第十三話 ファイナル・ウェイク・アップ

 あの邂逅により再びこの暗い闇の檻へと舞い戻ってきてしまった。

 なんで?それは変ってしまった現実を受け入れたくなかったから。

 どうして?恋人の宏之君を信じているはずなのに心のどこかで信じ切れていないから。

 何故?闇の中を彷徨っていたはずの私がそう感じたのか・・・、それはその間、閉ざされた空間に訪れていた人達の想いを知ってしまったから。

 どうして、それを知る事が出来たの?・・・、それは・・・、私にも分からないの。

 でも、人という種がね、五感と呼ばれるそれ以上の感覚を持ち合わせているなら・・・、きっとそれが私に知らせてくれたのだと思う。

 どういう風に?

 永遠何って無い。すべては変ってしまっている、とね。

 それでは一体どんな事が変ってしまったの?・・・でも、今の私には分からない。

 唯一つ言える事があるとすれば・・・、それは・・・・・・、香澄ちゃんが宏之君を見る時の目、話し方が違かったことかな?

 宏之君が香澄ちゃんを見る時の目、話し方それは普通の友達以上のモノを感じていたから・・・、かも知れないね。でも、もうそれを確かめることは私に許されない。

 叶うこともないの。

 また私は闇の中だから。

 今度はどれくらいしたらこのヤミの中から抜け出ることが出来るのかな?・・・、もう、無理かもしれない。

 どうして?

 私の心の中の葛藤がカットウであり続ける限り。

 恋人?それとも恋人だった?

 その彼を信じる事が出来ない限り私は私自身をこの空間に閉じ込め束縛させたままでいるとおもうの。

 それは・・・、知る事が恐い、怖い、こわい、恐怖だから。

 私は更なるヤミへ、深遠なる闇へと堕ちて行く。

 でも、偽りの自分が消え去り、私は遂に覚醒するの・・・、彼の声によって。

 そして、ここから私が、一個人として、人として、成長する本当の物語が始まるの・・・、仮令、結末がどの様な結果を得たとしても・・・。


~ 2004年8月22日、日曜日 ~

 深遠の闇の中で過去の記憶、高校で宏之君と出会う前の記憶を思い出していた。

 それは私が中学時代の思い出。

 私ねぇ今、電車に乗って自分の住む街に帰っているところなの。

 今日、私はねぇ学校のクラブのコンクールのため、クラブのみんなと他の県に行っていたのよぉ。

 エッ、どんなクラブかって? 吹奏楽部でぇ~~~す。

 私はフルートを吹けるのよぉ。・・・?バカにしてない?

 これでも私、音楽得意なんだからぁ!今日はその全国大会があったんだよぉ。

 聞いて、聞いて、その大会で私達のクラブ最下位・・・・・・・、って言うのは嘘よぉ。

 なんと優秀賞を戴きましたぁ。凄いでしょ!

 パパに買って貰った大事なフルートをケースに入れ、それを抱き締めながら電車の入り口近くに立っているの。

 凄く電車の中は満員で混んでいてねぇ一緒にいた友達はみんなばらばらぁ。

〈やだなぁ、何でこんなに混んでいるのかなぁ大事なフルート誰かに押されて壊れちゃったらどうしよぉ〉

 ありもしない心配をしながらそんな事を考えていたの。

 駅に止まるたびに電車の中の密度はどんどん増していったの。

 女の子の私にはこの窮屈さ大変。

 それに満員だと変な事されちゃうかもしれないし。

 誤解しないでねぇ。

 私、自分が可愛いなんてちっとも思ってないの。

 でっ、でもね、男の人って顔が見えないと何するか判らないってお友達が言ってたから・・・、心配してそう思っただけなの。

 だってこの前、私と目が合っていたのに私の・・・、その・・・、おっ、尻を触ってくる人がいたんだもん。

 グスゥンッ、その時は涙目になりながら自分の降りる駅まで我慢したの・・・。

 嫌な事を考えていると誰かがまた私のお・・を撫で撫でしてきたよぉ。

〈ぅうぅ~~~、また、ひくっ。ウゥウ、なんで私みたいな子なんて相手するのかなぁ、止めて欲しいよぉ〉

 私がそう思っていると、

「オイ、テメエ、いい大人がそんな事してんじゃねぇよ」

 変態さんとわたしの間に割って入るようにその男の子は現れたの。

「言いがかりはよくないぞ、チミ」

「フッ、アッそうかよ」

 その男の子はそれだけ言うと私の方に振り返り、何も言わず私を周りから庇うようにその場に居てくれたの。

 時折、電車の振動で周りから潰されそうになった時も彼は両方の手で電車のドアに手をついて護ってくれたの。

 彼は部活の帰り?それとも道場?と呼ばれる所の帰りなのかな?何か大きな荷物を持っていた。

 それ以来、何かの巡り逢わせなのか幾度、電車の中や駅のホームで彼を見かけるようになったのよぉ。って言うか私が意識して彼を探すようになっていただけなの。

 何度か満員電車で助けて貰った事があるのぉ。

 でも、彼はねぇ、私のことなんか全然憶えていなかったみたいなのよぉ・・・。

 そして、いつしか彼に惹かれるようになっていたの。

 そういえば・・・、街の本屋さんでも助けられたことがあったのぉ。


 其れは今でも忘れられない過去の記憶。

 運命と言うモノは存在するのかな?

 偶然、宏之君と私は同じ高校へと進学していた。

 本当に宏之君が同じ高校を受験していたなんて知らなかった。

 男の人に対して引っ込み思案だった私は男の子とどうやって話していいのか全然分からなかった。

 でもね、高校二年の時、一年の時、親友になった香澄ちゃんが宏之君を私に紹介してくれたことが切掛けで彼と少しずつお話が出来るようになったの。

 それからは徐々に・・・、そして、彼は私の恋人になってくれたの。

 宏之君を紹介してくれた香澄ちゃんは高校からの付き合いだけど、その前から私と彼女、詩織ちゃんは幾度となく顔を合わしていたの。

 どうして?それは妹の翠がスイミングスクールに通っていたから。

 二人は翠のスクールの先輩でたまに私がそこへ足を運んだとき彼女達と顔を合わせて話をしたことがあった。

 だから、高校に入って彼女達と出会ったときは直ぐに打ち解ける事が出来た・・・。

 クッと急に闇の中でまた、再び苦しみ始めるの。

 そして・・・・・・・・・、意識が消えて・・・、ゆ・・・・・・く。


~ 2004年8月25日、水曜日 ~

 闇の空間中で夢を見ていた。それは私が幼い頃の記憶。

「ぇえぇ~~~ん、ぇえ~~~ん」

 どうして泣いているの私?ここはどこかの大きな公園だった。

 周りには様々な花や木々、大きな噴水、人が憩いをするための屋根付の休憩所。本当に色々なモノがある大きな公園。

 そこで私は泣いている。隣には妹の翠がいたの。

 しかし、私達の両親は何処にも見当たらない。

「おねぇタン、泣かないでぇ」

「うぅ~~~、ふぅ~~~~ん。わぁ~~~~~~ん」

「みどり、とってきてあげるからぁ。だからぁ泣かないで、おねえタン」

 翠は大きな木の上を眺めるの。

 そこには大きな白い綺麗な羽のついた可愛らしい帽子が引っ掛かっていた。

 この高さでは私より頭一つ分も小さい彼女にはとても届かない。それに登ることも出来ないでしょうね。

 大切にしていたその帽子が一陣の突風に飛ばされてしまい、その木に引っ掛かってしまった事に泣いていたようだった。

「ふぇ~~~ン、私のぼうしぃ」

 泣いている私達の方に変な言葉を発し、走りながら一人の少年が現れたの。

「今日も元気いっぱい天気いっぱい、明日はおなかいっぱい!アッハハァ~~~」

 なんとなく脳天気な感じの少年。

 泣いている私に気がついたのかその少年は、

「おろっ?なんでキミ、曇った天気してるんだ?」と訳の分からない言葉で喋りかけてきたの。

「ぅう~~~ん、ぼうしぃ」

 泣きながら指で木に引っ掛かっている帽子をさしていた。

「ほぇ、なるほどん、あっれねぇ。ぼくッちが取ってきてやるぞ!」

 その少年はそう口にすると私の返事も聞かずその木に上り始めた。

「あらよ、っち、エッホ、エッホ、ホイサッサァ~~~、バカもおだてりゃ木に上るブヒィーーーーっbyボク」

 少年はへんてこな言葉を掛け声にどんどん上に上り、ついに私の帽子が掛かっている所まで到達したの。

 私と翠はそれを唯、見ているだけ。

 私はいつの間にか泣きやんでいました。

 でも目にはまだ大粒の涙が溜まっていたの。

 その少年は木から枝に移ろうとしている。

「いっくぞぉ~~~、ぼく、ゴー」

 声の勢いとは裏腹にその少年は慎重に枝を移動していた。

「おりゃ、おりゃ~~~、もっ、もうちょいだぁ!」

 ついに少年の手に私の帽子が捕らえられたの。

「きみぃ~~~、ぼくの下まで来てくれぇ~~~~」

 少年の言葉に従いその場所までわたしは移動していた。

「ほなゃ~~~、わたちゅじょぉ、ちっかりうけとれぇ」

 その少年は持っていた帽子から手を放し、それを下に投げたの。

 帽子はゆっくりと私の手元ではなく頭に落ちて来ました。

「ナイス、キャッチング」

 その男の子の言葉はさっきからとても変だった。

「アリガトォ」

「泣きやんだんだぁ?レイなんていらない、っち」

 少年は私の帽子を取ってくれたのにそこから全然移動する気配がなかった。

 気になった私はその少年に尋ねたの。

「おりてこないのぉ?」

「あっははぁ~~~、おりれなくなっちった」

 少年は笑いながらそう言って返してきたの。

「飛び降りるからそこどんどんして」

「ぇえっ?なに?」

 その男の子が何て言っているのか判らなかったので聞き返していたの。

「どいてくれ」

「あっ、うん」

「あらっよち!『どごぉっ!@※』」

 着地に失敗してしまったみたいなの。

 だからその男の子は顔面から地面にぶつかっていたの。

 でも、それは態とだった。私を泣きやませる為の・・・

「だいじょぶぅ」

「だいじょうぶぅ~~~」

「脳天気は今日もげんき!元気いっぱい頭いっぱい、大爆発!」

「アァハハハッハハハ、アッハッ」

 私は余りにもその少年が変な言葉を口にしたから思わず笑い出していたの。

「やっと笑ッチくれたね」

 男の子はそう口にするとその場に立って体についた芝と埃を払いながら笑顔を見せてくれた。

「女の子は笑顔一番元気一番」

 その少年がそんな風に言ったとき、遠くの方から二人の女の子が駆け寄ってきた。

「タカちゃん、探したんだよ」

「タカ坊、なに私達以外の女の子、引っ掛けてるんだよ」

「おぉ、シオシオとカスじゃんがらがらぁ~~~」

「だれがぁ〝カス〟よ、このアホんだらっ『ガツッ☆』」

 その活発そうな女の子はそう言うとその少年にゲンコツをしていたの。

「いってなぁ~~~、何すんだよ!このカスカスっ!!」

『ゲシッ★バキッ☆』

「イッツゥ~~~」

 タカと呼ばれる少年はしゃがみ込んで殴られた場所を撫でながら痛そうに顔をしかめていたの。

「だいじょうぶぅ」

「だいじょうぶぅ~~~~~」

「アナタたち、こんなヤツ心配してもムダムダ!」

「あはははっ」

 もう一人の利発そうな女の子がそんな男の子をみて苦笑していた。

「タカちゃん、シオシオって呼ぶの、やめてよぉ~~~、なんかナメクジさんみたいでわたしは嫌です。それにちゃんとした言葉で喋ってくれないと私達が恥じ掻いちゃう」

「ちっ、しょうがねぇなシオリ、普通に話せばいいんだろ」

 その男の子はさっきまでとはまるで別人のように可愛らしく髪を伸ばした少女に話し掛けていた。

「あぁ、そうだった。キミ、ボウシ、取れてよかったな」

「うん、アリガトウね」

 彼にニッコリと微笑んでそれに答えたの。

「キミの笑顔、礼としてもらっておくぞ」

「何、タカ坊キザったらしい事、いってんのよ」

「ところでキミたち二人だけ?」

「むしすんなぁ!『ゴスッ☆』」

「止めてよ、カスミぃ、タカちゃんバカになっちゃう」

「おれっちっ、ばかっち、ほろへろはあひほえはぁ~~~~~~@」

『ゲシッ、バキッ、ボコッ、ガスッ★☆※』

「タカ坊、正常に戻った?」

「アハハハッ、ハイ・・・、10年後おぼえてろ、カスミ!」

 彼は苦笑しながら彼女にそう答えていたの。

「アンタがおぼえていたら私もおぼえてるかもよ」

「ねぇ、タカちゃん、カスミィ、私、彼女に自己ショウカイしたいなぁ」

「ご自由に、どうせ君ら迷子かなんかだろ?ぼくがさがして来てやるよ。それまでコイツラ、貸して上げる」

「アタシとしおりンをモノみたいに言うな!」

 彼女はそう言って彼をまたゲンコツをしようとした。でもね、タカと呼ばれた少年、今度は意図も簡単にそれをよけていたの。

「へっ、ボクが本気、出したらカスカスのヘナチョコ攻撃なんて当たんないね!」 彼はそう言いながら走り出して行ってしまいました。

「このぉ~~~タカ坊!まちやがれぇーーーっ!」

 彼女もそれ追う様に走っていなくなりました。

 私はシオリと呼ばれる女の子と二人が帰ってくるまで楽しくお喋りをしていたの。

 やがて日が傾き始めた頃、タカという男の子とカスミィという女の子、その二人は翠と私のママを連れてきてくれたの。

 ママが彼女達と彼にお礼をしようとした時、少年の姿は既に何処にも見当たらなかったの。

 これは小学校三年生の時の私の思い出。

 後に翠がプール教室のクラスが上がった時、詩織ちゃんと香澄ちゃんに私は再会する事になった。

 でもね、藤原君とは高校になるまで一度もお会いする機会は訪れなかった。

 それから、再会した時、彼は私の思い出の中の陽気な人ではなく、どことなく陰のあるそんな感じの人に変ってしまっていたの。


2004年8月26日、木曜日 ~

 立て続けに見た過去の記憶を闇の中で私は整理していた。

 どうしてそんなことをこの暗闇で見たのかな?・・・、それは私がこの暗闇の中である事について悩み葛藤しているからかな?

 不安と心配で本当に潰れそうになってしまう。信じたい。でも信じられないかもしれない。それが私のココロで堂々巡りをしているの。

 そんな状態なのにいつしか中の暗闇が白く輝きだし、辺りに何か不思議な景色が見え始める。

 その風景の向こうがわ、対岸?から一人の男の人が私の所に飛んで来たの。

 彼は私の前に降り立ち、とても温かく優しい笑顔で私を見てくれた。

 私は彼を知っている。

 しかし、どうしてここへ?私はどうしていいのか判らず彼の顔を見上げていた。

 私の表情に何かを感じた彼は言葉を告げた。

「キミが一番、大切に思っている人、今凄く悩んでいる。キミともう一人の子の間を彷徨いながら。でも彼が本当にイトしいと思っているのはその子では無くキミ」

 私は彼の言っている事を知っている。

 でも私はとても不安でたまらない。

「エッ、凄く不安だって?大丈夫、心配ない。早く、キミが彼の元へ戻ってやれば、迷いも振り切れるさ」

 その人はどうしこんなにも強く言いきれるのかな?彼はとても温かくて、強く感じる。

「だから、早く!」

 切迫し、焦りが感じられるその声、でも、信じたかった。

 私も出来るなら早くこの暗闇から脱け出したい。

 そして、真実と向き合いたい。

 でも私にはその方法が判らなかった。

 私の事を理解してくれたのかな?彼は言葉を続けていたの。

「どうやって戻るか分からないって?俺が力を貸す、そのタメに来たんだ」

 彼はどうしてそんな事が出来るの?

 どうして助けてくれるの?彼にそんな事をして貰う理由なんてあるはずないのに。

「何故、助けてくれるのか?」

 不思議そうな顔を私がしていると彼は私にそう言葉にしてきたの。

「ハハッ、キミが無事に彼の元へ辿り着いた時、教えてあげるさ。

それじゃはじめるよ」

 彼が私に優しく微笑みかけてくる。

 こんなとても穏やかで明るく、そして優しい表情をする彼が本来の彼の姿なのかもしれない。まるで私の恋人と・・・・・・、似ているの。

 どうしてなのか彼のいう事を強く信じられる。

 だから、私もニッコリと彼に微笑んで答えていた。

 彼はその優しい瞳で私に準備を促して来たの。

 私も彼に答えるように私の双方の瞳で応じた。

「イクヨっ!」

 彼はそう叫ぶと私の身体が温かな、そしてとても安心する光に包まれ始めた。

 それが徐々に広がり始めた時、私の心のビジョンに彼の想いが投影され始めたの。

 それと一緒に彼の失っていたはずの記憶も・・・。

 それはとても悲しい彼の過去・・・、そんな過去を背負っていたら・・・、私だったら生きていくのを諦めてしまうくらい凄惨な過去の記憶。

 それと詩織ちゃんと香澄ちゃん、宏之君と私、八神君、そして、翠、私達を大切に思い何時も悩み続けていた彼の想い。

 それから・・・、最後に彼は私に何かを言い掛けたみたいなの。

 でも、私にはそれを聞き取れなかった。

「タッ、貴斗君!!」

 今、涙を流しながら、本当の目覚めを果たす私。

 まるで凍りついた記憶が目覚め、これから始まる本当の未来が正しくあることを願うように。

 そばには妹の翠が何かの雑誌を読みながら座っていた。

「オッ、お姉ちゃん起きたのね。ドウしたの、涙なんて流して?お姉ちゃん、私が誰か分かる?」

 急に起き出した私に吃驚したのでしょうね、妹は立て続けに言葉を掛けてきた。

「翠、藤原君が、貴斗君がぁ、ウック、ヒック」

 泣きながら翠に夢の中?に現れてきた彼の名前を呼んでいた。

 本当の目覚めを果たせたのに、どうしてかとても不安でたまらなかった。

 だから彼の安否を気遣っていた。

「センパイが、貴斗さんがどうしたって言うの?」

「ウくッ、ウッ、あのね、貴斗君、今どこ?どこにいるの?」

 今すぐに彼の居場所が知りたくて妹にそう尋ねていた。

「貴斗さ・・・んはァ・・・・・・」

 どうして?翠はそこで言葉を詰めてしまう。

 とても辛そうは表情を浮かべて。

 私の不安が余計に煽られてしまう。

「教えて、はやくぅ!」

 妹の着ている服の袖をあるだけの力で掴み、強く、言葉に力を入れてそう翠に言って強く要求していた。

「イッ、今、同じこの病院のベッドで寝ています」

〈エッ、どうして、どうして、どうして?藤原君が病院のベッドに?〉

「お願い、翠、その病室まで連れて行って」

 自分の中の嫌な不安を取り除きたくて私はどうしても彼に会いたかったどうしても彼の今を知りたかった。

「でっ、でもぉ~」

〈どうして私の言う事を聞いてくれないの?彼に何かあったって言うの?〉

「お願いよぉーーーっ、翠ぃーーーッ!」

 先ほどより大きな声で強く訴えた。

 涙を流し彼女に訴えていた。

「分かった、その前にちゃんと先生にも連絡しないと」

 やっと私の願いを聞きいれてくれたのか、翠がナースコールで担当医の調川先生を呼んでくれた。

 暫くしてから調川先生と看護婦の玲子さん、愛さんがここへ駆けつけた。

「今回は、随分とお早いお目覚めですね、気分の方はいかがでしょうか?」

「心配ない・・・、と思います」

 精神の不安を押さえ、先生の言葉に平静を装ってそう口に出して答えていた。

「自分の身体の異常にお気づきですか?今がいつだか分かりますか?」

「分かります、それと今日は・・・、2004年8月26日」

 調川先生は一瞬、驚いた顔を私に見せた。驚くのも当然だと思う。

 私が再び眠りだしてから一度も目を覚ましていなかったのに今日の日付を知っていたから。すべては藤原君の御陰。

 調川先生は直ぐに冷静になっていた。

「どうしてそこまで詳しく」

「タカトクンが」と小さく言葉にしていた。

「先生、藤原君は?貴斗君は?」

「貴女の方を診終えてから彼の所に向う予定です。先程ほぼ同時にコールが有りましたので」

「先生、私も連れて行ってください、お願いします」

 調川先生に同行して貴斗君の所に行きたかった。だからそう私は彼にお願いをした。

「しかし」と調川先生は冷静に躊躇する。

「先生ぃッ!」

 目に涙をいっぱい浮かべ先生の白衣の袖を掴みながら強固になって彼にお願いをする。

「分かりました、今、車椅子を持ってこさせます。・・・、キミ、一台車椅子を持って来てくれ」

 彼は私のお願いを聞いてくれた。

 付き添いの看護婦、玲子さんにそう指示を出した。

 そして、調川先生、翠と一緒に藤原貴斗君のいる病室へと向かって行った。

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