第十四話 喜びと悲しみの瞬間
今、私は藤原君の病室の前へと車椅子で運ばれていた。
その間、ずっと翠は一言も私に話しかけてくれなかった。
ただ黙ってついてくるだけだった。
翠に車椅子を押されるように病室へと入って行く。・・・?誰かがそこで静かに泣いていた。それは私の知っている女の子。不安に思いながら彼女に声を掛けた。
「詩織ちゃん?」
「エッ、春香・・・、ちゃんなの?どうしてここへ」
ここへの登場に彼女は紅の涙を隠しながら驚いているようだった。
次にベッドに寝ている藤原君に目をやっていた。
色々な機械が彼の身体に取り付けられていた。
詳しく理解できなかったけど、それらはまったく動いている気配を私に示してくれなかった。
嫌な事を考えてしまい恐怖で身が竦んでしまっていた。
いつの間にか調川先生が詩織ちゃんの所へと近づき声を掛けていた。
「藤宮詩織さんでしたね」
「ハイ」
「彼のご家族の方に連絡を取れるのでしたら、お呼びして下さらないでしょうか」
「ハイ、分かりました」
彼女は先生の言葉を聞くと力なくこの場を後にしました。
藤原クンを直視出来ず、唯、瞼を閉じ彼の安否を願うだけだった。
でも、その行為は無意味であると知っていた。
だって調川先生の言葉で何が起こっているか判らないはずが無かったから。
* *
それから三〇分後、詩織ちゃんに呼ばれた人達とさっきまでここにいた私や先生、一同が藤原君の病室へと集っていた。
「揃いましたね」
調川先生は藤原君に取り付けてあった一つの計器から死亡時刻を読み取り、報せて欲しくない事を私達に報せてくる。
「藤原貴斗、2004年8月26日19時27分、脳機能停止により、お亡くなりになられました。こちらも心苦しいのですが言葉を述べさせてもらいます。お悔やみ申し上げます」
「貴斗、貴斗、どうして、ウッ、ウウゥ!ねぇ、返事してよ、ねぇってばぁ・・・、嫌よ。こんなの、いやぁーーーっ!御願いよっ、返事をしてぇ、私を・・・・・・、私を置いて逝かないでぇ、私を独りにしないでよぉーーーーーーーーーっ」
詩織ちゃんは悲痛の叫び声を上げてまた再び泣き始めてしまった。
叫び声を上げたのは彼女だけじゃなかった。
私の妹も・・・。
「詩織先輩・・・・・・?酷いです、詩織先輩、泣かすなんて、酷いです、貴斗サン・・・。何か言ってください、何とか言ってくださいよぉ」
だけど私は、
「・・・藤原君」と彼の名前を声にするだけ。でも心中で私はとても泣いていた。
〈どうして、藤原君、どうして、アナタがこんな目に合わなくちゃいけないの?私が目覚めたら、教えてくれるって言ったのに、どうして、アナタは約束を破ってしまったの?どうして、そうまでして私を助けてくれたのよぉーーーっ、答えてよ、ねぇ答えてっ!藤原君っ、こんなんじゃ、こんなんじゃっ!私が目覚めた意味ないよぉ。納得できないよ!藤原君、詩織ちゃんを悲しませないで。私と同じ気持ちに彼女をさせないでよぉ〉
心の中でそう叫びそして心の中で激しく慟哭していた。
でも私の言葉なんて届くはずがない。
この場にいる人達が悲しみの涙を流し、悲しみの声を上げて・・・、それに疲れ切った頃あたりに静寂が訪れた。どれだけ、その静寂が彼の病室を支配していたのだろう?
「調川先生っ!」
この闇の静寂を破るように詩織ちゃんは大きな声でその先生を呼んだ。
「どうなさったのですか?藤宮さん」
「せっ、先生見てください」
彼女の言葉を聞いた私もその方向を見た。・・・?さっきまで止まっていたモノを確認した・・・。
でも、そんなことあるはずない。それでも彼女は必死に先生に訴えている。
だからもう一度だけ・・・、奇跡というのが本当にあるなら・・・、そう思い・・・、機械音痴の私が藤原君に取り付けられているそれを見てみた。
どういうわけか?止まっていたはずのそれが再び動き出している。
それをもう一度確認してみた。・・・・・・・・・、見間違いじゃない。確かにそれらは動き出していた。
私の中に何かが生まれ始めていた。
それは期待?喜び?安堵?
「調川です、至急、クランケ、藤原貴斗の医療スタッフをよこしてください。急いでください!」
それを理解した先生はナースコールボタンを押すと医局にそう伝えた。
だから、私もそれが事実、起きている事だとわかったの。
私達は病室の外で待機するよう先生に命じられた。そして翠によって私は外へと連れ出される。
藤原君の病室の外にいる間、詩織ちゃんにどうして彼がここへ入院しあのような状態になってしまったのか説明を要求した。
彼女は嫌な事なんか思い出したくないと言う表情で下唇を噛みながら小さな声でその理由を語ってくれた。
私は、詩織ちゃんが話してくれた彼の出来事を整理して・・・、私が再び眠りに付いたことで、心配してくれたことは嬉しかった。
でも、だからって、皆が皆、藤原君を責めていい理由は何処にもないはずなのに・・・、
「・・・・・・・・・、ミンナ、酷いよ」
すべてを聞き終えた私はそう言葉に小さく出していた。
「・・・、私だって後悔しています。でも、もうそれは戻れない過去でしかないのです。ですから、今私は貴斗が無事生還してくれる事だけを強く願っています」
「・・・・・・、詩織ちゃんは本当に藤原君の事を想っているの?貴女は本当に彼の恋人なの?」
と彼女の言葉に対して私は俯き、彼女に聞き取れないほど小さな声で呟いていた。
少しの間ここで待っていた。
約二〇分たってから調川先生が藤原君の病室から出てきた。
この場にいる全員に聞かせるように言葉をかけてくれる。
「フッ、今回ばかりは私も奇蹟と言うものを信じたくなりましたよ」
先生のその言葉を聞いて胸を撫で下ろしていた。
「タッ、貴斗は?」
「貴斗ちゃんの容態の方は?」
「愁先生よ、貴斗は無事じゃのか」
「先生?」
期待と不安の入り混じった表情で確認するようにそう調川先生に尋ねていた。
「貴斗さん、どうなんですか?」
「脳波も以前の事が嘘のように安定しています。睡眠の欲求から開放されれば、今すぐにでも目覚めますよ。これは、あくまで私の推測ですが彼の記憶、回復するかもしれません、本当に推測の域ですが」
それを聞くと喜び、張り詰めていた心の糸が切れ急に安心して車椅子の上で眠ってしまった。
気が付いた時には誰もいない私の病室のベッドで寝かされていた。
しかし、この時、まだ私は何も判っていない。
それはこれから始まる私の中の二つの心が織り成す現実のいやな葛藤を・・・・・・・・・、まだ知らない、私が嫌な女である事を。
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