第24話 おくすりをつくる

「そうだったの。偉いのね、ミーヤは。確かにここは魔女の里だし、私も魔女だけど……」

「おねえさん、まじょさん? おくすりつくるひと?」

「うん、そうよ。けど……」


 キラキラしたまなざしで見つめてくるミーヤに困惑の笑顔を返しつつ、どう対応したものかと考えあぐねる。


 ミーヤの両親を救いたいと言う気持ちも、そのための行動力も、幼いのに立派だと思う。

 材料はあるから彼女のために風邪薬を作るのは容易い。

 だが、いくら問屋を通さないからといって、がま口の中身だけでは売ることはできない。


 今のオフィーリアは新米とはいえ魔女であり、彼女の生み出すものは出来の良し悪しに関わらずマナテリアルになってしまう。

 幼い子供相手とはいえ、マナテリアルを安価で売買したことが周囲に知られれば、以降もその値段で買い叩かれることになるし、下手をしたらただ働きをしいられる可能性だってある。


 両親が回復してから代金をもらうという手段もあるが、一度ツケを許してしまえば、他の客も同様の手段を取り、最悪代金を踏み倒す者も出るかもしれない。


 これはオフィーリア自らの保身だけでなく、里全体の問題に発展しかねない。一人の魔女がそうすれば、周りもそうであると認識されかねないのだ。


 ミーヤの想いを無下にしたくないが、それが許される立場ではない。

 もしも自分が落ちこぼれのままだったら、周りなど気にせず助けてあげられたのに。


「おねえさん?」


 黙りこくったオフィーリアを不安そうに見上げるミーヤ。

 せっかくの笑顔が曇ってしまって胸が痛む。どうにかして助けてあげられないものかと考えていると、思案顔をしていたディルクがおもむろに口を開いた。


「なぁ、ミーヤ。すまないが、ミーヤの持ってるお金だと、薬は売ってやれない。魔女の薬は特別だから、普通の薬よりずっと高いんだ」

「え……」

「ちょっと、ディルク」


 いくら事実でも、ストレートに言っていいことではない。ミーヤはショックを受けて、今にも泣きそうな顔になっている。慌てて口を挟むが、ディルクは大丈夫だと言うように口の端に笑みを浮かべて続けた。


「でも、ミーヤが薬を作る手伝いをするなら、お金は足りるぞ」

「つ、つくるの? あたしが?」

「ああ。薬草はいっぱい生えてるし、作り方は魔女のおねえさんが教えてくれるから。それならいいだろ、オフィーリア」


 つまり、こちらは材料費だけをもらい、ミーヤに薬を作らせれば、それは普通の薬であってマナテリアルではないから、たとえ周囲に漏れても彼女や里に不利益の出る取引ではない、ということか。


 魔女でも早ければこのくらいの歳で風邪薬の調合は習うし、危険な薬草を使うわけではないから、多少配分を間違えたところで効果に差は出ない。

 小さな子にちゃんと教えられるかは不安だが、魅力的な案だと思った。


「そ、そうね。ミーヤ、一緒にお薬を作りましょう。ミーヤが頑張って作ったお薬なら、きっとパパもママもすぐによくなるわ」

「ほんと? じゃあ、がんばる!」


 小さな手をぎゅっと握って気合を入れるミーヤは、健気で可愛い。

 自分も頑張らなければと気合を入れ、ディルクに礼を言う。


「ありがとう、ディルク」

「べ、別に。ただの思いつきだ」


 照れた顔を背けるディルクも可愛い。

 クスクス笑うオフィーリアを半眼で睨み、ディルクがぼそりとつぶやく。


「……なんだか失礼なことを考えてないか?」

「そ、そんなことないわよ。ほら、薬草の用意をして」


 素知らぬ顔をしてごまかしながら、用事を言いつけてリビングから追い出した。


*****


 ディルクが席を外している間に、ミーヤと共に工房に移動して、両親の症状についてくわしく聞いておくことにした。


 風邪の症状は人によって様々だし、それぞれによく効く薬草も異なる。

 一般的に売られている風邪薬は“総合感冒薬”と呼ばれるもので、主な風邪の症状全般に効くようにできているが、せっかく一から作るなら、的確に苦痛を緩和できるものを作る方がいいに決まっている。


「ねぇ、ミーヤ。パパとママは、どんな風にしんどいって言ってた? 喉が痛いとか、頭が痛いとか」

「うーんと……パパもママもおねつがあって、ゴホゴホしてた。どこかいたいって、いってなかったとおもうけど、とてもしんどそうだったかな……」


 寝込んでいる両親を思い出したのか、うつむいて眉をハの字にするミーヤの頭を撫で、発熱と咳に効く薬を調合することに決めたところで、ディルクが薬草の入った箱を持って工房に現れた。


「これくらいで足りるか?」

「十分よ、ありがとう。じゃあ、さっそく始めましょうか」

「はーい」


 お行儀よく返事するミーヤと共に、箱の中の薬草を拾い上げる。


「みんなシワシワだね。かれてるの?」

「ふふ、干してあるだけよ。お魚やお肉も干すでしょう?」

「あ、しってる。ママも、おさかなさんほしてた。くさもほすんだね」


 興味津々といった様子で目を輝かせるミーヤを微笑ましく見ながら、薬草の名前と効果を教えつつ、それをすり鉢ですりつぶす作業に入る。

 力のいる作業なので、ディルクが手を添えて手伝っていた。


「ゴーリゴーリゴーリ……ねぇ、まだ? おててつかれた……」

「もう少しよ、頑張って」


 ミーヤを励ます傍ら、小さな鍋の支度をする。これですりつぶした薬草をハチミツと一緒に煮詰め、シロップ薬にするつもりだ。

 これなら咳で喉を傷めていても嚥下しやすいし、お湯に混ぜて飲めば体も暖まって一石二鳥だ。


「おくすりにハチミツもいれるの?」

「そうよ。ちょっとだけ甘いお薬になるの」

「あまいの、のみたい!」

「元気なミーヤが飲んじゃダメよ。パパとママのためのお薬なんだから」

「うー……」


 不服そうに唇を尖らせるミーヤだったが、一口だけ舐めさせてもらったハチミツで機嫌を直し、鍋の中身が焦げ付かないようにかき混ぜる役をする。


「グールグール……」

「そうそう。ゆっくり混ぜてね。お鍋がひっくり返っちゃうから」

「ゆっくりゆっくり……」


 そしてミーヤの奮闘の結果、薬は完成した。

 よく冷ました淡い緑色の液体をガラス瓶に詰め、用法を記した紙と一緒に麻袋に入れる。

 一応飲み方はミーヤに教えたとはいえ、ちゃんと伝わるかは不安だ。飲み過ぎて毒になるものでもないが、薬である以上用法は守ってもらわないといけない。


「やった、できた! まじょのおねえさん、ありがとう!」


 大事そうに麻袋を抱えるミーヤを微笑ましく見つめ、オフィーリアは上着を羽織った。


「どういたしまして。じゃあ、一緒にミーヤのお家に行きましょうか」

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