第2話
「二人とも、おかえり。ラシェルはちょうどいい所に来たね」
ラシェルとアンジェが工房に戻るなり、四人掛けの丸テーブルへとマシューが手招きをする。彼の横には、銀灰色のくせ毛の少年・ヒースが仏頂面で座っていた。
「品評会の話ですか?」
恐る恐る、ラシェルはマシューへと尋ねる。
「話が早くて助かるよ」
答えたマシューは、相変わらずの笑顔だった。緊張感を感じながら、ラシェルは椅子に腰掛けた。
「ラシェル、頑張って」
アンジェはラシェルへとこっそり囁き、背中を軽く叩く。そんな彼女の優しさに感謝しながら、ラシェルはマシュー、ヒースと向き合った。
「二人とも、案内は読んでいるね?」
「はい」
ラシェルとヒースはマシューへ頷き、案内の紙を再確認する。
品評会では、職人による魔守についての説明と、魔法使いによる魔守の実演を行い、その中で魔守職人の腕と魔法使いの腕、その両方が評価される。評価項目は、魔守の効果と耐久性、魔守の発動のタイミング、魔法使いが使った魔法の技術など。売れる魔守を作るためには、どれも欠かせない。加えて、基本的に魔守の効果は一度きりであるため、本番の魔守の出来もまた評価に大きく関わってくる。
三人が話をしていく中で、ラシェルが作る魔守とヒースが使う魔法が決まっていった。
品評会に出す魔守は、マシューの工房の専門である、水魔法の暴走を抑制するものだ。この魔守には、瞬間的に魔法を止めるもの、持続的に一定時間魔法の威力を打ち消すものなどがあるが、ラシェルに提示された課題は後者となった。
すなわち、ラシェルは魔守の耐久力を、ヒースは長時間魔法を使う際の集中力を試されるということらしい。
「じゃあ、これで決まりだね。ラシェルにヒース、準備をよろしく頼んだよ」
マシューの言葉によって、打ち合わせは終わった。
「わかりました。よろしくね、ヒースくん」
「よろしく」
ラシェルはヒースの方へ向かい、挨拶をする。けれども、彼が自分と目を合わせないことが、少し気がかりだった。
その後、ラシェルは工房にこもり、仕事のかたわら、試作品の魔守を作ってみた。
仕事で売り物として作る初級魔法用の魔守よりも、ずっと耐久性の高いものだ。刻むべき刻印も、更に細かい。
魔守の刻印は、魔守の効果を発揮するために彫られる基礎的な形をもとに、効果が発動する時間など魔守の特色を生かすために、アレンジの装飾を加える。このアレンジもまた、魔守職人の腕の見せ所だ。
ラシェルが即興でアレンジを加えた刻印を刻み終わり、ようやく魔守が完成した頃合には、既に夜になっていた。
検証をヒースに頼む前に、工房内で、まずは自力で検証をしてみる。工房は広くないため、ごく初級の魔法しか使えないのだが、これはお試しのお試しであるので、問題ないこととした。
ラシェルは魔法の杖を右手に構え、呪文を唱える。すると、杖の先に、小さい水球が現れた。
魔守へ向けて、毛糸を転がすように、水球の水を線状に発射していく。
魔守は水球の威力を弱め、霧に変えたものの、すべての水が霧になる前に、魔守の効果は消えてしまった。魔守の周りには、水球を構成する水の一部が残っていた。
初級魔法に対しても効果が薄いあたり、失敗だったらしい。
「この出来じゃ、とてもじゃないけど検証なんてお願いできないよ……」
ラシェルは作業机を拭きながら、ため息をつく。
だが、ここで諦める訳にはいかない。そうなっては塞ぎ込んでた時期の二の舞だ。無理矢理に喝を入れたラシェルは、一旦机に突っ伏し、考えをまとめた。
少し悩んでラシェルが決めたのは、魔守の刻印のアレンジについて記した本を読み、気分を変えることだった。
工房から出て、本棚へと向かうと、ラシェルはある人物を目にした。相方の魔法使い、ヒースだった。
「ヒースくん、こんばんは……」
効き目のなくなった試作品の魔守を握りしめて、軽く挨拶をする。ラシェルの声は、わずかに震えていた。
「何魔守握ってるのさ?」
ヒースは不思議そうに、ラシェルの魔守をちらりと見る。
「何でもないよ!?」
魔守を胸に押し付け、ラシェルは焦る。
「さては、幽霊が出るとでも思ってる?」
追い詰めるかのように、さらにヒースは問いかけた。
「思ってないって。でも、師匠が言ってたからさ。『魔守は人に勇気を与えるお守り』って」
「そうかよ。なら、意味もなくビビってて大丈夫なのか?」
「合わせの時までにはなんとかするから! 私、本を取りに行くね!」
ラシェルはそう言い残して、そそくさと目的の本を探しに行った。
ヒースから逃げ出したような態度に罪悪感を感じるラシェルだったが、彼との会話で、思い出したことが一つあった。
それは勇気。自分自身が勇気を持つために、誰かに勇気を与えるために、魔守職人を志したのではないのか。ラシェルは自問自答した。
そうとなればやることは決まっている。
「私だって、勇気を持てるような魔守を作ってみせる」
ラシェルは決心を胸に、本を数冊持ち出して、工房へと向かったのだった。
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