第34話 ディルクの弟分

 翌日。

 ローエンたちに重ねて礼を言い、護衛として二人の若いドラゴンを伴って、朝一番に集落を出発してウォードへと向かった。


 同行を申し出てくれたのは、赤い鱗の持ち主クリスと、黒い鱗の持ち主ブラン。

 この二人はディルクをアニキと慕う弟分で、「アニキはオレたちが守る!」と息巻いて付いて来るのを決めた、というのをローエンから聞いた。


 慕われているようでなによりだと微笑ましく思っていたが、ディルクが「俺じゃなくオフィーリアを守れ!」と叱り飛ばしたらしく、顔を合わせた直後は若干敵意を向けられたが、他愛ないおしゃべりを通じて無事に打ち解け、たった十分足らずで「姐さん」と呼ばれるようになってしまった。


 気持ちはありがたいが、なんだかマフィアの女ボスのようで居心地が悪いので、名前で呼ぶようにと言ったのだが……どうにも改める気がなさそうだし、無垢な瞳を向けられると強く咎めることもできず、ちょっと困っている。


「……さすがに昨日の今日だからか、ジークフリードの奴も襲ってこないッスね」


 きょろきょろと視線を巡らせ、周囲を警戒しながらクリスがつぶやくと、オフィーリアを乗せたディルクを挟んで並走するブランが「だろうな」と同意を示した。


「オレらの監視の目が光ってるうちは、そうそう手を出してこねーだろ。けど、油断はするなよ。お前はチョコマカ無駄な動きが多いんだ」

「うっせー! ブランの方こそトロトロにトロいじゃねーか!」

「ト、トロいんじゃない! 慎重なんだ!」

「ああもう! 俺を挟んで喧嘩するな! ケリーの麻痺薬を飲ませるぞ!?」

「「す、すんません! それだけは勘弁してください、アニキ!」」


 クリスもブランも魔女特製の劇薬を聞くだけで震えあがり、ピッタリと口を閉じる。

 彼らもまた、ケリーの実験に付き合わされたドラゴンなのだろう。実験台になったことは可哀想だとは思うが、あの麻痺薬がジークフリードに打ち勝つ鍵なのは確かなので、無駄な犠牲ではなかったはずだ……本当に申し訳ないけれど。


 そんな一幕がありつつも道中何事もなくウォードへと帰還し、薬草園の前へ降り立つ。


 慣れ親しんだ里の空気を吸い込んでほっと一息ついていると、他の二人も着地と共に人化した。

 二人ともまだ幼さを残す少年の姿で、ディルクより人間との混血が進んでいるせいか、異国人風の褐色の肌も随分淡く感じられるが、裂けた瞳孔の金の瞳だけはどのドラゴンも共通している。


 ちなみに、鱗の色がそのまま髪の色に反映されるらしく、クリスは赤毛でブランは黒髪である。


「おお!ウチの集落に負けず劣らず、マナの濃いところッスね!」

「トーレには何度か行ったことがあるけど、同じ魔女の里でも全然雰囲気が違うんだな」


 物珍しそうに景色を見渡す少年たちを伴い、オフィーリアは自宅兼工房へ通してハーブティーと作り置きの焼き菓子を振る舞う。


 ダイニングテーブルだと少し手狭だったので、工房の作業台を使っているので少々趣には欠けるが……そんなものは食欲旺盛な男子には関係ないらしい。

 彼らは出されたお菓子を奪い合うようにして食べていた。


「あー! それはオレのマカロン!」

「はんっ、名前書いてないのに自分のものとか言うな――って、食おうと思ってたマドレーヌがどっか行った!?」

「ふん、そんなのとっくにオレがいただいた!」


 どれだけ人と交わり血が薄まっても、ドラゴンにとって口から入れる食事は娯楽の範疇でしかないようだが、それでも人間と変わらない味覚を持つことはとても不思議だ。

 美味しい食べ物を前にすれば、種族の差などないということか。

 そんな微笑ましい気持ちで二人の食べっぷりを観察している横で、ディルクが兄貴分としてガツンと叱り飛ばす。


「お前らなぁ、人の家なんだからちょっとは遠慮しろ! というか、いつの間にか俺の分が全然ないじゃないか!」

「いいじゃないッスか、アニキはいつでも食べれるんだし」

「そうですよ。てかアニキ、ずっと姐さんとイチャついてるんだから、糖分は十分足りてるでしょ?」


 イチャついていると言われても、いつも通りディルクの食べカスを拭っているだけだから、オフィーリアとしては日常的な動作ではあるが……やっぱり第三者からしたらそう見えるのだろう。


 いたたまれなくなってお茶のおかわりを淹れて戻ってくると、じゃれ合いのような喧嘩が落ち着いたらしいドラゴンたちが、なにやら真剣な顔になって言葉を交わしていた。

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