第6話 地獄巡り

 地獄とはこの世にこそ現れるもの、生きているからこそ味わうもの――――



 西暦2070年、3月30日、月面・〈静かの海〉――――


〈目標は米帝宇宙軍・月方面軍・〈アームストロング基地〉!〉


 脳内に映し出される1つのクレーター、その内部には幾つもの光点が現れている。人工構造物が複数存在しているあかしだ。指揮AIの言葉が続く。


〈当基地はアメリカ帝国の月に於ける最大にして最重要の軍事基地である。米帝はここを拠点として月世界全体に実効支配領域を拡大、諸外国の行動に多大な圧力を及ぼし、各種権益の独占を実現している〉


 〈アームストロング基地〉とは、月面の〈静かの海〉にある〈アームストロングクレーター〉に建造された米帝の軍事基地である。ここは1969年7月20日に人類が初めて降り立った地でもある。アポロ11号のミッションだ。アメリカにとって忘れられない誇り高き偉業の地とも言える。米帝がその地に最重要拠点となる軍事基地を築いたのも、そんな誇りが反映していたからだろう。〈アームストロング〉とは、アポロ11号の船長の名である。

 この基地の攻略を皇国は目指していた。旗艦〈トランプ〉の機関部を破壊し、第1打撃群を機能不全に陥れたとは言え、宇宙での米帝の力は未だ強大だった。もう一押し、二押しが必要だ。そのための作戦の1つが〈アームストロング基地〉攻略だった。米帝の月進出の象徴とも言えるこの基地を陥落させられれば、皇国の月――そして宇宙での活動に大きな道が開くと考えられた。


〈現在、航空宇宙自衛軍・装甲宙戦隊、及び特殊機械化宙兵団による総攻撃が継続されている。君たち第4特殊作戦群は彼らを支援すべく当基地へ直接侵入し、内部から基地機能を破壊してもらう〉


 兵員輸送機は基地の上空3万キロほどの位置に到達した。ビーコンが脳内で点滅する。輝点が月面上の1点で強く輝いた。目標・〈アームストロング基地〉のエアロックの1つだ。


〈基地構造は大半が地下に建造されている。よって必然的に地殻が天然の要害となっており、装宙隊、特機兵団の火力投射は容易に通らない。そこで君たちの登場となるのだ〉


 バンカーバスターやMOP(大型貫通弾)、ナムトム弾などの地下進行弾も駆使されているが容易に打撃ダメージを与えることができないらしい。よって後方破壊工作の攻撃支援要請が前線司令部より作戦管理局に出されたのだ。管理局は要請を受諾、敵地潜入・破壊工作能力に長けた俺たち特戦群に白羽の矢が立ったというわけだ。

 出動命令は急なことで予期していなかった。だが、当然ながら断ることなどできず、不平不満を述べることも許されない。俺たちはブツブツ言いながらも素早く出撃態勢を整えた。


 こんなことはよくある、いつものことだ。


 戦争は緊急事態の連続だ。事態の急変など当たり前と考えるべきだ――と納得するしかなかった。


〈君たちが目指す第7エアロックは基地統括管理量子AIのハードウェアコアブロックに直通する通路に繋がっている。内部への侵入後、速やかにコアのあるブロックに進み、コアに電脳接続、システムに劇症型ウイルスプログラムを流してほしい〉


 そのためのパッケージが隊員全員に渡された。俺はカートリッジ型のそれを見て思う。


 ――こんな小さなものを撃ち込むだけで巨大基地の機能を麻痺できるというわけか……


 電脳戦の得体の知れなさを実感した。そして思い出した。

 8年前、これと同類のものが俺の国を――世界を破壊した。そして終わりなき戦乱の時代を招いたのだ。

 家族を奪われ、ただ1人彷徨い、最底辺を這いずるしかない人生を強いられたきっかけと同類だな……


 知らずにカートリッジを握る手に力が入る。


「三尉?」


 そんな様子が気になったのだろう、特曹が話しかけてきた。俺は首を振るだけで何も応えなかった。


〈たった今、特機兵団より広域フレア&EMP弾が撃ち込まれた。基地周辺は大規模な熱電磁擾乱状態にある。総員、降下開始!〉


 俺たちは動き出した。速やかに装甲ポッドに入り、装甲服アーマーと接続させる。脳内に外部の映像が映し出されるが、可視光領域以外は激しいサンドノイズ状態にあった。赤外・電波領域は大嵐状態にあり完全に観測不能となっている。


〈降下、開始!〉


 俺たちは一斉に撃ち出された。今回はポッド自身にも推進器が装備されていたので、ある程度は自律飛行できる状態にあった。俺は直ぐに飛行制御管制をオンにして装甲服アーマーとリンク、思考制御連結を成立させた。自由落下にあったポッドは姿勢を変化、月面に対して螺旋を描くような軌道を描きつつ降下を継続した。部下たちも同様の操作を行っている。自身の後方を辿るような軌道を取って降下しているのが見えた。そのまま何もなく降下できるのならばいいのだが――――


 突如目の前に閃光が発生、爆発の火球だ。数百万度の単位に達する超絶の極高温のもの――プラズマ火球だ。俺はポッドの軌道を変えて火球をいなした。それは即座に傍らを過ぎていく。そのまま降下飛行を継続するが火球は次々と出現した。これは対空砲撃、炸裂に際して瞬時にしてプラズマを発生させる超小型の核融合弾だ。


 ――これは核兵器になるな。となると、この戦争で初めて使われた核ということになるぞ。


 広域に及ぶ大量破壊兵器ではないが、核反応を利用している点では核兵器ということになる。高価なものであり、これをここで使ったということは米帝の本気度が伺える。


『ぐあっ!』


 誰かがやられた、友軍マーカーの1つの消滅を確認(超指向性のレーザー通信回線で部隊内リンクしていたため、電磁擾乱環境下でも確認できた)。砲撃は次第に密度を上げ、基地上空を覆わんばかりなる。俺たちは自らその中に飛び込んだ形になってしまったのだ。回避がかなり困難になっている。


 ――米帝は俺たちの降下を見越していたのか? そして今現在の俺たちが見えているというのか?


 対空砲撃はかなり正確だった。螺旋軌道を描いて渦を巻くように降下している人間大の物体を的確に狙っているのだ。


 赤外・電波観測は不可能のはず。――となると光学観測か?


 この時の俺たちはフルステルス状態ではなかった。降下即戦闘が想定されたので、電力消費の激しいフルステルス発生器は装備していなかったのだ。


 それでも人間大の存在を全天から探るのは困難なはずだ。とは言え降下作戦は予測できただろう。そして目標のエアロックが狙われる可能性の高いものと予測できたのかもしれない。よって索敵エリアは絞っていたとは考えられる。だが同様の危険度のポイントは他にも幾つもあるが……やはり全天をカバーして光学観測態勢を整えていたというのか? EMP攻撃の予測は当然していただろうし。

 思考を続けていたが、それは止まった。


 視野の端に鋭い光点が走るのを捉えた。殆ど脊髄反射的にそれを銃撃した(ポッドに覆われた状態でも一定の銃撃は可能)。ターゲットマーカーの中に四散していく機械の姿が映る。拡大表示、その正体を知った。


『〈スワローアイ〉、米帝の無人偵察機か』


 ――なるほど、EMPで目を潰されることを見越してこの無人機を飛ばしていたんだな。それでキャッチしたのか。だが月面上の対空迎撃システムにどうやって情報を送っているのか……


 それは直ぐに分かった、精密に観測するとよく見えた。月面上までに多数の〈スワローアイ〉が並ぶように飛行していたのだ。それらの間で超指向性通信回線を繋いでいるのだ。俺たちの隊内回線と同様、電磁擾乱環境下でも短距離をリレーするのなら月面まで情報を届けられる。これで捕捉した座標情報を月面の対空迎撃システムに送り、正確な砲撃を実現したのだ。


『〈スワローアイ〉だ、こいつを墜とせ!』


 部下は即座に対応、俺の命令の意味を一瞬にして悟ったのだ。よって月面まで並ぶスワローアイが次々と撃墜されていった。だが無人機群は攻撃を察知して回避動作に入り始めた、よって次第に撃墜率が下がっていく。


『うおっ、がっ――!』

『やめろっ――』


 砲撃は止まず密度も大して落ちていない。部下がまた何人か撃ち墜とされてしまった。〈スワローアイ〉の観測網は崩したはずだが、敵は俺たちの座標をまだ捉えている。それどころか更に正確さを増していた。瞬く火球の密度がうなぎ上りに上がり、全天を覆わんばかりなった。押しつぶされそうだ!

 もはや飽和攻撃のレベルだ。回避の目は殆ど無くなったかに見えた。


 ――いったん成立した観測網は観測機1つ2つ墜としたくらいで綻ぶわけがないということか。いや10以上は墜としたと思うが、それでも破綻していない。見事だ。


 これは運用スキルの高さを証明するものだ。米帝の観測ネットワーク制御の質の高さを思い知った。






 轟音が響き、自分が気密環境に入ったことを確認した。暴風が前方より押し寄せ、背後の大穴に向かっている。エアロックに穴を開けたため、気密環境から真空に向けて猛烈な気流が発生しているのだ。その先から人型の戦車のような者たちが何人か姿を現していた。

 直ぐに先のブロックで隔壁が下りるはずだ。急いで移動しなければならない。俺たちは移動を開始したが、友軍マーカーを確認して俺は歯噛みした。


『生存者は5人か、4分の3はやられてしまったのか……』


 乾いた声で呟く。それは俺の心理を現していた。対空砲撃を掻い潜って降下成功し、エアロックに辿り着いて基地内に侵入できた兵士はこれだけだった。その結果は苦渋以外の何物でもない。


 ――結局こうなる。犠牲者の発生はどうしても避けられず、それも尋常でない規模に及んでしまう。


『結局無謀な作戦だったのですね。目を潰すと言っても敵だってバカじゃない、こっちがその手を使う可能性なんか最初から考えていたんだ。だから対策は取っていたってことなんでしょうね』


 特曹の言葉もまた乾いていて、彼の諦観を現していた。


『行くぞ』


 事務的に命令する。

 撤退は許されない。部隊としては既に崩壊しているが、それでも任務放棄は許されないのだ。それが自衛軍というもの。最後まで諦めず、敵を滅ぼせ――と叫ぶのだ。


 ――いつもそうだ、ずっとそうだった……俺の人生に選択肢など無かったのだ……



 敵の抵抗は収まらない。いや、俺たちが抵抗しているというべきか。数として圧倒的に不利ながらも決して諦めず、攻撃・進行を続けていた。基地内のかなりの戦力が俺たちに向けられていると分かる。一見して全体数が計れないくらいの数の無人機・強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズが集まっていた。その全てが俺たちに牙を剥いている。決して許してなるものかと、絶対死の鉄槌を振り下ろしてくる……

 鮮血の如き火箭が途切れなく飛んで来て俺たちの身を切り裂く。炸裂する爆発、飛び散る鎧と肉体、血と鉄と硝煙の匂いが渦巻き、俺たちの命を奪わんと迫る。1人2人と倒れていく部下たち。目標のコアブロック目前にして俺たちは絶体絶命に陥っていた。気づくと生きているのは俺と特曹の2人だけになっていた。遂に自身の最期を覚悟した。

 背中合わせに立つ特曹に話しかけた。


『済まんな、俺が無能なばかりにお前たちを死なせてしまうことになった』


 かぶりを振る映像が脳内視覚野に映し出された。


『責任は指揮AIにありますよ。こんな無謀な作戦、通用するわけがなかったということです。――というか、作戦を立案したのは司令部だし、或いは統幕本部のせいかな。ま、連中が責任を取るなど有り得ませんがね』


 俺は皮肉めいた笑みを浮かべた。


『軍上層部を批判するのか』

『銃殺ものですね』

『まぁもうじき敵に銃殺されるがね』


 フフ――と、俺たちは笑った。鎧に覆われて外部からは分からないが、この時の2人を見たら、敵は何と思ったのだろうか?

 実に楽し気で、まるでこの世の春でも迎えたような満面の笑みを浮かべて笑い続けていたのだ。狂気とも違うそれは、困惑以外の何物も与えなかっただろう。俺たちは心底楽しそうに笑っていたのだ。


 全ての敵が銃口を上げるのが見えた。間もなくそれが火を噴き、俺たちの命を奪う。その瞬間がありありと脳裏に浮かびさえした。


 ――嗚呼、終わる……遂に終わるんだ……


 恐怖はなく、寧ろ安らぎすら感じた。俺は目を閉じた。脳裏に地球の蒼が浮かんだ。そして故郷の風景が……

 だが――――


 続いて炸裂した爆発は、しかし俺たちを襲いはしなかった。目前のコアブロックの隔壁が突然大きく膨れ、続いて亀裂が入って火球が飛び出してきたのだ。暴風のような衝撃が辺り一面を襲い、敵ともども俺たちは吹き飛ばされたしまった。


 俺は生きているらしい。気が遠のきかけているが、何とか現実に留まっている。頭を振り絞って思考する。

 何か予想外のことが起きたと思われる。それは理解できるが、詳細は全く分からない。爆発の起きた地点に意識を向ける。センサーの焦点がブロック内部に注がれた。粉々に砕けた量子演算処理装置の欠片が見える。その上の天井部分に大穴が開いているのが見えた。その向こうから強化装甲宇宙兵アーマドスペーサーズの一団が降下してきている。デザインは航空宇宙自衛軍装備の強化装甲宇宙服スペースアーマー、友軍マーカーの反応もある。それを見た時、俺は全てを悟った。


 嗚呼、そうか……俺たちは囮だったんだ……


 軍は敵の戦力のかなりの部分が俺たちに振り向けられると予測し、実際そうなった時点で総攻撃を開始したと思われる。防御の薄くなったポイントを特機兵団が破って、それから装宙隊の強化装甲宇宙兵スペースアーマーが突入してきたと理解した。


 ――上手く利用されていたんだな……


 そこで思考は終わった。暗転、意識を失ったのだ。




 俺たちは戦闘単位、消費される装備の1つ。自由も何もない。ただ命令の赴くままに進み、敵を殺し、殺されていくしかない。

 この時代の軍組織に所属するとは、そういうことなのだ。ケダモノですらない、非情の殺戮機械として機能し続けるしかなく、破壊されるまで止まることは許されない……


 これぞ地獄、この世の地獄……


 地獄とはこの世にこそ現れるもの、生きているからこそ味わうもの――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る