第25話 おうちはどこ?

 薬を作っている間に大分日が傾いた。

 ミーヤの足では夜になっても町にたどり着けないだろう。

 しかし、ドラゴンになったディルクを使えばあっという間だ。


 工房の勝手口から外に出ると、橙色の空を背景に、背中にクッション付きの鞍を乗せた銀のドラゴンがいた。

 この鞍は馬具職人に頼んで造らせた特注品で、軽くて丈夫なマナテリアルの皮革と金属を使用している。ちなみに、この鞍も魔力で変換することができるので、起き場所に困ることはない。


 体を固定するベルトはないが、ディルクの魔力が守ってくれているので心配ない。

 一度どういう原理で守られているのかを聞いたのだが、オフィーリアの知識では理解できなかったので諦めた。


「わあ、ドラゴンさん!?」


 ミーヤはドラゴンを見ておっかなびっくりし、目を大きく見開いて叫んだ。


「ディルクよ」

「え、さっきのおにいさん? ドラゴンさんなの?」

「ああ、そうだ」


 ドラゴン姿のディルクは鷹揚にうなずき、身を低くした。


「さあ、早く乗れ。俺に乗ったら、町までひとっ飛びだからな」

「ドラゴンさんにのるの!?」


 ミーヤは興奮半分緊張半分といった様子で、オフィーリアの手を借りて鞍にまたがる。

 二人が乗ったのを確認すると、ディルクは体を起こし、二度三度軽く翼を動かしたのち、ブンッと大きく羽ばたいて一気に上空に舞い上がる。


「ひゃああ! すごーい!」

「も、もう。ミーヤ、暴れちゃダメよ!」


 満面の笑顔で悲鳴を上げ、手足をジタバタさせるミーヤを抱きかかえる。

 ディルクに守られているとはいえ、危なっかしいことこの上ない。十分にも満たない空の旅だったが、町に着くまでに気疲れでぐったりしてしまったオフィーリアだった。


 町の入り口付近で降り、顔なじみの門番に挨拶を交わしたのち、ミーヤの案内で彼女の家に向かおうとしたのだが。


「あ、あれ? おうち、どこ?」


 普段こんな町の出入り口まで来ることがないせいか、ここから自宅までの道が分からないようだ。この近くに住んでないとなると、道行く人がミーヤの家や両親を知っている可能性は低くなる。


 心細そうに縮こまるミーヤの手を握り、どうしたものかとディルクと顔を見合わせていると、知った顔がこちらに気づいて近づいて来た。


「あれ、オフィーリアたちじゃない。どうしたの、こんな時間に」

「ジーナさん」


 オフィーリアの顧客の一人、ジーナ。

 婦人服の仕立て屋を切り盛りしている店主兼職人だ。


 仕事が立て込むと生活が不規則になりがちで、長らく肌荒れに悩んでいたようだが、美肌効果のある“魔女のハーブティー”のおかげで解消され、ついでに彼氏もできたと大変感謝された。


 そんな公私ともに忙しい彼女が、こんな時間に店の近くでもところを歩いていることこそ尋ねたいが……随分オシャレしているから、これからデートなのだろう。

 邪魔をして悪いが、顔の広そうな人間に出会えたチャンスを使わない手はない。


「あの、つかぬ事をお伺いしますが、この子のおうち知りませんか? ミーヤっていう子なんですけど」

「ミーヤ、ね……」


 ジーナは膝を折ってミーヤを見ながら何か思案する素振りを見せたのち、何か思い出したのかはたと手を打った。


「あ、そうそう。血相変えた女の人が『ミーヤちゃんを知りませんか!?』って飛び込んで来たらしいわ。私は店の奥で作業してて、バイトの子から聞いた話なんだけど」


 いきなり有力な手掛かりを得られたオフィーリアは、つい前のめりになる。


「そ、それ、いつの話ですか?」

「えっと……確か、昼過ぎだったかしら。私はこの子を知らないんだけど、店の近所に住んでるみたい」


 ミーヤ”ちゃん”と呼んでいるあたり、探しに来たのは母親ではなく近所の住人なのだろう。

 子供がいなくなったのに気づいた両親が、出歩けない自分たちの代わりに探すよう頼んだのかもしれない。


「なら、そこに行けばすぐに分かるな。まだ誰か探し回ってるかもしれない」

「ジーナさん、ありがとうございます」

「うふふ、役に立てたようでよかったわ。また今度お洋服買ってね」


 ヒラヒラと手を振り、笑顔で別れたジーナは、門番詰め所の方へ歩いていく。

 彼氏がどこの誰かは聞いたことはなかったが、どうやら門番の一人らしい……などと、彼女の恋路を気にしている場合ではない。意外と大事になっているようなので、早くミーヤを連れて帰らなければ。


 小さな子供を連れて素早く移動はできないので、ディルクが麻袋を抱えるミーヤを抱きかかえ、急ぎ足でジーナの店へと向かうと、キョロキョロと周囲を見回す挙動不審な何人かの大人を見つけた。


「あ、おじさん! おばさん!」


 彼らを見てミーヤが叫ぶのと同時に、ディルクが地面に下ろしてやると、その大人たちの元にトコトコと走って行った。


「ミーヤちゃん、どこいってたの!」

「あ、あんたたちがミーヤちゃんを誘拐し――ひっ!」

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください。ディルクも睨まないで」


 興奮する大人たちと彼らを威圧するディルクの間で、オロオロしながらも両者を落ち着かせるように、努めて穏やかな笑顔で話を切り出す。


「連れが失礼しました。私は、魔女のオフィーリア・バーディーです。お薬を求めてわざわざ里まで来てくれたミーヤちゃんを送ってきただけですから、皆さんがご心配するようなことは何もありません」

「そ、そうなのかい、ミーヤちゃん」

「そうだよ。まじょのおねえさんといっしょに、パパとママのおくすりつくったの」


 えっへん、と可愛らしく胸を張り、麻袋を自慢げに掲げて見せるミーヤ。

 こんな小さい子が薬を作ったということが、大人たちには信じられない様子だったが、ともかくミーヤの無事を伝えなければと、彼女を連れて家に戻ることにしたようだ。


「バイバイ! おにいさん、おねえさん!」

「またね、ミーヤ」


 手を振って小さなお客さんと別れると、一人の中年女性がおずおずと頭を下げた。


「さっきは誤解して悪かったね。落ち着いて見てみれば、あんたたちこの辺で見たことあるよ。ジーナのところに出入りしてる人たちだね」

「ええ。ジーナさんにはお世話になってます。ミーヤちゃんのおうちが分かったのも、ジーナさんのおかげなんですよ」

「あら、そうなの?」


 それから打ち解けた女性と二、三言交わしたのち、ミーヤが店で魔女の里に行けと言われた話をすると、彼女は忌々しそうに「あのバカ息子だね」とつぶやいた。


「薬局にそこのおにいさんくらいの歳頃の男の子がいてね、時々親の代わりに店番してるんだが、これがまたやる気がなくて口の悪いボンクラで。その上子供嫌いなもんだから、きっとミーヤちゃんに意地悪なことを言ったんだろうよ。そいつには一発ガツンと言っておいてやらないとね」


 ガツンの一言で済みそうにないレベルの殺気を込め、グッと拳を握る女性に「ほ、ほどほどに」と言って別れを告げ、常夜灯が灯り出した町を後にした。

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