第五話 おしゃまな妹
今日もいつものように妹の翠が来ていたの。
「おねぇちゃぁ~~~ん、元気してたぁ~~~?私は今日も元気いっぱいだよぉ。ハァ~~~、もう直ぐ高校初の大会。緊張してきたなぁ~~~」
妹の話から判断すると水泳の大会が近いらしいようですね。
「いきなりレギュラーにされちゃったんだよねぇ。確かに私中学の時記録、持ってるけど高校で通用するのかなぁ?凄く心配だよぉ。でも、毎日必死にやっているから大丈夫かもねぇ?」
いつも負けん気が強い妹の翠でも毎回のように大会前は緊張しているのをお姉ちゃんである私は知っていたの。
「でも私、頑張る。私が頑張れば、きっとお姉ちゃんも早く元気になると思うの。だから頑張んなくちゃねぇ!」
〈翠・・・、有難う。だから頑張って!〉
「それじゃぁまた明日来るねぇ、お姉ちゃんッ!」
妹はその言葉を掛けてくれてから私を残しこの空間から消えて行ってしまうの。
何回くらい同じ季節が巡ったのか?
いまでも春香は外の様子を知る事は出来ない状態にある。
今はすべての生命がその暑さに負けぬように己を維持しようと躍起になって活動している。そんな時期であった。
涼崎春香の妹である翠はいくつモノ季節がめぐっても毎日のように姉の見舞いに来ていた。今日も彼女は姉の見舞いに来ている。
「ハァ~~~イッ、春香お姉ちゃん、今日もお見舞い来ちゃったよぉ~~~」
手を振りながら翠は病室の中に入ってきた。でも、私は妹に何の反応も示して上げる事が出来ない。
翠は私の身体を拭きながら嬉しそうに話しかけているようね。
「きいて、きいて、お姉ちゃん、今年も全国大会優勝したノォ!二冠なんだよ、二冠っ!凄いでしょ。お姉ちゃん詩織先輩も、貴斗さんも、いっぱい、いっぱい私を褒めてくれたの。パパもママも嬉しがってくれたの。でもね、でもね・・・、ホントに、本当に褒めて欲しかったのはお姉ちゃんなのに、お姉ちゃんからなのに・・・・・・・・・。フッ、ヒクッ、ハゥッ、ェェエェ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ン」
翠は突然声を押さえる事もなく泣き出してしまった。
「どうして、どうして、どうして、お姉ちゃんは目を覚ましてくれないの?どうして、翠、こんなに頑張っているのにどうしておねえちゃんは目を覚ましてくれないの。お姉ちゃん答えて!貴斗さんも詩織先輩もお兄ちゃん、お姉ちゃんのように甘えていいって言ってくれるけど、ヤッパリ春香お姉ちゃんの変わりなんて無理だよォ~~~~~。」
「だって、だって、二人にどれだけ甘えていいのか分からないんだもん。翠、二人に甘えすぎて制御効かなくなっちゃうよぉ。だから私のお姉ちゃんは春香おねえちゃんだけ、春香お姉ちゃんだけが翠の本当のお姉ちゃんなんだからぁ・・・」
〈・・・、翠〉
闇の中で妹の名前を告げるだけで何もしてやる事は出来ない。
翠は嗚咽から開放されると何ごともなかったように作業を続け、いつもの帰りの挨拶を私に向けてからこの空間から出て行ってしまったの。
今日も翠に何もして言葉を返して上げる事が出来ずまた時間だけが流されてしまった。
また、どれだけの季節が巡り過ぎて行ってしまったのだろう?分からないけど、今は私が生まれた季節を向かえているらしかったの。
今日もいつもの様に翠がこの私が何も出来ない空間に来ている。
翠の表情など見える筈もないけど何やら嬉しそうだった。
「へへぇ~~~ん、お姉ちゃん、昨日、私ねぇ、良い事あったんだぁ!!」
〈どんな事なのかなぁ?〉
「聞いて驚くなかれぇ!お兄ちゃんとデートしちゃった」
〈お兄ちゃん?・・・、藤原君のこと?何をしているのよ、翠っ!詩織ちゃんが聞いたら悲しむって言うより?怖い事になってしまいそうだから・・・、そんな事しないでぇ〉
「なぁ~んてねぇ、私が一方的に貴斗さんを連れ回しただけだからデートって訳じゃないよ?」
〈ハァ~~~っ、翠、びっくりさせないでよぉ!私の事からかってたのぉ?〉
闇の中で妹の口にした言葉にそう深く溜息を吐きそう思っていたの。
暫くいつものように妹は私の作業に従事している。
それが終わると彼女の表情が急に翳り始める。
〈どうしたのミドリィ~~~?〉
妹は私の手を握りながら涙を流し始める。
いつもの様に声を上げたりはしていなかった。
なんとなく我慢しているような感じだったの。
「お姉ちゃん、オネガイだから早く目を覚まして、早く目を覚ましてよ。お姉ちゃんが目を覚ましてくれないと。私ク・・・ちゃう、おか・・・なっちゃう。お姉ちゃんが目を覚ましてくれないと。どんどん貴・・・さんの事をス・・・なっちゃう、私、押さえられなくなる、気持ち止め・・・なっちゃうよ」
〈えっ、何を言っているの翠?私にはわかんないよぉ?〉
妹はすべて言い終えると今日の別れの挨拶をしてからこの空間から立ち去って行く。
翠は何を言葉にしたかったの?何を言いたかったの?でも、今の私にはそれを知りえる手段は何処にも見当たらないのよね。
でも、私は、毎日、お見舞いに来てくれる妹の翠を、この闇の中で何も応えてあげられないことに、情けなさを思いつつも感謝したの。
〈有難う、翠・・・〉と
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