第 四 章 心の中のココロ

第十二話 堕ちて行く私

~ 2004年8月16日、月曜日 ~

 今日は大切な人達みんなで私でない私のお見舞いに来てくれる事になっていた。

 それは、私でない私が宏之君に無理を言って頼んだから・・・、

 その約束は五日前にお願いしたことなの。


~ 2004年8月11日、水曜日 ~

 今日も宏之君は私でない私がいるこの矛盾した空間にお見舞いに来てくれていた。

 私は毎日のように彼にキスを要求していました。

 何かを強く繋ぎとめ・・・・・・、何かを願うように。でも、どうしてかは本当の私には分からない。

 今も宏之君は私でない私のその要求を受け入れてくれていた。

 その行為が終わってから、どのくらいか間が空いた後の事だったの。

「ねぇ、宏之君、オネガイがあるノォ」

 懇願するように、そして甘えるように彼の瞳を見詰めていた。

「いまさっき、一つ願い聞いてやったばかりだろ」

 宏之君は苦笑混じりの表情でそう答えてきた。

「だぁって、だってぇ~~~・・・」

 そんな彼に私でない私は拗ねるような口調で尚も要求し続けている。

「ダァメ、駄目、願いは一日一回って。春香、これ世の常識だぜ」

「やぁ、ヤッ、聞いてよ、私のお願い、聞いてよぉ~~~」

 私でない私は半泣きの状態でワガママを言って宏之君に強要する。

「春香、子供じゃないんだから我侭、言うなよ」

「子供でいいから聞いてよぉ」

「ハァ~、俺じゃなくて、翠ちゃんやオマエの両親に頼めよ」

「宏之君、じゃなきゃ駄目なのぉ」

「わぁ~~~ったよ、聞くだけ、聞いてやるからいってみな」

「フフッ、ヤッパリ宏之君は優しいのねぇ」

 お願いを聞く姿勢になってくれた彼に私でない私は上機嫌な表情で彼を見た。

 宏之君は私でない私のその表情を見て照れているようだったの。

「ひろぉゆきぃくんとわぁたしぃ。それとぉ~、香澄ちゃんと詩織ちゃん、後ねぇ、藤原君と八神君。みんなで一緒にお話がしたいのぉ」

 私じゃない私がお願いした言葉に宏之君は黙って考え込んでしまっていたの。だらか、こちらからもう一度聞き返すの。

「駄目なのぉ?」

「・・・・・・・・・、わかった」

「ほんとぉーーーっ?」

「判った、みんなに連絡するよ」

「宏之君、アリガトウ」

「日にちはいつになるか分からないけど、決まったら言うよ。それでいいだろ春香?」

 宏之くんの言葉に私じゃない私は満面な笑みを浮かべ頷き返していた。

 私でない私が彼にそうお願いしたその日から三日後のその日取りを宏之君は教えてくれた。

 それが今日。

 私でない私は宏之君に今日が2001年9月15日、土曜日の敬老の日だと教えられていた。だってこの部屋に日付を知るカレンダーも時間を知る時計も置かれていなかったから。 でも、今の私じゃない私にはそれらを必要としていなかった・・・。怖かったから。

 でも、それが嘘であると言う事を私でない私はある者と物によって知らされることになるの。

 今この空間には私でない私と翠だけが存在していた。

「おねぇちゃん・・・、何だか嬉しそうな顔だねぇ?」

 私でない私は妹が言っているよう表情を今、創っているんだろうね。

 妹の翠は今日、みんながここに集まる事を知っていないの。

 だから、私でない私の心の喜びを彼女は気付いていない。

「うんっ、今日はねぇ、とてもいい事がある日なのぉ」

「えっ、なになにぃ?」

「翠も私と一緒にここで待っていれば分かるのよぉ」

「ふぅ~~~ん、そうなんだぁ。あっ、いっけなぁ~~~い、お花の水、換えなきゃ」

 妹が花瓶に手を掛けそれを持とうとした時、私でない私を収束させるための使徒達が訪れたの。

「春香、見舞いに来たぞ。ホラッ、かっ・・・・・・・、隼瀬も慎治も一緒だ」

 第一の使徒、宏之君は何かを喉の奥に詰まらせたような感じで二人の使徒を招きいれた。

 どうして、彼はそのような感じでその言葉を口にしたの?それはいずれわかること。

 でも、今の私でない私はそれを認知してくれない。

「春香、身体の方、どう大丈夫?気分は?」

 第二の使徒、香澄ちゃんが私の身体を気遣うような言葉を掛けながら、宏之君に続くようにこの嘘で固められようとしている空間へと入ってきた。

「ヨッ、元気してたか?」

 第三の使徒は八神君、彼の入場で一度この偽りの空間が閉じられた。

「ミンナ、来てくれて有難う」

 私でない私はその訪れてくれた三人の使徒に感謝の言葉を述べていたの。

「皆さん、こんにちは、ですぅ」

 初めからここに居た使徒の翠が私でない私に続くように他の使徒達に挨拶を送っていた。そして、私でない私の最後の晩餐が開かれようとしていた。

 私でない私を含めた五人は最後の晩餐を楽しむように昔の思い出という美酒を飲みながら談笑をしていた。

 私でない私はまだ来ない二人の使徒を心配してその使徒達の名前を口にしたの。

「詩織ちゃんと貴斗君、遅いね、まだ来ないのかなぁ」

 その瞬間、私の気持ちが神様に通じたのかな?

「こんにちはぁ、春香ちゃん、遅れてごめんなさいねぇ」

 第四の使徒、詩織ちゃんがここへ遅れて来た事を謝罪しながら、現実の時間と切り離されたこの空間に来てくれたの。

 最後の使徒、藤原君はどうしてなのか沈黙しているの。

 そんな彼に第四の使徒の詩織ちゃんが何かを囁いているようだった。

「ウフフッ、二人ともどうしたの?ヒソヒソ何ってして?」

 とても微笑ましい光景だと私でない私の瞳には映っていたからそんな風に口に出していっていた。

「ハハッ、なんでもない。遅れてゴメン、涼崎さん」

 私でない私の笑みで彼の心が解けたのかな?最後の使徒、私でない私に小さな笑いをしながら藤原君はそう口にしたの。

 これで全員が揃った。

 さっきの談笑を続けるように第四の使徒、詩織ちゃんが上手く話しを創り合わせてくる。また暫くの時間、談笑が続いていた・・・。

 最後の談笑が。

 そして、この最後の晩餐も到頭終局へと導かれようとしていた。

 突然、本当に唐突に最後の使徒、藤原君がとても大きく不可思議な笑い声を上げる。

「ワァーーーッハッハッハッハ、アァーーーッハッハッハ、アッハハッ!?」

 私でない私はそのような彼の姿を見てゾッと恐怖していた。

 彼の瞳は光を失っている様な感じだったの。

 まるですべてのモノを失ってしまったかのように、そう私には・・・、見えたの。

「どうしたのよ、急に大声を出して笑ったりして?」

「気でも狂ったのか?」

「何だ!急に!」

「貴斗さん何か悪い物でも食べたんですか?」

 それぞれの使徒達は最後の使徒の異常に気付いたのかな?そんな言葉を彼に掛けていった。

「ハハッ、これが笑わずに居られるか!」

 狂気に満ちた声が彼の口から発せられた。それに気付いたのは誰?

「貴斗!アンタ、いったい何を企んでるの?」

「フッ!」とその使徒の口から出た言葉に彼は鼻で笑っていた。

「企む?何も企んでないさ。こんなぁ、茶番、付き合ってられるかっ!」

「貴斗君っ!」

 その二人の使徒が最後の使徒を止めようとするの。

 でもね・・・、彼は止まらない。もう、とめられないの・・・。

 彼女達に続くように他の使徒達も彼を止めようとしていた・・・・・・。でも、無意味なの。

「何だ、お前らその目は?お前ら本当にこれでいいのか?こんな状態の彼女を見て何とも思わないのか?嘘・・・、偽りの中に何がある!こんなこと、ずっと・・・、ずっと続けて春香さんは本当に嬉しいと思うのか?」

 最後の使徒の言葉・・・、私でない私に言ってきた言葉。〝嘘〟と〝偽り〟、何の事なの?・・・どう言う意味なの?一体アナタは何を言っているの?

 最後の使徒は私の奥底の心に訴えかけていたの。

 それに呼応するかのように私の胸の中が疼き出し始める。

 一体なんなのこの感覚は?

「今の俺には耐え難い・・・、俺は、潰れそうだ。答えろよぉっ!」

 彼のその言葉は私の奥底の心に更に強く訴えかけてきた。

「タッ、貴斗君、何を言っているの、私には分からないよ!」

 しかしまだ私でない私が支配しているこの体の口からはそう彼に言っているの。

「春香、お前、今まで俺を〝貴斗君〟なんて呼んだ例えあるか?お前も、気付けよ、その矛盾に春香ッ!」

「クッ!」

 彼の言葉、奥底の心がその言葉に強く反応する。

「ひっ、宏之君、貴斗君が睨むよぉ~!」

 だけどね、まだ、私でない私がそれに抵抗しようとしている。

 最後の使徒、藤原君はその行動を止める事なく私の前へと進んでくる。

「お前、それまさか!?」

 八神君と香澄ちゃん、その二人は何を驚いているのかな?でも、奥底のココロにはそれが分かっているようだったの。

 だけど、私じゃない私がそれを拒絶しようとする。

 藤原君のそれは私でない私と言う偽りを消し去る。

 それは現実と言う形を示すものだって私に伝えてくる。

「二人が察しのとおりの物」

「貴斗ぉ、、やめて頂戴ッ!」

 詩織ちゃんは最愛の人がしようとする事を停めようとしている。

 藤原君と詩織ちゃん、二人のしようとしていること、どっちが正しいの?でも、私じゃない私には・・・、分からないの。

 詩織ちゃんは藤原君の力に逆らう事は出来ないようだった。

 そしてね、彼女は沈黙してしまうの。

「春香、これを見てみろ!」

 彼女を跳ね除けた最後の使徒は私でない私の前に立つ、そして何かを私に投げてきた。

 私でない私はそのモノを手に取り確認した・・・・・・・・・。

 写真?そして、私でない私?それとも奥底のココロ?がそれをジッと眺めていた。

 私は一瞬、瞼を閉じる。

 私でない私が写真とこの空間にいる使徒達の変ってしまった顔、体格を交互に何度も何度も食い入る様に見返していた。

 遂にね、私でない私が崩れ去り、変わってしまっていた現実を知る事を怖がっていた、恐れていた私が表に引き摺り出されてしまった。

「2001年8月15日?これどう言う事?今はいったいイツなの?」

 その写真から私は現実を受け入れるようになってしまっていた。

 私は自分自身の体の異常に気付き始めるの。

 写真の中の私、赤いリボンで首筋くらいの高さで切りそろえた髪を裏で結んでいる。

 でも今の私の髪は?・・・、異常に伸びてしまっていた。

 腰下よりも長く伸びていた。

 何度も確認するように触ったり引っ張ったりしてみた。しかし、これは変えようがない現実。

 写真の中の私はそれなりの・・・、プロポーションをしていた。

 で、も今の私は?・・・必要なところ以外、見ている自分が痛々しい程、ホッソリとしていた。

 恐怖に慄き泪を流していたの。

 いつしかその答えを求めるように誰かに叫んでもいた。

「誰か、答えて」

「2004年8月16日、本当の今日の日付だ・・・。昨日で三年目が過ぎた・・・、・・・」

 そう答えてくれたのは本当の私を引きずり出した張本人で最後の使徒、藤原君その人だった。

 氷海の様に冷たい声で。

「何で私の髪、こんなに長いの?何で私こんなにホッソリとしているの?答えてよ、ネェ誰か!誰か答えてよぉっ」

 答えなど必要ないのにどうしても押さえられない自分の気持ちそのまま口に出していた。

 藤原君が教えてくれた日付『2004年8月16日』

 私が事故にあってから約三年の月日が流れているのは簡単に分かる。

 それ以来ずっとこの病院のベッドで私は眠っていたんだね。

 そのくらい容易に分かるの。

 でも、私はそれを認めたくなかった・・・。

 認めたくなかった。

 私にとって大事な・・・、大切な何かが、私にとって必要なモノ達がすべて失われていると思ったから。

 だから認めたくなかったの。

 でも・・・。

 やり場のない怒り?悲しみ?が私の言葉になって皆に向けていたの。

「出てって!皆、みんな出てってよぉ~っ!」

 手の届く所にあった花瓶を投げ様とそれを掴んだけど・・・、力が入らない。

 私が掴もうとしたそれは虚しくその場に落ちただけだった。

 普通なら誰でも持てるような花瓶さえ・・・、今の私には持つ事を許されなかったの。

 どうして私だけこんな目に遭わなくちゃいけないの?

 酷いよ、こんなの嫌、もういやこんな現実なんていらない。

 その思いに釣られたのか、私が目覚めた時のように再び私の身体に痛みが走り出した。

 それは次第に強くなり激痛になり私を苦しめ始める。

「うぅ~~~、痛い、痛いよぉ~〈ココロガ・・・〉」

「大丈夫かッ!?」

 恋人の?宏之君は私の身を案じそう言葉を掛けてくれた。

 彼は本当に私の恋人なの?彼は三年間変らずに私を待っていてくれたの?

 しかし、その答えを聞く前に再びあの暗いやみへと私は堕ちて行く。

 墜ちて行く中、私はこの現実が、偽りであることを理解しようとしていた。

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