第六話 親友からの花言葉

 親友である詩織ちゃんは定期的にお見舞いに来てくれていた。

 でもどうしてか藤原君が同席している事はほとんどないみたいですね。どうしてなのか、その理由を私は知らない。

 詩織ちゃんは毎回持ってきてくれる花束の中に何らかの意味を込めて何本か違う花を入れているようだったの。

 その花を見る事が出来たならたとえ、私が寝かされている部屋に窓がなくても季節を理解する事が出来たのに・・・・・・・・・、それすらも今の私には許されていないみたいね。


*   *   *


「コンバンは春香ちゃんお見舞いにまいりましたよ」

 詩織ちゃんはそう言うと私の前に立ち、今日はどんな花を持ってきてくれたのか教えてくれる。

「今日の花束の中にはスターチスの紫色を混ぜておきました。春香ちゃんならこの意味お分かりになるでしょう?」

〈詩織ちゃん・・・・・・・・・、花言葉の意味は判ったけど、どう言う意味でスターチスをその中に混ぜたノォ?〉

「・・・・・・・・・・、すべてが本当にそうならどんなに良い事でしょうか」

 暫く間があいた後、いつものように彼女の藤原君とのお惚気と愚痴話が始まっていた。


*   *   *


 そしてまた月が変わり、詩織ちゃんがお見舞に訪ねてきてくれたの。

「先輩、私この花活けてきますねぇ」

 妹は詩織ちゃんが持ってきてくれたその花を活けに病室を出て行った。

 彼女は今日、翠と一緒にここへ来訪してきたみたいね。

 詩織ちゃんは花束の中にストケシアと言うキク科の観賞用多年草を混ぜていました。

 それは5月の花言葉・・・・・・・・・。

 今この空間は私と彼女の二人だけ。

「フゥ~~~、貴女はいつもそんなのんきな顔して・・・」

 彼女はそう口にしがら私の頬に手を掛けてきたの。そして詩織ちゃんは暫く目を瞑っていた。

 詩織ちゃんは今何を思いながらそうしているのかなぁ?

 それは花言葉と同じ意味を成しているの?

 私の思いは未解決のままその日が過ぎて行ってしまったの・・・。

 でも、私にはそれを理解する事は出来ないの。


*   *   *


 誰もいないこの閉ざされた空間、さっきまで詩織ちゃんと翠が一緒にここにいたのに。

 今日も詩織ちゃんは私に花束を持ってきてくれたのよぉ。その花の名前はゼラニウム。

 その花はフウロソウ科の観賞用多年草。

 別名、紋天竺葵とも言うのよぉ。

 コレは6月の花言葉で〝キミありての幸福〟と言う意味なの。

 普通は男性から女性に渡す花だけどたぶん詩織ちゃんは何も出来ない私が彼女達の輪の中に入れない。この状態を憂いてくれている事が判る。

 私がいないから淋しいって言ってくれているの。有難う、詩織ちゃん。


*   *   *

 またいつの間にか月が変わっているみたいだったの。

 今日は翠が先に私の所に来てくれて、それとすれ違うように詩織ちゃんが来てくれた。

「春香ちゃん、今日もお花お持ちしましたよ。お花差し替えてよろしいかしら?」

〈もぉ、そんなかしこまった言い方しなくていいのにぃ〉

 詩織ちゃんは一目してから花瓶の花と自分の花を入れ替えるために出て行ったみたい。

 暫くして彼女が戻ってきた。

 花瓶の中にはいつものお見舞い用の花と別に一輪だけ睡蓮の花が混ざっていたの。

 睡蓮は多くの水が必要な花。7月の花言葉。

 いつの間にか彼女が私に話しかけていた。

「ねぇ、春香ちゃん、貴女はいつまでもこの花のようにいて欲しい。ですが・・・、私はどうかしら・・・・・・」

 詩織ちゃんはそれだけ言葉にすると表情に少なからず翳りを見せていたの。

 どうして詩織ちゃんそんな顔するの?それを理解できずまたこの空間に一人取り残されてしまう。


*   *   *


 いつもの様に妹の翠と詩織ちゃんは私が眠るこの空間で談笑していた。

 花瓶にはヒオウギが所狭しに活けられていいました。

 ヒオウギ、アヤメ科の多年草で夏になると野山にたくさん咲くのよぉ。

 いつの間にか私と翠だけになっていた。

「おねぇちゃん?具合はどう?さっき、詩織先輩からその花言葉を聞いたんだぁ~~~。先輩ネッ、その花言葉通りお姉ちゃんとの関係を保てるよう頑張るって。それじゃ、お姉ちゃん私も帰るからねぇ、またバイビィーっ!」

 妹はそれを告げると早々と退室して行った。

 闇の中で詩織ちゃんに感謝したの。〝私もそう在りたい〟ってねぇ。


*   *   *


 季節は巡り、今は残暑の厳しい頃になっているはずだった。でも私には分からないの。

 今、私のこの空間には私と藤原君がいたの。

 彼は手にお見舞い用の花束を持っている。彼のその姿はとてもおかしかった。

 自分の持っているその花と花瓶に活けてある花を交互に見ながらどうしようか迷っているみたい。

 藤原君は意を固めたようにその花瓶を持って私を置いて出て行ってしまったの。でも、しばらくしたら藤原君はちゃんと彼が持ってきた花束を花瓶に挿して戻ってきてくれたの。

 その中には多年草とは違う樹木の枝が幾つか混ざっていた。

 お見舞いの花束の中に樹木の枝を混ぜる人って滅多にいないと思うの。その花瓶の中にはナツメの枝が混ざっていた。

 黄白色の奇麗な花がいっぱいその枝に咲いていたの。

 ナツメは9月の花言葉に含まれているのよ。藤原君はそれを知っていて一緒に持ってきてくれたのかなぁ?実はナツメは食用で漢方薬にもなるの。

 月の花言葉って一年草、多年草、球根類、落葉樹林。調べる人や書き手によって様々に分類されているのよ。

 藤原君は多分それを知らないで持ってきたのだろうけど。

 ナツメの花言葉は彼の性格を凄く直球的に現しているのかもしれないねぇ。

 他にも同じ日の花はオオケタデ、スミシアンサ、オレンジがあるけど、オレンジは絶対に藤原君が選ぶはずがない花だと思うの。

 それにこの時期にはその花は咲いていないはずだしね。

 彼はいつもの様に私と距離を置き優しい表情で私を見ていた。そして、いつの間にか微風のように静寂したこの空間から去っていたの。


*   *   *


 動かない体で、開かない目で闇の中から花瓶に挿してある花を眺めていた。

 詩織ちゃんがそばにいる。私の手を握ってくれている。

 花瓶には今回も詩織ちゃんが持ってきてくれた花束が活けられていたの。

 淡紅色の花が幾つか混ざっている。その花の名前は日々草。

 10月の花言葉。

 詩織ちゃんが話しかけているようだった。

「どうしてなの?春香ちゃんの周りだけの時が過ぎ。貴女だけの時が止まったまま・・・・、私達は貴女とずっと思い出を創っていけると思っていましたのに、どうして・・・、貴女だけ・・・・・・ちゃいけないの?」

 彼女は手で口元を押さえながら一筋の光を目元からつたわせていた。

 そんな詩織ちゃんに何もして上げられない。

 それどころか、近い未来に彼女を傷つけてしまう行動を取ってしまう事になるの。


*   *   *


 今日は、本当に、本当に久しぶりに香澄ちゃんがお見舞いに来てくれていた。

 彼女が来るまで藤原君がここにいたのだけど、香澄ちゃんが来たとたん彼はこの場から直ぐ去って行ってしまった。まるで彼女を拒絶するかのように。どうして?

 香澄ちゃんは両手いっぱいに花束を持ってきてくれていた。

 サンダーソニア、オレンジ色の奇麗な花、別名クリスマス・ベル、チャイニーズ・ランタンと可愛い名前でも呼ばれているの。

 11月終わりの頃の花言葉。

 香澄ちゃんは私のそばで私をずっと見ているだけで何も語りかけてはくれなかったの。

 彼女はゆっくりと彼女自身の両手の指を絡め合わせ、肘をベッドに降ろし、目を瞑り始めた。

 暫く〝時〟というモノだけが流れていた。そして、香澄ちゃんの両頬から二筋の涙が月光に照らされてアクア・ブルーの光を煌々と放ち流れ落ちていた。

 彼女の涙の理由が分からなかった、誰のために、何のために。どうしてそれが流れたのか。


*   *   *


 今、詩織ちゃんに延々とお惚気と愚痴を聞かされていた。

 勿論、藤原君の事。

「そう言いいます理由ですので今日はお花の中にポイセンチアを混ぜて見たのですよ」

 ポイセンチア、和名は猩々木とかなり聞きなれない常緑低木の花。

 今回の花は私に宛てたものではないようね。

 彼女の今の気持ちを表わしているみたいなの。

 詩織ちゃんはポイセンチアのもう一つの意味を知っているのかなぁ?

 若し詩織ちゃんの願いが成就したら私はもう一つの意味を貴女に送って上げるねぇ

 詩織ちゃん本当に藤原君との関係を苦労しているみたいなの。

〈頑張ってねぇ、詩織ちゃん〉

 彼女に私の意思が通じたのかとても上機嫌でした。

「スキーに一緒に行く翠ちゃんの面倒はお任せください」

 彼女はそれだけ告げると足取り軽く、この閉鎖的な空間から温度を下げず退場して行った。

 春夏秋冬どれだけ繰り返されたのでしょうか?やがてまた春が訪れていた。

 本日もまた、詩織ちゃんは私のいるこの場所へと足を運んでくれていた。

 今日は私になりも語りかけずにジッと見ているだけ。時折、詩織ちゃん、彼女は自分の活けた花に目をやっている。

 お見舞い用の花の中に紅、白、淡青色のモスフロックが幾らか混ざっている。

 モスフロック、日本では芝桜または花詰草と呼ばれる花。

 花言葉は3月に含まれています。〝忍耐〟

 詩織ちゃんは誰に対してこのような花を添えたのでしょうか?私のため?詩織ちゃんのため?それとも他の人のため?

 彼女に聞きたいけど、口を動かす事も、手を動かして字を書く事も出来ない。

 私の意思を彼女に伝える手段が一つもそこには存在していなかったの。


*   *   *


 また新しい月がめぐり、詩織ちゃんはそれを教えてくれる花を添えていた。

「春香ちゃん、どうして?どうして目を覚ましてくれないのですか?みんなお変わりになって行ってしまうのに貴女だけ・・・・・は・・・・・ます」

 彼女の表情はとても悲しい色を浮かべていた。だけど涙を見せる事はなかった。

 詩織ちゃんは言いたい事だけ告げるとこの閑散とした空間から早々に退出して行った。

 彼女の持って来てくれた花はアネモネ。白、淡赤色、赤紫など、数色が花瓶に活けられていた。

 アネモネ・・・、4月に含まれる花言葉。

 良い意味も悪意味も両方持ち合わせるイチリンソウに属する奇麗な花。

 詩織ちゃん、彼女は一体どちらの意味でこの花を私に添えてくれたの?・・・・・・聞けるはずもないよね。

 その花が私に送られた最後の詩織ちゃんからの花束だった。

 それ以降彼女は香澄ちゃんと同様に私のいるこの束縛された空間に一度も訪れなくなってしまいました。

 来てくれるのは私の家族と藤原君だけ・・・・・・・・・・・・・・・・。

 でもね・・・、

 皆がここへ来てくれていること、ここへ来てくれたこと、

 皆には、感謝しているけど、嬉しいけど・・・、

 暗闇の中の私の心の中に・・・、

 止められない負の感情が芽生え始めてきたのも事実・・・。

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