第6話「ろう者の言い分」
ここに至るまで、ずいぶんとろう
ただ、彼らの気持ちがまったくわからないわけではありません。
自分も耳が聞こえないことで
耳の聞こえる友達がいたので「健聴者といっても悪い人ばかりではない」ということを肌身で知っていました。
その反面、耳の聞こえない友達は大学に入るまでいませんでした。
「お前は健聴者の味方なのか」と聞かれれば、「そうかもしれない」といえるだけの
できること、できないことの明確さ。
自分より劣った人間を見つけ、攻撃の的にしようとする集団の特性。
長年の、障害者に対するステレオタイプな偏見。
中高時代ですでにそれを知っていた自分は過度に健聴者に期待していなければ、肩入れをすることもない。健聴者の考え方を理解はできていても、別に味方であると言う気はさらさらありません。
健聴者・健常者の考えを理解できるということは、社会で活動する上で自分にとって大きなアドバンテージにもなっています。……が、それで幸せになれるかどうかでいったらまた別の問題ですが。
耳の聞こえる友達がいた半面、大学に入るまで耳の聞こえない友達はいなかった。
それはろう者・聴覚障害者の考え方を吸収するのに遅れが出た、ということでもあります。
繰り返しになってしまうのですが、彼らの中には健聴者への怒りと憎悪をあらわにする人もいます。
それは学校生活や就職や結婚などで不利益を被ったからです。
言葉を禁じられ、就職では弾かれ、結婚の予定も破棄された。
耳の聞こえない子供が生まれることを懸念した健聴の親により、子供を産む機能を奪われた人もいる。
発声と訓練ばかり強制されたことで、未だに文字が読めない人もいる。
彼らの人生で差別と無縁だった人は皆無といっても差し支えないでしょう。
「お前なんかろう者じゃない」という言葉の裏には「日本手話を話していない」だけでなく、昔と比べて真っ当な教育を受けられること、手話通訳などの情報保障を
聴覚障害者にとっては優しい世界になりつつあるけれど、昔から差別を受けてきた人にとってはまだまだ不十分。過去の、健聴者から受けた愚行の埋め合わせをするにはこれではまだ足りないのだと。
「まともな教育を受けられなかった。仕事もろくに就けなかった。結婚もしたかったし、子供も産みたかった。今は手話やろう学校や補聴器や
上のように話す人に、「今は昔と比べて良くなっていますよ」と言える人がいるでしょうか。言葉も教育も結婚や出産の機会も奪われた人に、「だからといって今の時代を生きる人たちを憎んでもいいわけじゃない」と言える人がいるでしょうか。
長年の憎悪を解きほぐすには、同じぐらい長い時間が必要だと思います。
そして聴覚障害者や健聴者を問わず、人との交流も。
気持ちはわかる。
理解はできる。
日本手話を言語として認められるための働きをすることも、ろう者の地位向上を目指すことも、その動機には十分うなずける。
ならばなぜ、差別をするのか。
なぜ同じ聴覚障害者を区別し、見下し、排斥するのか。
歩み寄ろうとする健聴者へ、見境なく憎悪を燃やすのか。
自分たちの言語こそが唯一無二の絶対的基準であると、どうして言い切れるのか。
今を生きる人たちに、憎悪をも引き継がせる意義はあるのか。
「ろうあ者」と長年レッテルを貼られてきた立場の人間が、今度は自ら「ろう者ではない」とレッテルを貼りつけることへの疑問はないのか。
自分にはこれがわからない。
理解はできても、共感はしないのです。
ひと昔前までは、ろう者は車の免許を取ることはできませんでした。
テレビ番組に字幕がつくこともありませんでした。
ろう学校の教育に手話が導入されるまで、どれほど長い年月を要したか。
これらはひとえに先人のろう者たちが長年運動してきたからです。その運動は現在も引き継がれており、その象徴として各都道府県に聴覚障害者協会があります。また、ろう者経営のお店もできるようになりました。
昔と比べ、確かに改善されてきているのです。
まぁ、だからといって事あるごとに、先人たちの運動を話に出して若い人たちにマウントをとるのはどうかと思いますが。「先輩たちはこんなに頑張ったんだから、お前たちも頑張れ!!」という、体育会系的なノリです。
これぐらいならまだギリギリ、かわいいものですが。
長くなったので、一旦ここで締めくくります。
次回は聴覚障害者と健聴者の関係について触れていきたいと思います。
【予告】
持つものと持たざる者。
聞こえる者と聞こえない者。
人と人。世界と世界。
異なる両者を結び付けるものは何か。
次回、「二つの世界」
希望と絶望は、しょせん見方の問題。
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