうつもりなんだが……」

「部屋は余ってるんだし、泊まってもらえばいいじゃ――あ、もしかして二人は小さいドラゴンにはなれないの?」


 オフィーリアが少年たちを見ながら問うが、二人は声を揃えて「それくらい余裕ッス」と答えた。あの大きさなら空き部屋に二人で滞在していても、さほど窮屈ではないと思うのだが。


「いやー……オレらは馬に蹴られたくないんで」

「つーか、アニキに蹴られたら、オレらなんてひとたまりもないッス……」


 初めは何を言っているのかよく分からなかったが、どうやら二人の邪魔になるのではと考えているらしい。

 ドラゴンは五感が優れているから、部屋の壁一枚隔てたくらいでは話し声は筒抜けだし、物音で何をしているかくらい察しがつくだろう。


 まだ特別な関係ではないし、多少聞き耳を立てられて困るようなことは何もないが――いや、なくはない。

 ジークフリードのせいですっかり有耶無耶になってしまったが、きちんとディルクに告白するのだと決めたばかりではないか。


 そんなものをうっかりでも聞かれたら……死にそうなくらい恥ずかしい。


「まあ、オレらは里の周囲をずっと哨戒するつもりなんで、寝床はなくても大丈夫ですよ。休むだけなら木陰とかで十分だし」

「でも、落ち着いて休むなら部屋の中の方がいいし……お母さんに頼んで、しばらく泊めてもらうのはどうかしら?」


「それが一番か。事情を話すと心配されそうだが、ジークフリードが里を巻き込まない保証はない。いざという時に備えて、魔女たちの避難も考えないといけないし」

「……避難っていっても、この間みたいなのが来たらどこにも逃げ場はないわ」


 ドラゴンのブレスの前には人間は無力だ。

 かつて、ジークフリードはディルクを倒すためにブレスを使おうとした。広大な土地を一瞬で焼け野原にできるだろうあの魔力を思い出すと、今でも血の気が引く思いがする。


「それは心配無用――って断言はできないッスけど、それくらいの強力なブレスを撃つには長い“溜め”の時間が必要ッス」

「その隙を与えないよう、オレらが連携して攻撃すればブレスは防げます」


「あるいは、三人分のブレスをぶつければ相殺は可能だな。それでも余波は避けられないだろうが、人命に関わる被害は出ないはずだ。その前に、人里の近くを戦場に選ばないように努力する」


 少年たちが見回ってくれるなら不意打ちは避けられるだろうし、三人のドラゴンの言葉を聞いてひとまず安心したが、これを母たちに伝えて混乱が起きないの心配は拭えない。


 案の定、母に事情を説明したところひどく驚かれたし心配もされたが――思ったよりも取り乱した様子もなく、「あなたたちなら大丈夫よ」と優しく励ましてくれた。


 ジークフリードの恐ろしさを目の当たりにしていないから気楽に構えていられる、というのもあるだろうが、自分が冷静さを失えば余計に娘の負担になるだけだと考えてのことだろう。


 他の魔女たちへの通達を彼女に頼み、少年たちに軽く里の中を案内しがてら哨戒を任せてディルクと二人で家に戻ると、いつも通り薬草園の世話やハーブティーを作ることに精を出した。


 じっとしていても余計に不安になるだけだし、体を動かしている方が気が紛れて楽だ。それに、仕事をためると後々面倒なことになる。

 そうして努めて日常生活に没頭しているうちに、いつしか日が暮れてしまった。


「……大丈夫か、オフィーリア。あまり食欲がなかったみたいだが」


 夕食を終えて片づけをしていると、ディルクが心配そうに尋ねてきた。

 確かに“これからのこと”を思うと正直食欲は湧かなかったものの、心配をかけないようにいつもと変わらない量を食べたはずなのだが、無理をして口に入れているのを感じてしまったのだろう。


「大丈夫よ。この通り食べれないってわけじゃないし、ちょっと緊張してるだけ」

「ならいいんだが……」

「それより、寝る前に少し時間をくれる? 話したいことがあるの」


「話なら今聞くが?」

「あ、えっと……何かしながらじゃなくて、落ち着いて話したいから」


 ディルクは不思議そうに首を傾げながらもうなずき、日課の戸締りのためにキッチンを出て行く。

 その背中を横目で見送り、オフィーリアは深呼吸する。


 彼女が緊張しているのはジークフリードとの決戦だけではない。

 ついに告白する決心を固めたせいでもある。


 どんな風に伝えるか今日一日ずっと悩んでいたが、結局答えが出ないままこの時間を迎えてしまった。

 こうなったら当たって砕ける……いや、向こうが自分を想ってくれている以上砕けるという可能性はまずないので、ストレートに気持ちを告げるしかない、と言うべきか。


 とにかく怖気づくことだけはないようにと皿を洗いながら気合を入れ直し、体をきれいにしてから寝間着に着替えてリビングに戻ると、同じように寝支度を整えた――小さなドラゴン姿になったディルクがソファーに鎮座していた。


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