第3話
それから数日後。
ラシェルは数々の試作品を手に取り、一つずつ眺めてみる。なりふり構わず、集中して作った魔守たちだ。ひたすら刻印を彫って、気分転換に時折魔守の本を開いて、普段以上に魔守のことしか考えない日々が続いていた。
刻印を観察して分かる範囲では、はじめに作ったものよりは随分とましな魔守が出来たと彼女は感じていた。
そうとなれば、勇気を持って、ヒースに見せるまで。
「あの、ヒースくん」
本棚にてヒースを見かけたラシェルは、魔守を握りしめて、おずおずと声をかける。
「何だ?」
ヒースは無表情のまま、首をかしげる。
「魔守の試作品を作ってみたから、ちょっと見てもらえる?」
ほぼ勢いで、ラシェルはヒースに数々の試作品を差し出した。
「構わないが……ちょっと試してみるか」
ヒースはラシェルから魔守を受け取る。彼はそれを一瞥すると、杖をもう片方の手に持ち、魔法を使うための広場へ向かうべく、工房の玄関へと歩き出した。
「ねえ、私も出来を見てもいい?」
少し迷ったのち、ラシェルは口にした。
「好きにしな」
ヒースは振り向かなかったが、慌ててラシェルはその背中を追いかけるのだった。
広場に着くと、ヒースは中央にある時計台を指差した。
「そうだ、魔守が何秒持つか見てもらえないか?」
「うん、了解だよ」
ラシェルの返事を聞くと、ヒースは魔守に向けて魔法を放った。
ラシェルが使う魔法よりも勢いが強い水の矢が飛ぶ。
その間、時計の秒針と水とを眺めていたラシェルだったが、魔守の効果が保たれたのは、たった数秒の間だった。
ラシェルがかかった時間を言うと、ヒースは次の魔守へと魔法を使う。
結果はほぼ同じだ。次に作った魔守も、同様だった。
魔法を使うヒースの顔色がどんどん悪くなっていくことに、ラシェルは気付いていた。
ヒースは半ば諦めた調子で、次に手にした魔守へと、魔法をかける。
すると、ヒースの魔法は、すぐに無効化された。
ヒースは一度まばたきをした後、水の矢を魔守へと送り続ける。
魔守は三十秒間魔法をかけると効力をなくしたが、それでも強力な魔法に耐えうる出来になったと証明された。
その後、残りの魔守にも魔法をかけたヒースだったが、それらの魔守の効力は、はじめの失敗作たちとほとんど変わらなかった。
「こいつが一番いい出来みたいだな」
ヒースは、長持ちした魔守をラシェルに渡す。
試作品四番の魔守。
ラシェルは、この魔守に魔力を込めていた時の状況を思い出した。
「これって、一番作るのに集中していた時のやつだ……!」
魔法に雑念が入ってはならない。魔法をかけることに集中せよ。魔法学校時代に教師がしきりに言っていた、魔法を学ぶ上での基礎中の基礎。それにもっとも忠実だったのが、この魔守だったらしい。
「まあ、そうだろうな」
「ごめんね、時間とらせちゃって」
「悪くはなかった。四番の魔守はな」
最後の一言が余計だと感じたものの、ラシェルもまたこのやりとりを悪くないと感じていた。
(あなたみたいな魔守を、合わせや本番で作ってみせるからね)
四番の魔守を握りしめて、この魔守へと感謝を送るラシェルだった。
それからラシェルとヒースは、週に二回ほど、仕事の合間に時間を作り、品評会に向けて魔守の評価を行うことになった。
評価と改良を繰り返す中で、やれ発動のタイミングが早いだの、魔守が魔法の威力に耐えきれないだの、魔守が魔法の威力を打ち消す効果が中途半端だの、はじめて二人で評価を始めた時よりも、ヒースは魔守の出来に細かい注文をつけてくることが多くなった。
「おい」
魔守の評価を終えた後、ヒースはまたラシェルを呼ぶ。
「何?」
改善点の他に思い出したことでもあるのかと、考えるラシェル。
「なんか、俺ばかりあんたにいちゃもんつけてる気がしてな」
彼の返答はラシェルが予想したものではなかった。
「ごめんね、突っ込みどころの多い職人で……」
「あんたにはさ、魔守だけじゃなく、魔法に対するこだわりはないわけ?」
ため息をつきながら、呆れたと言わんばかりにヒースは尋ねる。
「ない訳じゃないけど……ヒースくん、どうしたの?」
「あんたの意見が聞きたいんだよ。俺の魔法に何が足りないのか」
「ヒースくんはよくやってるよ」
「俺からしたら全然だ。今思いつかないなら、次の合わせまでに考えてこいよ!」
ヒースはそう言い残して姿を消し、合わせは解散となった。ラシェルにしてみたら突然のことだったために、彼を追いかける気にもならなかった。
ラシェルが見る限り、ヒースは魔法を使う一連の流れを一通りこなせている。それなら何が足りないのか――ラシェルはすっきりしない気持ちで、工房へとひとり戻るのだった。
夜になり、ラシェルが帰宅しても、ヒースが出した問いに対する答えは何も思い浮かばなかった。
魔法の技術はラシェルよりも、ずっと上だ。制御と考えてみても、彼が魔法を使い、止めるタイミングは完璧だし、突っ込みどころもない。
他に何がある。考えなければ、何も得られない。けれども、頭に浮かぶのは同じことばかり。
それならどうして、彼は魔法が得意なのか?
考えるのに疲れ、ひとつの可能性にたどり着いたところで、ラシェルは眠りに落ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます