第5話 異形の子ら

 1機の装甲兵員輸送機が飛行している。漆黒の外観は可視視覚では捉えるのは困難だが、装甲はステルス処理されていて赤外・電磁波帯でも探知は難しくなっている。虚空を駆ける忍者のようなもの――それがこの輸送機だ。その進路の先に白い物体が姿を現していた。

 中央に大きさの違う長方形のブロックを幾つか連結させ、更にその外側に円筒形のモジュールを接続した構造体だ。更にその外側に長大な太陽光発電プレートが接続されている。かつてISSと呼ばれた長期滞在型宇宙ステーションだ。


「記録とは随分と構造が変わっているな」


 俺は輸送機の窓からその構造体を見ていた。その姿の違いに気づいたのだ。作戦管理局よりあらかじめ脳内極微電脳ナノブレインにダウンロードされていた過去の記録映像と参照し、比較した上での感想だ。目の前に見えているISSの姿は明らかに過去のものとは姿を変えていた。

 

「20年代に民間に払い下げられてから何度か改装されていますからね」


 “部下”の1人が話しかけてきた。


「とはいえ民間時代の記録ともかなり変化していますね」


 俺は頷いた。


「駐留していた民間企業は大戦期に全て退去したらしい。よって以後は何者の管理を受けることなく放置されていたようだ」


 だが、その間――若しくはその後で立ち入った者がいたということだ。無断侵入になる。その者らが改装したと考えられる。

 ミッションブリーフィングを思い出す。




 作戦管理局・戦術指揮AIによる説明。


〈旧ISSを不法占拠している者がいる〉


 俺たちの頭上にそのISSの立体映像が出現した。同時に地球の映像も現れたので、俺たちは身1つで軌道上に放り出されたような感覚に襲われた。だが誰1人パニックに陥ることはなかった。

 こんなものは現実リアルでも何度も体験している。強化装甲宇宙服スペースアーマー装着状態で宇宙に出れば常に味わったものだからだ。サイバネティックメカニクスによる神経接続ニューロコネクト下でセンサーからの情報を脳内に直接受けるので、自分自身が直接宇宙空間に接しているように感じられる。それを何度も何度も経験し、慣れていたのだ。

 俺たちは特に気にすることもなかった。AIは説明を続けた。


〈占拠者は〈コーイチズ〉と呼ばれる人身・臓器売買組織だ〉


 幾人かの男女の顔が表示された。〈コーイチズ〉と称される組織の幹部だそうだ。


〈この者らはISSの与圧モジュールを改装し、モジュールの幾つかにクローン臓器製造工場を建造して稼働させている。この宇宙ステーションを選んだのは恐らく長らく放置されていたからだろう。誰の目にも留まらず好き放題できると考えたと思われる〉


 そして臓器の“元”となる者らを拉致監禁しているのである。


〈〈コーイチズ〉は地球上の貧困地帯を回り、言葉巧みに人々を――特に年少者を集めて軌道上に送っていた。その一部がこのISS――連中は〈宝箱〉と呼んでいる――に集められている〉


 そして臓器摘出――そうでなくとも遺伝情報のリーディングが行われているわけだ。


「フム、違法な人身売買というわけか。送られた人々――殆ど子供らなんだな――は摘出なりリーディングされた後には“処理”されてしまうのか」


 “処理”――が何を意味するのか、俺ははっきりとは言わなかった。AIも言わない。だが皆は当然のように理解していた。


「しかし遺伝情報提供だけなら、身体は切り刻まれるわけはないのでしょう? 少なくとも遺伝情報提供に留まった者たちの身は無事なわけですね」


 “部下”の言葉に俺は首を振った。彼は首をかしげた。理解できないらしい、それで俺は説明することにした。


「この手の組織は手に入れた“材料”をとことん利用せずにはいられない性質タチなのだよ。彼らの身体は血の一滴、細胞の一欠けら、ヘタしたら構成分子1つまで利用されるに違いない」


 “部下”の顔色が変わった。意味を理解したのだ。

 確実に命を奪われ、処理されるのだ。遺伝情報のリーディングだけで終わるわけがない。医療資源、食料資源、或いは工業資源として彼らの肉体を構成した組織は分子レベルに至って利用されてしまうわけだ。


「例え“処理”されず生かして貰ったとしても、それは“慰み物”として扱われるだけだ。人身売買組織とはそうしたものだ」


 息を呑む気配が流れた。話しかけてきた“部下”だけでなく、全員が不快を味わっているのが分かる。俺は立体映像ホログラムから目を離し、背後の“部下”たちを見た。

 “部下”――航空宇宙自衛軍・第1宙挺団第4特殊作戦群の群部隊員だ。尉官に昇進した俺は暫くしてこの部隊に配属された、部隊長としてだ。だがそれは必ずしも“指揮官”を意味するものではなかった。

 作戦の実行に関しては作戦管理局・戦術指揮AIの管理下にあった。命令の伝達・発令は全て機械AIの権限下にあったというわけだ。よって人間の部隊長などはただのお飾りに過ぎない。現実にはそう言い切れるものではないが、部隊指揮に関しては俺には大して権限はなかった。結局これまでとあまり立場は変わらなかったのだ。

 とにもかくにも、“この頃”の俺にはこうした任務が多くなっていた。航空宇宙自衛軍の特戦群は特殊部隊であり、後方支援、敵地潜入、破壊工作等などの工作員的任務の比重が増えた。戦線の前面に立つことは少なくなったが、代わりに増えたのがこの手の任務というわけだ。


ふぅ~、というため息がどこかから聞こえた。


「何だ? 不満でもあるのか?」


 問いただされた部下は居住まいを正した。非難されたと思ったのかもしれない。


「いえ、ただ今回の任務はどちらかと言えば警察のやることではないかと思いまして」


 俺は笑みを浮かべた、乾いた笑みだ。


「現在の地球外では軍の活動が主体だからな、警察活動も担わなければならないのが実情だ」


 未だ大戦が続いているとも言われるこの時代、戦時体制は継続しており、社会の多くの分野は軍が管理しているのが実情、軍にしか担えなくなっているものも多い。警察的任務もひっきょう軍に任されることが多いわけだ。


〈現在〈コーイチズ〉幹部の1人が〈宝箱〉を訪れていると確認できている。諸君らの任務は施設を急襲し、その幹部を確保することだ〉


 AIは言葉を終えると、添付データを群部隊員全員の脳内極微電脳ナノブレインに送ってきた。施設内の構造を記したマップデータや警備システム、人員の配置状況などの内容だ。かなり詳細なもので、どうやったのかは不明だが、組織内から入手したものだろうと推察された。構成員の誰か――主に警備関係者か――に金品でも使って懐柔したか、ハニートラップの類か、或いは弱みでも握って脅したとか……そんなところか。


「構成員が電脳化しているのならハッキング・クラッキングもありうるか……」


 そこまで考えて俺は思考を止めた。


 ――この辺は情報部の専権事項だ。俺の考えることではないか……ただ――――


「こういうのはAIには任せられないところなんだな。ドロドロした人間そのものだからな……」


 “部下”はまた首を傾げた。






〈距離3000、総員出撃せよ!〉


 俺たちは素早く動いた。強襲用装甲ボッドに装甲服アーマーを収め、射出された。殆ど脱出速度に達する高速度で〈宝箱〉に接近、通過する直前にポッドを分離して軌道変更、施設への潜入を果たした。



『あっけねぇな、所詮犯罪組織なんざこんなもんか?』


 制圧は10分とかからず完了した。俺たちは左右の円筒部――与圧モジュールに潜入して順繰りに制圧していった。情報通り、警備システムは自動化されていて施設管理AI制御による警備ロボットに任されていた。俺たちはEMP弾を撃ち込んでロボットの機能を破壊、AIとの通信も遮断させて素早く制圧していった。人間の警備員は1人もいなかった。放置されていた施設だという意識が強かったのだろうか? 急襲というものがあるとは考えていなかったとしか思えないほどの杜撰な警備システムだった。


阿羅鈹厚逸アラカワコウイチだな?」


 施設中央の長方形ブロックの1つに到達した時、その男を発見した。ヤケにケバい内装の部屋(大昔にあったラブホテルとかいうものを思わせる内装だ)の真ん中で浮遊していた(無重量状態なので身体を固定していないとこうなる)。しかも素っ裸だったもんだから何とも言えない。無重量環境下のせいか、全身の贅肉が妙に波打っていた。ブヨブヨの肥満体が浮遊するとこうなるということか(奴は超がつく肥満体だった)。

 長髪の縮れ毛の男だ。バンダナを巻いていて大昔にいたというヒッピーを思わせる風貌をしていた。阿羅鈹厚逸アラカワコウイチというのはそいつの名、組織幹部――と、いうより筆頭だ。〈コーイチズ〉という組織名はこいつの名に因んでいる。自分の名を組織名につけるなど自己顕示欲の塊のようなところのある奴だ。

 あらかじめ与えられていた情報通り、〈宝箱〉を訪れていた幹部というのはこいつのことだ。施設の視察のつもりだったのだろうが、こんなことになるとは露ほども思っていなかったに違いない。全く予想していなかったのだろう。

 奴は目をまん丸にさせて叫んだ。


「なっ――何だお前ら?」


 元々赤らんでいたと思われる顔が更に赤くなっていた。頬を膨らませているものだから風船みたいに見える。


 ――そう言えば「赤い風船」なんて歌が昔あったな。確か20世紀の楽曲で、どこかで聴いて妙に印象に残っていた……


 そこまで考えたが、そこで終わった。奴のやっていたことに気づき、はっきり言って不快感を感じたのだ。

 奴は左右に2人の少女――というより幼女としか言えないくらいの幼い娘らを侍らせていたのだ。彼女らは2人とも首輪がつけられていて、その身体には細かな傷が無数に見られる、この2人も全裸にさせられていたので傷が見えた。明らかな虐待の跡だ。2人の目は虚ろで、虐待が執拗で長く続けられていたと理解させる。

 更に気づいた、彼女らの股間にはネトネトした粘液がへばりついていた。その意味は……不快を感じたのは俺だけではなかった。


「てめぇっ、このクズ野郎!」


 部下の1人がいきなり突進、阿羅鈹アラカワの首を鷲掴みにして持ち上げた。


「きゃあっ」

「ひぃぃっ!」


 部下の行動に恐怖を感じたのだろう。幼女たちが左右に飛び出してそれぞれ部屋の隅に飛んで行って逃げて行き、そこで小さく丸まって動かなくなった。2人ともだ。その間も部下は阿羅鈹アラカワを掴んで離さなかった。奴は体重100キロは優に超える巨漢だったが、無重量環境下では関係ない(そもそも戦闘機動中なので重力環境下でも怪力を発揮できるので、やはり関係ない)。部下は軽々と持ち上げ、首を絞め上げ始めた。


「ふっ、ひゅふっ、うぅ……」


 奴の顔はますます赤くなり、次いでどす黒くなり始め、唇が紫色になっていた。微かに呻いているが、呼吸は全くできなくなっているはず、窒息しかけているのだ。それでも身体は動かせるらしく両脚をバタつかせている。その股間から何やら盛んに飛び散る。それが何なのかは一目して分かり、部下は更に怒り狂った。


「この変態野郎め! ここでぶっ潰してやる!」


 部下は手の角度を変える。頸椎を折ろうとしているのが分かった。


『そこまでだ』


 そこで彼の動きは止まった。


『悪いが装甲服アーマーの機能をロックさせてもらった。このままそいつを殺させるわけにはいかないのだ』


 部隊長権限で部下の装甲服アーマーのシステムに介入できるようになっていた。それを使ってロック――つまり動けなくしたのだ。


『三尉、しかし――』


 彼は納得していない。俺は彼の装甲服アーマーの肩に手を置いて話しかける。


『気持ちは分かる、俺も同じだ。だがこいつからは情報を引き出す必要があるのだ』


 組織の活動状況、ネットワーク、取引先、顧客リスト……多々ある。


『分かったな』


 部下は応えなかった。怒りが抑えられないのが伝わる。

 装甲服アーマーの手が開かれ、阿羅鈹アラカワの巨体が崩れ落ちた。俺が部下の装甲服アーマーを遠隔で思考制御し、開かせたのだ。


「ぶひゅっ、ひゅぐ……」


 無重量空間を浮遊する姿はまるでトドのように見えた――トドを実際に見たことはないが、そんな風に思ったのだ。そんな奴を見て、俺はため息をついた。


 ――下らん野郎だ、下らん任務だ、下らん話だ……


 幼女たちに目を向ける、部屋の隅で震えている彼女らを見て思った。

 

 ――その下らんものに彼女らは痛めつけられていたのだ。ロクな話じゃないな……


 俺は固まったままの部下に再び話しかけた。


『情報を引き出した後なら自由にできる。奴らに裁判を受ける権利など無いし、軍は存在しなかったことにするだろう。気が済むようにできるぞ』


 ロックは解除した。

 どこか凍り付いたような目を――その映像を――彼は俺の脳内視覚野に送って来た。


 ――下らん話には、下らん決着が相応しいのかもな……


 俺は別の部下を呼んで幼女らを保護させ、阿羅鈹アラカワも運び出させた。




 俺は制圧した施設内を次々を回った。そうして膨大な“下らんもの”を目撃した。抜き取られて保存された各種の臓器――どっかの金持ちにでも移殖させるためのものだろう。そして摘出されてそのままになっている死体の数々、どういうつもりか片付けられていない。中には酷く損壊しているのもあった。何となく遊びで“破壊”した跡のようなものにも見えた。大半は小さく、年少者のものだと理解できた。

 この組織は子供専門の人身売買組織だというわけだ。


 処置室のあちこちから叫び声が聞こえてきた。作業していた組織の連中がいる。例外なく拘束され、身動き1つできなくされている。


「でめぇ、このっ――もっと大事に扱えよ! 人権侵害だろぉが、訴えるぞ!」


 何人かがこうやって喚いている。人権とかよくも言えたものだと、笑いすら込み上げてきた。だがそいつらを監視している部下たちには冗談では済まなかったらしい。


「ぬかしてんじゃねぇぞ、下種野郎ども! こんだけ猟奇ヒャッハーかましといてまともに扱われるとで思ってんのか? 小間切れで済めばしめたものと思いたくなるような末路をくれてやる!」


 何とも物騒なことを言い出すが、本当に有り得るので笑えない。俺は直ぐに憂鬱な気分になってしまった。


『三尉、生存者がいます!』


 当然と言えば当然だが、2人の幼女以外にも生きている者らはいたのだ。だが彼らの姿を見た時、俺は更に憂鬱な気分になった。暗鬱と言った方がいいか。

 殆ど例外なく身体のどこかが欠損していたのだ。中には異様に変形した体躯の子供もいた。その状態で生きている。


『どうも遺伝子操作によって変異したパーツを移殖されているみたいです』


 どういうつもりなのか? 生体移植の実験とも思われたが、もっとロクでもない考えが脳裏に浮かんで暗鬱さが加速してしまった。

 

 ――観賞用……グロテスクな生体人形を見て楽しむためのもの……


 俺は首を振った。


『全員保護しろ』


 それだけ言って部屋から出て行った。

 

 ――彼らは軍に保護されるが、それが幸せな未来を約束するかと言えばそうとも言い切れない。組織の実験データを利用するのは十分考えられるからだ。そのための実証実験体として扱われるかもしれない。丁寧に扱われるだろうが、自由はないだろう。

 そうでなくともここで受けた仕打ちは途轍もない傷を心に残したのは確実だ、人生を破壊したと言えるほどの。その未来に光が差す可能性はかなり低いと思われる。


 窓から蒼い光が差し込んできた。施設が昼半球に到達したのだろう。外には地球が見える。その蒼を見て思考する。


 ――この世には様々な地獄がある。俺はあの世界で散々味わい、この宇宙でも嫌と言うほど味わった。だが――――


 地獄の底は限りない、計り知れない。様々な、多種多様な地獄があると知った。今回の作戦で思い知った……

 いつまで続く? どこまで続く……


 蒼い輝きは虚無しかもたらさない。


 ――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……

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