第2話「ろう者とはなんぞや」
「お前の手話は手話じゃない。だからお前はろう
これをわかりやすく言い換えると、下記のようになります。
「お前の日本語は日本語ではない。だからお前は日本人じゃない」
かなり乱暴な理屈です。
そもそもろう者とは?
医学的基準でいうと、「聴力が100db(デジベル)以上の最重度聴覚障害者」のことを指します。飛行機が通過するレベルの音じゃないと、耳で音や声を拾うことはまず不可能です。
両耳共にまったく聞こえない状態の人を、「ろう者」もしくは「ろうあ者」としていたんですね。
(ちなみに「あ=唖」とは「喋れない」という意味です。「ろう」は「聾」と書きます。現在、メディアなどで「ろうあ者」ということはまずなく、「ろう者」で統一されています)
しかし、現在ではその医学的基準を当てはめることはあまりありません。
では「ろう者」の基準とは?
これは当事者間でも意見の分かれるところなのです。
大学時代に「ろう文化宣言」という本を読んだことがあるのですが、ろう者の定義についてごく一部の人間がこういう風に定めていました。
「ろう者とは日本手話という、日本語とは異なる言語を話す言語的少数者である」
90年代に発されたこの宣言は、当時かなりの波紋を広げたそうな。
自分が感じた問題点をざっと挙げただけでも、以下の通り。
①自らは「言語的少数者」であって、「障害者」ではないという強硬なスタンス。
②「ろう者」であるかどうかを満たす条件を「日本手話」に限定し、それに即していない聴覚障害者は「ろう者」ではないとする排他的言論。
③また「ろう者」というアイデンティティーを占有し、日本手話を話す者たちが日本手話ではない言語を話す人々に対してマウントを取る土壌を生み出した。それはろう者によるコミュニティからの排斥、個々人のアイデンティティーの否定、日本手話を話せるという優越感からの特権階級意識を持ったことにつながった。
現在において「ろう者」の定義とは、人によって曖昧になっています。
なぜか?
生まれつき耳が聞こえない人もいれば、人生の過程で聴力を失った人(中途失聴者)もいる。
聴力は低いが、補聴器をかければ電話はできるという人(難聴者)もいる。また、近年では
親が耳が聞こえないので幼少時から手話を教わっていた人もいれば、親が聞こえる人なので音声言語(声ですね)のみを活用していた人もいる。
ろう学校など、耳の聞こえない人々のコミュニティに属していたかどうかによるところも大きい。
ろう者の定義が人によって曖昧かつばらばらになるのは、知識の有無、育ってきた環境、経験などに左右されるからです。
コミュニティに入って、自分の話している手話が「日本手話ではない」ことを知ってショックを受けた人もいるぐらいです。
「自分は自分のことをろう者だと思っていたんだけど、本当は違ったのだろうか……」と思い悩む人が本当にいます。
「耳が聞こえなくて、手話を話せるんならろう者じゃないの?」と思う人もいるかもしれませんが、実際はそんな簡単な風にはいきません。
年代を問わず、「あなたはろう者? 難聴者?」と窺う風潮はあります。なんなら初対面でいきなり聞いてくる人もいるほどです。「あなたは日本人? 外国人?」みたいな質問であるといえば、いかに失礼な問いかけであるかおわかり頂けるでしょうか。
聞こえない両親のもとで育った、日本手話を話せる健聴者(いわゆるコーダ)がいざろう者のコミュニティに入った時、「あなたは聞こえるんだからろう者じゃない」「仲間面しないで」「結局あなたは聞こえるから、私たちの気持ちなんてわかりっこない」と突っぱねられた事例があります。
かくいう自分も、大学に行っていたことから年配のろう者から嫉妬の目で見られました。そして自分が日本語の文法に即して手話を話している(日本語対応手話)ことがわかるや、「あいつはろう者じゃない(仲間じゃない)」と陰口を叩かれたことがあります。
あまりにもくだらないので、相手にしませんでしたが。
なぜこんなにもろう者は、「ろう者」であるかどうかにこだわるのか?
それについては次回。
【予告】
友がいた。仲間がいた。家族がいた。
ひとたび人と関係を結ぶのに、条件があるとしたら。
安住の地にい続けるために、手形が必要なのだとしたら。
己の運命を憎むか、世界を憎むか。
次回、「なけなしのアイデンティティー」
狭間で揺れ動く心。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます