第12話 痣の正体

「いらっしゃい。オフィーリア」


「うふふ。こんにちは、ドラゴンさん。お会いできて光栄よ。わたくしはマリアンナ・バーディー。オフィーリアの姉なの。こちらは私の母のベアトリクス。あなたの傷を治したマナテリアル薬を作った魔女よ」


 気持ち悪いくらい機嫌のいい笑みを浮かべ、猫なで声でクズではなく名前で呼ぶ二人に、オフィーリアは顔が引きつりそうになった。自分以外の人当たりがいいのは知っているが、なんだか背中がゾワゾワするような妙な感じがするのだ。


「ディルクだ。その節は世話になった」


 一旦地面に降り、丁重に頭を下げるドラゴンに「可愛い!」とマリアンナは指を組んで黄色い悲鳴を上げ、思わずといった様子で駆け寄って抱き上げようとするが、ディルクはそれを睨みつけて阻止した。


「すまないが、まだ君を主人と認める前に一つ確認したいことがある。首の後ろに大き目の星形の赤い痣はあるか?」

「え? あ、あるけど……どうしてそれを?」


 巻き毛の上から痣があるだろう箇所を押さえ、マリアンナは首をかしげる。

 髪を上げているわけでもなく、ましてや正面に立っているディルクにそれが見えるはずがないのに、的確に言い当てられて気味が悪いと言いたげな表情だ。


「オフィーリアが教えてくれた。その様子では消えてないんだな」

「ええ……自分では見えないけど、見苦しいから人前では髪は絶対下ろしてなさいって……そういえば、お母さんにもあったわよね、赤いのが――って、お母さん?」


 マリアンナは横にいる母を見やりつつ同意を求めたが、何故か彼女の顔色が悪い。


「どうしたの、お母さん。具合悪いの?」

「具合も悪くなるだろうな。禁術を暴露されそうになってるんだから」

「「禁術……!?」」


 姉妹は声をそろえ、見開いた目で母を見た。


 ベアトリクスは一言も発しなかったが、青を通り越して真っ白になった顔と、立っているのがやっとの足腰の震えが、それを如実に肯定していた。


「ベアトリクス様……!?」

「お、お母さん、どういうこと!?」


 禁術と聞いて、姉妹も顔色を変えてうろたえる。


 魔女が魔力を使って生み出すのは、何も形あるマナテリアルだけではない。

 その気になれば魔法のような超常的な現象を起こすことも可能だ。


 しかし、遠い昔にそのせいで差別を受け、時に処刑された同胞も数多くいた。だからこそ、そういう“魔法”を禁術と呼び、決して使ってはならないと掟で定められている。


 とはいえ、現代ではすでに禁術自体が失われた技術で、使おうとして使えるものではないはずなのに、母はどこでそんなものを。

 そもそも禁術を知らない姉妹には、母がどんな種類の禁術を使ったのかすら想像もつかない。


 青ざめたままこちらの呼びかけに応えない母にじれ、オフィーリアがディルクをすがるように見ると、重いため息と共に答えてくれた。


「魔力を搾取する禁術だ。君たちが痣だと思っているのは極小の魔法陣で、青い陣の持ち主から赤い陣を持つ者に対し、魔力を吸い取り自分のものにする仕組みになっている。つまり、マリアンナが優秀な魔女だというのは、オフィーリアの魔力があってこそ、という可能性が高いということだ」


「う、うそ……」


 マリアンナがショックに打ちひしがれる隣で、ベアトリクスは口元を押さえ、膝から崩れ落ちた。図星のようだ。


「……ディルクさんは、どうして禁術だとお分かりになったんですか?」

「混血ドラゴンの集落には、訳ありの人間も住んでいる。社会の枠組みから爪弾きにされた人間たちがな。その中に、禁術を知り過ぎた故に危険視され、里を追われた魔女もいた。実際に禁術に手を染めたわけではなく、ただ学術的な研究のつもりだったようだが……」


 彼はその魔女から話を聞いたか、書き記したものを読んだかして、禁術に対する知識を得たのだろう。

 彼の来歴からしてただの偶然だろうが、まるでベアトリクスの罪を暴くために現れたようで、これが神の配剤なのかとオフィーリアはおぼろげに思った。


「ちなみに、オフィーリアに施されているのは禁術と名は付いているが、本来は魔力を失い衰弱した魔女を助けるための救命処置だ。使い方さえ間違えなければ危険はない。ただ、搾取される側が持つ魔力量をオーバーして吸い取られることもあり、そうなれば最悪死ぬ。だから禁術とされている、と聞いた」


 ため息と共に解説を区切り、ベアトリクスに向き直る。


「ベアトリクス、君はどうしてこんな真似をしたんだ? オフィーリアも君の娘だろう?」

「そ、それは……」

「ベスだけを責めるな。最初に禁術を施したのはこいつの母親だし、最初は本当に二人を助けるためだったんだ」


 ベアトリクスを守るようにディルクとの間に立ち、ロイドが事情を語り出した。

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