第4話 重く、そして深く

「おめでとう、本日付で君は三尉に昇進だ。晴れて尉官となれたわけだな」


 そう言って男は徽章を俺の胸につけた。俺は彼の顔を見る。視線に気づいたのか彼は俺を見返した。


「良かったな」


 そう言う彼の目はどこか虚ろで暗く沈んでいた。「良かったな」などと口にしたが、彼の意識はどこかに遊離しているようにも見えていた。


「特将、疲れているのですか?」


 彼は眉を上げて首をかしげた。


「何故そう思うのかね?」


 俺は首を振った。


「いえ、特に――」


 あの初出撃から3年、俺は今も生きている。様々な戦場を駆け巡り、様々な敵と遭遇し、撃退し、ここまで来ている。それが評価されたことになる。一般公募からの入隊を経たただの兵卒に過ぎなかった元浮浪児の下層民が、何と尉官にまで出世したのだ。現場からの叩き上げで、ある程度の地位に就くケースはある。俺もそのケースではあるが、ただ3年程度で、ようやく22歳を迎えたばかりの元浮浪児というロクなものではない経歴の持ち主が三尉に昇進というのは異例に思えた。


「気おくれするな。君はそれだけの成果を上げたのだぞ」


 頷く特将の姿が見えたが。「成果を上げた」――軍上層部の目にも留まっていたらしいが、それはそれだけの敵を葬ってきたという事実を意味する。

 

「何人殺したのだろうか……」


 思考は知らずに呟きとなっていたらしい、特将と呼ばれた男はそれに気づいて俺の方を見た。だが俺は特に気にすることもなく思考に――思い出に耽った。


 この3年、様々な戦場を巡り、様々な敵と戦い続けた。低軌道から静止軌道、双極軌道に放物線軌道――高度や軌道傾斜、離心率、周期性などが複雑に絡み、多種多様な要素を持った軌道上での戦闘を経験した。それら戦場で多彩な敵と戦い続けたのだ。中には大気圏降下中での戦闘までも経験している。

 高速で交差する宇宙戦闘機、執拗に追尾を継続する自動追尾機雷、脱出速度にまで達し、その上変幻自在に軌道変更を繰り返す極超音速可変軌道ミサイル――それら多彩な敵と遭遇し、戦い続けた。わけても強烈な印象を残したのは、やはり敵の強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズとの戦闘だった。


 強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズ強化装宇宙甲服スペースアーマーに身を包んだ兵士だ。つまり中に人間がいる。そう、その人間との戦闘になる。それは文字通りの“殺し合い”を実感させるものだった。

 サイバネティックメカニクスという超深度の思考接続制御機構で制御する強化装甲宇宙服スペースアーマーは装着者の肉体そのものと化すもので、外部環境の刺激をダイレクトに装着者の脳内にフィードバックするものだ。フル起動させた接続制御下で戦闘に望む場合、自身の身1つで敵と対峙して戦うように感じられる。特に白兵戦――近接格闘戦となった場合、その臨場感は筆舌に尽くし難い。

 思い出さざるを得ない、決して忘れられない近接格闘戦の記憶――強烈なまでに本当に“殺した”と実感させたあの敵の姿を――――





 西暦2069年1月――――


〈〈クィーンズ〉、光学捕捉圏内に到達、映像を送る〉


 指揮AIからの情報、脳内に白い円筒形の物体が投影された。

 全長は1キロ、直径500メートルに及ぶそれは小型の宇宙人工島スペースコロニーとでも呼ぶべきものだ。


〈これより当機は米帝宇宙軍軍事コロニー・〈クィーンズ〉に接近、諸君らを下して離脱する。総員、戦闘起動!〉


 俺たちは一斉に動き出した。装甲服アーマーを気密閉鎖、ブースターユニットをセットし、各種武装ユニットも接続させる。そしてそれぞれの緊急射出ポッドの中に入って行った。ポッドの中は狭かったが、強化装甲宇宙服スペースアーマーのシルエットに上手くフィットするように設計されていたのですんなりと滑り込めた。内部に収まると、ポッドのシステムと装甲服アーマーは自動的に接続された。脳内に指揮AIからの声が流れる。


〈諸君らは〈クィーンズ〉の宇宙港に係留されている米帝宇宙軍・第1宇宙打撃群旗艦である〈トランプ〉の破壊、最低限でも航行不能に陥れてもらいたい〉


 ガコンという音響と衝撃が伝わる。ポッドと宇宙を隔てる発射管射出口が開かれた影響だ。視界に宇宙空間の光景が映る。ボッドの光学カメラが捉えた可視映像が接続された装甲服アーマーのシステムを通じて脳に送られたものだ。右端に小さな白い物体が見える。〈クィーンズ〉との表示が表れている。拡大されてはいないライブ映像だ。


〈3時間後に予定座標で君らを収容する。それまでに作戦を完了し、当座標に到達するように。それでは健闘を祈る〉


 突如として足裏方向に強烈なGがかかった、ポッドが射出されたのだ。俺は頭から突進するような態勢で宇宙空間に飛び出していた。

 脳内に円盤型の物体の映像が映し出された。それは急速に小さくなっている。俺たちが搭乗していたステルス兵員輸送揚陸艇だ。殆ど真っ黒で裸眼では全く見えないものだが、今は友軍リンケージによってデータが送られていて強調表示されているので、確認できる。だがリンクは直ぐに切れ、程なく姿は消えた。

 俺は意識を〈クィーンズ〉に向ける。そしてそこの宇宙港に係留されている〈トランプ〉に。


 米帝の第1宇宙打撃群は軌道上に於いて最強に位置する戦闘単位だ。その能力は格段に高く、会敵して無事に済んだ部隊・艦隊は皆無と言われる。今では存在するだけで諸外国の宇宙での活動に多大な圧力をかける効果を及ぼしている。皇国も例外に漏れず、苦渋を呑んだのは1度や2度では済まない。


「我々が宇宙でより自由に行動していくには米帝の力を削ぐ必要がある」


 そのため、最強とも言われる第1宇宙打撃群をどうにかするしかない。だがまともに対峙して撃破する交戦能力を現時点での航空宇宙自衛軍は有していなかった。戦闘用宇宙機の開発・生産・拡充は重ねられ、成果は上げていたがまだ及ばないと判断された。艦隊戦は悪手だ。


「現在、〈トランプ〉は〈クィーンズ〉に定期点検のために係留している」


 そこを急襲し、破壊せよ――という命令だった。艦隊戦での打倒は困難だが、旗艦1つだけならば破壊は可能かもしれない。こっそりと忍び込んで破壊工作すればいい。艦隊を有機的に運用できる高度な多重連結制御機能を持つ〈トランプ〉という旗艦を失えば、打撃群はその実力を大きく減ずるに違いない――という判断だ。


「言ってくれるぜ……」


 ため息と共にその兵士は呟いた、ブリーフィングルームで作戦の詳細を聞かされた後でのことだ。乾いた声は諦観の現れだったのだろう。

 〈クィーンズ〉もまた難攻不落の軍事要塞のようなもの、接近するのも一苦労だ。それを潜入して係留している軍艦の破壊まで成し遂げろというのだ。強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズの1小隊だけでだ。


〈距離3000、ステップ2、分離射出を開始〉


 支援サポートAIの報告、同時に周囲の視界が晴れた。ピッタリと張り付くように装甲服アーマーと密着していたポッド構造材が分離したのだ。バラバラになった構造材は見る間に後方へと消えて行った。俺はそのまま直立不動の姿勢で〈クィーンズ〉に向けて進行していた。どこかで見ている者がいたら、まるで人間砲弾のようなものに見えただろう。現実には可視視覚での視認は殆ど不可能だったが。

 俺は周囲に意識を向ける。各種センサーに映る情報を視界に映した。そこに映るのは宇宙空間の映像のみ。一緒に飛んでいるはずの小隊19名の姿は1つとして映っていない。

 フルステルスだ。光学領域をも含めた熱電磁ステルスは電磁輻射系センサーを完全に欺く。皇国のこの技術は米帝すらしのぎ、世界最高峰のレベルにある。最高機密の塊で、そうそう使用が許されるものではないが、現在俺たちが装着している強化装甲宇宙服スペースアーマーにはこの装備が追加されている。作戦の重要度を鑑みての判断だ。


「潜入を果たし、内部から〈トランプ〉を破壊するのだ」


 フルステルスを継続すれば潜入はできるだろう。だがそれだけだ。破壊工作を行えば、その時点で気取られる。いや、それ以前に接近するだけで感知される。フルステルスは電磁系であり、振動など物理的刺激を完全に消去キャンセルできるものではない。高度な静穏性能を持つ皇国の強化装甲宇宙服スペースアーマー衝撃緩衝機能サスペンションと言えど完全ではないのだ。恐らく〈トランプ〉周辺は最高度感度のセンサー網が敷かれているに違いない。当然振動探知機の類もあるはずだ。これを欺くのは困難だ。

 センサー網接近の時点で戦闘が発生するのは恐らく避けられない。最終的にはかなり困難な状況になると思われる。それを見越した上で作戦は決行されたのだ。


「ちっ、結局死んで来いってことだな!」


 諦観は捨て鉢の態度に繋がる。上官がたしなめたが、その兵士は態度を改めることはなかった。上官もそれ以上は何も言わず、彼は処罰もされなかった。

 彼の気持ちも分かる。俺たち強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズは常にこんな目に遭わされる。最も過酷で死ぬしかないのではないかと言いたくなるようなとんでもない作戦に投入されるのだ。軍に於いては上官の命令は絶対で逆らうのは許されない。合理性のない命令ならば反対は許されるとされるが、事実上そんなものは認められない。逆らえば即銃殺なのが自衛軍の常識になっている。

 やるしかない、やるしかないのだ……


 ――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……



 立ち昇る焔、足元を揺らす振動。少しでも触れれば絶対死をもたらす熱と衝撃の驟雨の中を俺たちは駆け抜ける。目指すは〈トランプ〉機関部、ミューオン触媒式レーザー爆縮型核融合炉。これを破壊すれば〈トランプ〉は機能できなくなる。既に艦内への潜入は果たしている。マップデータによれば目標は1ブロック先、目と鼻の先だ。だが、それが遠い。


『ぐあっ!』


 傍らにいた奴が突如として後方に吹っ飛んでいった、撃たれたのだ。俺は目を向ける余裕はなく、ただ射撃地点に向けれてフルオート連射を行う。敵は俺たちの存在を確実に感知し、正確に攻撃してきている。戦闘時にフルステルスは継続できない。電力消費が大きすぎて戦闘機動が続けられなくなるからだ。だからステルスを解除し戦闘に臨む。よって普通に姿は見えるわけだ。

 艦内の様々な備品や柱、壁などを利用して何とか防ぐしかない。装甲服アーマーの複合装甲を過信して簡単に受けるわけにはいかないので、こうなる。そのため、艦内の進行は遅々として進まず苛立ってくる。

 銃撃の雨がピタッと止んだ。たまにこういう瞬間が来る。恐らく弾倉交換など武器の補充をするためだろう。それはこっちも同じでやはり補充を行う。その間に後ろで大の字になって仰向けに倒れている仲間の姿を見る、後方光学センサーからの可視映像を脳内視覚野に拡大表示したのだ。

 ピクリとも動かない、絶命しているのは確実だ。頭の辺りから赤いものが拡がっているので、頭部を撃たれたのが分かる。


 ――あれなら即死だったな。苦しむ間もなかったのだろう……

 だが死ぬまでに絶大な恐怖に見舞われていたのだろう。奴はどう思っていたのか? 死が常に隣り合わせである強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズの立場にあると言っても、それでもいざ実際に自分が死ぬとなると……?

 死とは何か? 死ぬ時には何か見るのか?


 思考はここまでだった。通路の左側の物陰に隠れていた(俺はちょうど反対の右側にいた)奴が叫び出したからだ


『くそっ、時間がねぇっ! このままだと外から敵の応援が集まって来るぞ! 一気に決めるしかねぇっ!』


 そこには尋常ならない気配が伺えた。俺は思わず叫ぶ。


『待て、やめろ――』


 爆音がいきなり発生した。高火力兵器が投入されたのか? 艦内での戦闘であり敵は重火器の使用を控えていたが、いよいよ焦れてきたのだろうか――と思った。だが実際は違った。

 蒼白の火線が通路の先に向けて鋭く伸びていた。直ぐに爆発が起きた。それは途轍もない衝撃を引き起こし、装甲服アーマー自動姿勢安定機オートバランサーでも吸収し切れない振動が走り、俺は思わず手をついてしまった。


『あいつ』


 主カメラを前方に向けて拡大表示する。

 濛々たる噴煙が漂っていたが、それは急速に晴れ渡った。ユラユラと揺れる像は未だ高熱が残っているあかし。動く者は皆無。通路端にいた敵兵は全滅だ。


『馬鹿野郎、特攻など……何考えてんだ?』


 あの蒼白の火線はブースターのロケット噴射だ。つまり左側にいた兵士はブーストランで一気に敵兵の集まっていた通路端に突っ込んで自爆したのだ。


『行くぞ! 奴の死を無駄にするな!』


 後ろから何人かが駆けてきた。その1人の叫びだ。俺も直ぐに動き出した。


 ――無駄にするな? 奴は俺たちのために活路を開いたとでもいうのか?

 自己犠牲なのか? そんなことを考えたってのか? そんなの分かるか!

 どういうつもりの行動だったのか、本質は本人にしか分からないだろう……


 そんなことを考えながら後に続いた。陽炎のように揺れる像の領域を越えた先にそれはあった。何本もの円筒が突き刺さったような球体の姿――目標の核融合炉だ。


『こいつをやれば俺た――』


 そいつの言葉は終わらなかった。頭を撃ち抜かれたからだ。


『ちっ、ここにも敵がいたか!』


 そう叫んだ奴は即座に応戦した。俺も続く。たちどころに激しい火箭が飛び交い始める。まるでゲリラ豪雨のような銃弾の嵐を搔い潜りながら、俺たちは最適位置へと移動していく。


 ――ここまで来れば俺たちの勝利だ。それでもお前たちは抵抗するのか?


 最重要にして繊細を極める装備である核融合炉近くで敵は高火力兵器は使用できない。小銃ですら使用を躊躇うほどだ。だが俺たちは関係ない。破壊が目的の俺たちは自由自在だ。

 それでも敵は迫る。何としても排除せんと俺たちに攻撃してくる。


『そうまでして国に命を捧げようってのかぁぁっ!』


 俺は方向転換し核融合炉に正対した。


『超高速滑空弾砲、起動!』


 ブースターユニット右側にセットされていた長大な砲塔が動いて右肩に固定された。自動的に弾倉が接続され、制御リンク完了が俺の脳に通知された。

 速やかに弾種選択――破砕榴弾。視界にレイティクが映り、炉の中心が照準された。


シュート!』


 ほぼ同時に砲弾が炉に吸い込まれた。即座に爆発、炉は内部からの高圧を受けて破砕した。


『プラズマが飛ぶぞ! 浴びたら即刻消滅だ!』


 俺たちは素早く移動を開始、敵がまだ攻撃をかけて来ようとしていたが、その彼らに向けて蒼白い波涛のようなものが覆い被さってきた。それと同時に再び爆発が起き、猛烈な突風が俺たちを襲った。

 蒼白い波涛は炉から露出したプラズマだ。融合反応真っ最中の状態で隔壁容器から放たれたのだ。億の単位に及ぶ極高温のそれは周りにあったものを跡形もなく溶融し、水蒸気爆発も起こした。機関部周辺とその下部の宇宙港施設に甚大な被害を及ぼしたに違いない。


『よしっ、やった! このままトンズラこくぞ!』


 プラズマを何とか凌ぎ、俺たちは艦外に出ることができた。行きと違って実に簡単だった、3分とかからなかった。

 最高出力でブーストランを継続し、エアロックを目指した。だが――――


『ぬぁっ、かっ――!』


 目の前を駆けていた奴が突如として横に吹っ飛んだ。そのまま右方向に滑っていく。直後に俺たちは激しい銃撃に呑まれた。


『くそっ、まだいるのか?』


 港内は大混乱、全員が〈トランプ〉に向かっているか、宇宙港施設のダメージコントロールに集中していると思われた。だが――当たり前なのだろうが――俺たちを忘れていない奴らもいたのだろう。そいつらが攻撃しているのだと思われた。


『何?』


 だが視線の先に映ったのは1人だけだった。作業員用エアロック開閉扉の真ん前、1人の強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズが銃を構えている。しかし何故1人だけでも立ち向かおうと思ったのか? その銃口が再び火を噴いた。


『くっ!』


 咄嗟の判断だった。俺はスモーク弾を発射し、そいつの目を潰した。いきなりの煙幕で何も見えなくなったせいか、そいつは酷く慌てた仕草を見せた。


『赤外帯なら簡単に見える。落ち着けば幾らでも対処できる!』


 見えないのは可視領域のみ、熱は発生させていなかったのでサーモグラフィにははっきりと映っていた。その白く輝く人体像の中心に向けて突進、間合いに入るや右腕を突き出した。拳の先より伸長された超振動ブレードが吸い込まれる。そいつの姿は激しく震え、直ぐに動かなくなった。

 煙が晴れ倒れた奴を見た時、俺の動きは止まった。


『これは……!』


 そのまま絶句、何も言えなくなった。


『おい行くぞ!』


 仲間の叫びで俺は気を取り戻し、彼の後を追ってエアロックに飛び込んで行った。


 この戦いもロクでもないものだった。作戦参加20名の内、無事生還できたのは3名のみ、生存確率15パーセント。部隊運用の観点からすれば大失敗と言える。だが〈トランプ〉の核融合炉を破壊し、宇宙港施設にも甚大な損害を与えた結果は上層部を大いに満足させた。損害の大きさには目を瞑り、戦果のみを大々的のアピールしたのである。


 




 この作戦が評価され、俺の昇進が決まったらしい。実際の昇進に際しては色々と手続きが必要だったらしく、士官資格獲得のための講習の受講などが命ぜられ、それなりに時間がかかった。結局本当に昇進できたのは作戦の3ヶ月後だった。

 別に昇進などはどうでも良かったが、尉官ともみなればそれなりに立場も良くなるかとも思った(ほんの少しだけ)ので、受けることにしたが……勿論そんな甘いものでないことも理解していた。


〈ようこそ、勇猛なる益荒男マスラオたちよ、今日から君たちは栄光ある航空宇宙自衛軍兵士の一員だ! これより共に皇国の神意を宇宙に鳴り響かせようじゃないか!〉


 4年前、自衛軍に入隊する直前、ドヤ街で聞いたことのある声と同じ声が聞こえてきた。窓の外を見るとあの時見た飛行船と似たものが飛んでいるのが見えた。

 ここは宇宙基地の中だがスペースはかなり広く、ちょっとした地方都市くらいの拡がりはあるのでああしたものは飛ばせるとは理解できるが、この騒ぎは何なのだろうと思った。


「今期の新兵だよ、この静止衛星軌道基地・〈高千穂タカチホ〉に今到着したところだな。その歓迎セレモニーといったところだ」


 特将はそう言って俺の方を見た。何かに気づいたような表情を浮かべて言葉を続けた。


「そう言えば君の時は無かったな……」


 どこか沈んだ目をしている。俺を気遣っているのかとも思ったが、まさか――と思い直した。


「自分の時は散々でしたから。セレモニーでころじゃありませんでしたよ」


 赴任の時にシャトルが攻撃を受けて生還できたのが俺1人だけだったのだ。セレモニーも何もありはしない。当然だ。


「そうか……」


 それだけ言って言葉は止まった。特将はもう何も言わないだろうと思ったが、おもむろに言葉を続けた。


「彼らも君のように生き死にの最前線に立たされることになる。いつまでも若者にこんな義務を押し付けるなど……全くもって……」


 俺は少し驚いた。そう言う彼の声は震えていて、顔は歪んでいたからだ。

 彼はそれ以上何も言わなかった。何を言いたかったのか分からないが、或いは俺の想いと通ずるものがあったのだろうか――と、思った。


 ――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……




 

 ヒュー……ヒュー……


 肺から空気が漏れている。そいつはまだ息があった。倒れた時の衝撃なのか、或いはブレードの刺突がシステムに何らかの障害を引き起こしたのか――何故かそいつの装甲服アーマーのフェイスプレートがフルオープンになっていた。だから顔立ちがよく分かった。

 まだ幼い、15歳程度の少年の顔立ち。入隊したころの俺と同じくらいだ。そいつは目を大きく見開き、俺を見ていた。もう手足に力は入らないのだろう。装甲服アーマーのシステムも機能しなくなっているらしく、AIによる装着者保護の自動起動も始まっていない。よってそいつは横たわったままになっていた。

 瞳は涙に溢れていて、それ故か奇妙に煌めいていた。口元が震えていた、何かを言おうとしていたのか。だがやがて震えは止まり、目が虚ろに翳っていくのが見えた。瞳孔開くのが分かった。その時、涙が目から零れ落ちていった。一筋の光の川のようなラインを描いて頬を伝い、装甲服アーマーの奥へと消えていった。


 死んだのだ。


 俺は自分の手を見た。細かく震えているのが分かる。今あった事実が強烈に自身の内を搔き乱しているのが感じられ、驚いた。


 殺した、殺した、殺した!


 殺人の事実がかつていないほどに自身を揺り動かしていた。

 何故だと思った。ここまで何度も何度も作戦に参加し、戦闘を経験してきていた。殺した敵は1人2人じゃない。今までこんな風に感じたことはないのに……何故こうも衝撃を受けるのだ?

 驚きは収まらなかった。


 分からない、分からない……ただ……


 右腕を上げる、その先に伸びるブレードが映る。それは黒い輝きを放っていた――――

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