第4話
「ごめん、答えが出なかった!」
翌日、ラシェルは手を合わせ、ひたすらヒースに謝った。
「そうかよ……」
落胆するヒース。当然の反応だ。
「でもね、その答えを知るために、ヒースがどうして魔法使いを志したのかを知りたいって思った」
ラシェルはまっすぐに、ヒースの目を見る。
「……」
ヒースはうつむき、沈黙したままだ。
「答えたくなかったら答えなくていいよ?」
「いいよ。俺が言い出したことだし……ただ、あんたがどう思っても知ったことじゃないからな」
「うん」
ここまでの問いは、駄目元で聞いたものだった。それでも手がかりが引き出せたことに、ラシェルはほっとした。
「俺が魔法使いを目指したのは、親父とは違う道に進みたかったからだよ」
ヒースの口から紡がれたのは、ラシェルが予想した通りの答え。
「ならどうして、ここの工房にいるの?」
この答えなら気になっていたことを、ラシェルは尋ねる。
「良く言うと折衷案、悪く言うと妥協策」
「そっか……」
「魔守のことも元々そんなに興味はなくて、昔はそれこそ国付きの魔法使いを夢見たりしたさ。けど、俺がいた学校にはもっと魔法ができる奴らがごろごろいてな。好きと得意は違うって悟って、今に至る。嫌でも魔守は目にして、何がいいか悪いかは分かるようになってきたから、魔守を扱う魔法使いになることが一番自分の力を生かせると思っただけだ」
「そうだよね……。私も色々あって魔守職人の道を選んだから、ヒースくんの気持ちはわかるよ」
魔守に興味がなかった、という事実にラシェルは少し悲しくなったのだが、それ以上に、ヒースが抱えていた事情が伝わってきた。
「あんたはあんたの事情があるだろ。一緒にするな」
ヒースはぶっきらぼうに答える。
「そうだけど……夢を諦めなきゃならないってことが、どんなに辛かっただろうって思ってさ」
「そんなこと感じてもどうにもならない」
このヒースの一言から、ラシェルには気づいたことがあった。少し迷ってから、恐る恐る口にした。
「……もしかしたら、ヒースくんの魔法に足りないのは、気持ちなのかも」
「は?」
ラシェルの答えに、ヒースは面食らう。
「想いにフタをして、ただ魔法を使っているだけって感じ」
「そういや、親父にもよく言われたな……」
頭を掻くヒースの目は、どこか遠くを見ていた。
彼は抱えている問題を解決する手がかりを得られていなかったのではなかろうか。そう考えたラシェルは、自分に出来ることはないか、思考を巡らせる。
「そうだ。昔、ヒースくんが魔法を使ってた時どんな気持ちだったか、次の合わせまでに考えてみてよ」
「そうだな……分かったよ」
突拍子のない提案かとラシェルは思ったが、ヒースは納得している様子だ。
「今回は私が考えたんだから、次はあなたの番だよ」
そう、ラシェルは念を押した。
「おはよう、ヒースくん」
翌日、ラシェルは工房へ出勤し、ヒースを見かけるなり、声をかける。
「おはよう」
ヒースは変わらず目を合わせるのが苦手らしかったものの、横顔を覗くと、彼の表情が少し柔らかくなっていることにラシェルは気付いた。
「ねえ、昨日言ったこと考えた?」
「なんとなくはな」
「どんな?」
「魔法を使ってる時、上手く出来た後の感覚が好きだって感じた。何ていうか、達成感みたいな?」
「そうだよね……!」
ヒースの答えを聞くなり、ラシェルは目を輝かせる。
「おい、何だよ」
様子が豹変したラシェルに、ヒースは少し戸惑っていた。
「ヒースくんには、その感覚を大事にして欲しいな。私も魔守を完成させた時、そう感じるもの」
「そうだな……ありがとう、ラシェル」
「いえいえ。じゃあ練習、始めよっか」
魔守の評価をヒースに依頼している間、ラシェルはヒースの魔法を観察していたのだが、魔法自体は今までと変わらないように見えた。一方で、魔法を使うヒースの様子は、以前よりも生き生きとしているように思える。それは彼にとって良い兆しなのだろうと、ラシェルは感じていた。
それから時は流れ、本番の一週間前となり、マシューも含めた合わせが始まった。
ラシェルが作った魔守の質が日に日に上達している様子は明白だった。耐久性のばらつきは徐々に小さくなり、彼女は安定した品質の魔守を作れるようになっていた。ヒースの魔法も、次第にラシェルが作った魔守の特色――発動のタイミングや、耐久性に合ったものとなっていった。
それでも、発表の日が近くなるにつれて、ラシェルの緊張は強くなっていくばかりだった。魔守の解説で言葉を何度も詰まらせたため、マシューとヒースにも悟られたことだろう。それゆえに、本番への恐怖から未だに逃げているとラシェルは感じていた。
「あとはラシェルの気持ちの問題だね」
発表練習を終えてからの、マシューの一言。
「そうですね……」
師の一言が、ただただラシェルの耳に痛かった。
その後、ラシェルは一人で発表練習をしていても、言葉を詰まらせては、自己嫌悪に陥る一方だった。
そこで、夕方になってから彼女が向かったのは、アンジェの元だった。彼女もちょうど店の閉店作業を終え、一息ついた所のようだった。
「あの、アンジェさん」
「何かな?」
「明日のお昼、お店の見学をしてもいいでしょうか」
「私は構わないし、お母さんにも聞いてみるけど……どうして?」
「アンジェさんの接客を見習いたいって思ったんです。まだ、発表練習の時に言葉を詰まらせてしまうので」
「そっか……なら、任せてよ」
「ありがとうございます!」
ラシェルは目を輝かせ、お辞儀をする。アンジェが突然の頼みを快く引き受けてくれたことに、ほっとした。
「そうだ、ヒースとは上手くいってる?」
思い出したように、アンジェは尋ねる。
「はい、おかげさまで」
ラシェルの言葉に、迷いはなかった。
「なら良かった。じゃあ、また明日ね!」
そんな彼女に安心したのか、アンジェは笑顔で手を振った。アンジェの明るさ、物怖じのなさを眩く感じながら、ラシェルは手を振り返した。
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