第 三 章 過ぎる時の中で
第九話 過去の監獄
幾星霜の月日が流れたのか分からなかった。
ウゥン、理解したくなかったの。
だから私は私の世界を閉じる事にしたの。
昔と何も変わらない世界に。
あのころの楽しかった思い出が沢山あふれたあの空間に。そして、私は誰かに導かれるように過去の世界を引きずったまま目覚めるの。
そうみんなの関係が昔のままの、あの三年も前に遡った空間へ・・・。
2004年8月4日、水曜日 ~
今日もいつもの様に私の世話に翠が来ていたの。
何時の頃からか、妹も私に語りかける事なくただ黙々と通例の作業をするだけになっていた。
時折、私に向ける目が険しくなっているのを感じてもいたの。
彼女がすべての作業を終えるとタイミングを見計らったように男女一組の来訪客が訪れた。
「藤原です」
「おはようございまぁ~~~す」
「貴斗さん!詩織先輩もご一緒なんですね!オハヨウございます」
妹の翠がその来訪客に挨拶をしていた。
いつの頃からか妹が彼に話しかける時にとても嬉しそうな表情を浮かべる様になっていた。それはまるで恋人に話しかけるような感じね。
藤原貴斗君、私の恋人?である柏木宏之君の親友、そして、私の親友?の隼瀬香澄ちゃんの幼馴染みであり、もう一人の親友、藤宮詩織ちゃんの恋人。
その二人がお見舞いに来てくれたようです。
二人が一緒にこの空間に来るのはとても久しい事だった。
藤原君はいつものように椅子に座る事なくただ立ってこの場に拘束されている私を見ているだけ。
ある一定の間隔で彼は目を瞑り何かを考えてまた目を開く。
詩織ちゃんはこの空間の主を無視して妹の翠と楽しく談笑を始めているようだった。
* *
彼女達と彼の談笑中のことだった。
「タ・カ・トぉ、貴斗ってばぁ!」
彼女達の談笑に混ざってくれない恋人を諌める詩織ちゃん。
「なっ、なんだよ」
少ない口数でただ曖昧にそれに返事をする藤原君。
「ひっどぉ~~い、詩織先輩、可愛そうです。次から詩織先輩に同じことしたら、詩織先輩が許しても私が赦しませんからね!」
そんな彼に悪態をつける態度の大きい妹、翠。
三人は勝手にこの空間で事を進めている。
勝手に時間を流している。
この場にいる人達が談笑し始めて約一時間の時が経とうとしていたの。
「詩織、ソロソロおいとまするぞ」
「それじゃ翠ちゃん、午後の部活でお会いましょう!」
見えないはずなのに、どうしてか歯車のあっていない様に思える詩織ちゃんと藤原君、そんな二人を見ていると何故かもどかしくなってくるの。
それに誘発されたのか体に微弱だけど電流みたいな感じが流れ始めた。
「ぅん?」
それに気付いたのか藤原君はそんな驚きの仕草をまわりにみせていた。
「どうしたの?貴斗?」
「いや、今一瞬、涼崎さんが動いたように見えたから」
「まさかっ」
彼の口にした言葉に驚く二人。でも、余り嬉しそうじゃない・・・、・・・・、・・・・・、様な気がした。
「悪い、俺の見間違いだった様だ。行くぞ、詩織」
いいえ、藤原君それは見間違いじゃないのよ。
「ぅっ、うぅぅ~」
先ほどの微弱に感じた電流の様な物が徐々にその強さを増し私の身体を苦しめ始めていた。
苦痛の声を少なからず上げていたの。
ワタシの目覚め、ワタシの時間と空間を閉じた目覚め。
偽りの目覚め。
「翠ちゃん、早くナースコール」
苦しんでいる私を見た藤原君は冷静な態度で妹に指示を出していました。
「ハッ、ハイ・・・、・・・、。618号室の涼崎です、お姉ちゃんが、おね・・・・・・・・・・」
彼にそう言われ、妹は慌てながら医局に連絡をしているよう。
数分の時が過ぎ、幾つかの医療器具を持った医師と数人の看護婦がここへ駆け込んできた。
「君達は外で待機していて下さい。それと、出来れば彼女の両親に連絡お願い致します」
その医師は部外者を排除するように三人にそう言い渡している。
看護婦は医師の指示に従い私の体の苦しみを取り払おうとしてくれている。
暫くして、やっとその苦しみから解放され身体を起こされていました。
私の目には何かが覆い被さっているようね。
医師の声と看護婦達の声が聞こえてくる。・・・、聴覚が異常でない事が判る。
誰かが私の手に触れている。・・・、・・・・、触覚は異常ないよね。
きつい消毒液らしいその臭いが私の鼻腔をほんの少しだけいじめるの。・・・、・・・・、・・・・・、嗅覚は正常に機能しているみたい。
すべてのほどこしを終えた医師が問い掛けてくる。
「涼崎春香さん、今からアイマスクを外します。私が合図を送りましたらゆっくりと目を開いてください」
その医師は〝ゆっくり〟と言う言葉を強調して口にしているように聴こえた。
誰かが私の顔に触れそれを取り払ってくれたようね。
「それでは涼崎さん目をゆっくりと開けてください、ゆっくりとですよ。辛かったらすぐに言ってくださいね」
その声に従うようにゆっくりと目を開き始める。
薄目を開けた状態でその動作を止めてしまった。
目に射し込む陽の光が私の網膜神経を痛めつけてきたから。
しかし、暫くして痛みの感覚も収まり始めて止めていた動作を再開し今完全に双方の瞳を覆い隠していた重々しいまぶたを開いていた。でも、この光を受けるのはどれくらいぶりなのかな?
数日、数週間、数ヶ月、数年、それとも数十年?でもそんなことは関係ないの。
目を開けた瞬間、最初に私の瞳に映ったモノは殺風景なこの病室の景色と一人の男性医師それと二人の看護婦だった。
医師が語りかけてくる。
「涼崎さん、私の顔が見えますか?私は男性でしょうか?女性でしょうか?」
医師は本当に目が見えているのかと質問をしてきました。だからその答えを返す。
「男の人です」
「正解です、涼崎さん。でも、答えは二分の一、私の声から察して言ったのかも知れませんので今から視力検査を行います。宜しいですね?」
〈・・・私には拒否権などのないのでしょう先生?〉
彼はそう尋ねてくると私の有無など確認せず視力検査を始めました。
それから、一〇分ぐらいそれは行われた。
視力と色覚を確認する検査。
「異常ないようですね」
医師は目が正常であると言う事を告げてくれた。
彼は検査器具を撤去するよう看護婦に指示を出していたの。
その看護婦達はそれを病室の外へ運び出しているようです。
再び彼女達が戻ってきてからその三人は自己紹介を始めようとしたの。
「これから私と彼女達の自己紹介をさせて戴きます」と言葉にして。
医師の名前は調川愁先生。私の担当医のようなの。
そして看護婦さん達の方はロングヘアーの方が住友玲子さん。
もう一人の方は玲子さんより身長が幾分高めで髪はボーイッシュな感じ、名前は三井愛さん。
「コレで私達の自己紹介は終わりです。何かありましたらお気兼ねなく言い付けてください」
「春香ちゃぁ~~ん、宜しくね」
「涼崎さん、何かありましたらいつでもお申し付けください」
いつの間にか三人の自己紹介が終わっていたの。
その自己紹介をちゃんと聞いていたのかいないのか分からないけど私もいつの間にか窓の外の風景を眺めていた。
その景色からではどれだけの月日が流れたのか確認する事は出来ない。
ただ、分かるのは今がどの季節にあるのかだけ。
「涼崎さん、幾つか質問がありますが宜しいでしょうか?」
調川先生は私にそう尋ねて、返答を待っているようね。
「ハイ」
「分かりました、それでは・・・」
彼が質問をしている最中に私は幾度か気を失いかけていた。
私が最後の質問に返答をすると調川先生は目を閉じてそれらを整理している様でした。
考えがまとまった彼は目を開き、再び声を出したの。
「そうですか・・・・・・、私の質問は以上です。お疲れ様でした」
「ハイ」
「今は安静にしてお休みになってください。暫くすれば貴女のご両親もここにいらしてくれるでしょう。それでは失礼いたします」
「春香ちゃん、それっじゃねぇ」
「涼崎さん、失礼いたします」
そう言い残して三人はこの空間から退席してしまった。
窓の外を眺めていた。ここからの外の風景に街並みは見えない。
外は落葉樹林の木々に囲まれた自然の中。
その木々は青々とした葉を沢山付けている。
『ミィ~~~ン、ミン、ミン、ミン』
蝉の鳴き声が聞えるの。
それ等は自分の存在を誇示するようにせわしく鳴いていた。
〈まだ、夏のようね〉
藤原君との会話の途中事故に遭ってしまったの。
あれからまだそんなに過ぎてないみたい。
夢の中でどんどん自分だけが取り残されて行くそんな事を見ていたから、とても辛かったの。でも、大丈夫みたいね。
まだ、夏だからあの日から全然時間たっていないのよね?
自我がそう私に強制的に思い込ませるの。
自分自身の体の変化にも気付かないでそう思いこまされるの。
暫くたってから両親と妹の翠がやってきた。
「フッ、春香、目を覚ましたようですね。よかった」
秋人パパはそう言うと安堵の溜息を吐いていた。
「もぉ、春香ッたらとても心配しましたのよ」
「おねぇちゃぁ~~~ン、本当に目覚めたんだねぇ」
明るい顔をしながら、いままで、流動食で栄養を補っていて窶れぎみに成っていた私の体を力強く、でも痛くないくらいに抱きしめてくれていた。私の存在を確かめるように。
「パパ、ママ、翠、心配掛けさせちゃってゴメンね」
*
成長期をずっと前に終えていた秋人と葵。しかし、いまだ成長期の翠。
三年間立った彼女はすでに女性らしい体つきになっていた。でも、涼崎春香はそれを認識出来てはいなかった。
*
パパとママそれと翠の四人で楽しくお話しをしていました。
翠は何回か、顔色に翳りを見せたの、でもそれを私は認識出来ていなかったみたい。
秋人パパが別れの挨拶を掛けてきました。
「春香、私とママは忙しくて中々、見舞いにはこられないが許しておくれよ」
「有難う、パパ。でも余りお仕事に熱を入れすぎて体を壊さないでね」
「フフッ、春香ッたらそんな事を言って」
ママは優しく笑いながら私のそう言って来た。
「春香おねえちゃん、私はまた明日も来るねぇ」
両親と妹はそれだけ言い残すとこの非常識に満ちた空間から出て行ってしまう。
話し疲れたのか?みんなが出て行った後、私は眠りに誘われたの。
墜ちて行く私は意識の片隅で、私は、私のこの目覚めに対して、少なからず違和感、疑問を感じていたの・・・、
どうして、今頃になって、目覚めることが出来たのか。
でも、その不可思議な感覚がいったいなんであるのか判らなかった・・・。
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