病弱で色白な幼馴染に保健室で告白してみた

久野真一

病弱で色白な幼馴染に保健室で告白してみた

 腕の中で彼女が身じろぎをする。

 目を合わせてみると、とても優しい目をしている。

 制服越しに伝わる体温。

 押し付けられる二つの膨らみ。

 ほんのり漂う汗の香りと甘い香り。

 周りを見渡せば全体的に白を基調とした色合い。

 こんな光景が日常になってる事に少しだけ違和感を覚える。


「ありがとうね。本当なら防斗さきとも授業受けなきゃなのに」


 腕の中の彼女、内田直美うちだなおみが囁く。

 幾分申し訳無さそうな声色を滲ませながら。


「気にすんな。俺がこうしたいから来てるだけだって」


 なんて言えるほど格好いい動機じゃない。

 最初は同情だった。

 いつしか、それは尊敬に変わって。

 気がついたら恋心になっていただけのこと。


「うん。そうだね。それが私達だもんね」


 少し距離を離したかと思えば目を閉じて何やら待っている様子。

 ごくりと生唾を飲み込む。

 綺麗で白い肌に触れながら、そっと唇をあわせる。

 何度かそれを繰り返すと、くちゅりと水音が聞こえる。

 

「こういう時、直美は甘えん坊になるな」


 自慢の腰まである長い髪を撫で付けながら優しく言う。


「嫌なら、やめるけど」


 少し落ち込んだような顔色に声。


「嫌なんてわけないだろ。頼ってくれるのは嬉しいぞ?」


 病弱でたびたび保健室の住人になる直美は中々深い関係を築けない。

 いつも調子が悪いわけじゃないから時にずる休みというやっかみすらある。

 そんな彼女を支えられてる事は時々誇らしく思う。


「じゃあ、野暮なこと言わないでほしいんだけど」


 空気読めと言わんばかりの強い口調で睨まれながら言われてしまう。

 こんな顔も好きだと言うのは毒され過ぎだろうか。


「悪かったって。で、調子はどうだ?」


 本題を切り出してみる。


「う、うん。だいぶ熱は下がったみたい。私の身体が恨めしいよ」


 下を向いてため息一つ。


「だよなあ。わかりやすい病気なら話は楽なんだけど」


 直美は小さい頃から病弱だった。

 遠足や運動会の当日に熱を出して休むこともしばしば。

 それでいて、平気な時は平気。

 病弱な彼女はあちこちの病院に診てもらったのだけど、病名はつかず。

 「心身症の類かもしれませんね」

 ある医者はそう言った。

 「自律神経失調症ですね」

 また別の医者は言った。

 つまるところ、身体にはなんら異常はないのだ。

 ただ、熱を出したり目眩、耳鳴りなどの症状は実際にある。

 だから、心から来る身体の病気ではというのが医者の見立て。

 それにしてもちゃんとした病名がつかないのは医学の限界を感じる。


「気のもちようかと思って、色々試しても治らないし」


 結局、心が原因となると出来る事は限られている。

 ストレスを溜めない。心を穏やかに保つ。

 規則正しい生活をする。などなど。

 直美は昔からそんな事をずっと続けてきた。

 ただ、一時的に改善することはあっても、やっぱり治らない。


「それがこうすると途端によくなるのが不思議だよな」


 保健室でつらそうな直美が見ていられなくて。

 俺がついているんだと咄嗟に抱きしめたのが今年の七月頃。

 ついでに求められるままキスにも応じてしまった。

 すると、不思議な事に彼女の症状はだいぶ軽快するのだ。

 医者に言うことでもないし、未だに原因はわからない。


「あ、でも。私は防斗とキスするの、やじゃないからね?」


 その言葉にドキンと鼓動が速くなるのを感じる。

 はにかみながら言われるその言葉は男殺しだ。

 たぶん、誰かがこの現場を見ればアツアツの恋人同士。

 でも、実はまだ俺と直美は恋人同士ではない。

 こうして時にキスをするけど、想いは伝えあっていない。


「そ、それは。俺も嫌じゃない……ていうか、嬉しいし」


 当然の事だけど好きな女子とキスするのが嫌なわけがない。

 正式な恋人じゃないのに少しモヤモヤを感じるけど。

 直美は俺の事をどう思っているんだろう。


「ありがと。よし!勉強に戻るね!」


 ベッドから起き上がると、彼女専用の勉強机にさっと向かう。

 こういう切り替えが早いところは男として少し寂しい。

 でも、本来は授業中なわけで、それが正しいんだろう。


「じゃあ、俺も勉強するか」


 直美は厄介な、病のようなそうでないような体質だ。

 学校側も体調不良時に勉強出来るように保健室に勉強机がある。

 俺は俺で彼女の体質をもっとも把握しているということで、直美の世話をする時は授業を抜ける事を認めてもらっている。


(でも、勉強出来る心理状態じゃないんだよなあ)


 考えてもみろ。好きな女の子と抱きしめ合ってキスもした後。

 健康な男子高校生としてはムラムラ来るのも無理はない。

 そう言いたい。だけど、そもそも学校で致すのは非常識として。

 恋人ですらない俺が手を出すなんて選択肢はない。


(深呼吸、深呼吸)


 大きく息を吸って吐いてを繰り返すとだんだん情欲も落ち着いて来る。

 ようやく、勉強を脳が受け付ける状態になってきた。

 ふと、直美の様子が気になって振り向いてみる。

 淡々と教科書を読みつつノートを取っているようで、でも、少し様子が変だ。

 なにか微妙にそわそわしているというか。


(そっと様子見てみるか)


 抜き足差し足でなるだけ足音を立てないように背後に忍び寄る。

 カカカっと何やら走り書きをしている様子で、そのたびに頭を抱えている。

 どういうことだ?


 気づかれないようにノートに書かれている内容に集中してみる。


『なんで、まだ好きも言えないんだろう』

『勉強よりイチャイチャの続きがしたかったのに』

『これを書いてる私がどうかと思う』

『キスはやっぱり気持ちいい』

『だから、なんでこんなこと考えてるの、私』

『告白して断られたらショックだし』


 書かれている内容はなんともはや、予想以上だった。

 予想外過ぎて笑いを噛みこらえるのが大変だ。


(直美も悶々としてたんだな)


 ここ数ヶ月続いている恋人のような恋人でないような距離感。

 それを先に進めたいと思っているのは俺だけじゃなかったんだ。

 それがわかって不思議な程ほっとしていた。


 直美との仲ていうのも不思議なもんだ。


◆◆◆◆


 最初はマンションのお向かいさんな物静かな女の子だった。

 学校を時々体調不良で休む、身体の弱い子。

 会えば挨拶はするし、タイミングが合えば一緒に登校もする。

 学校でも登下校でも雑談はするけど、家に遊びに行く程じゃない。

 知人以上友達未満の距離感だった。


 そんな関係が変わったのは小学校五年の頃だったか。

 保健室常連の彼女は例によって、体調を崩していた。


「すいません。保健室行きます」


 先生も事情をわかっているから、特に何も言わない。

 ただ、その時は算数のテストがある時限だった。

 タイミングが悪かったと言えばそれまで。

 でも。


「なんかさー、内田ってほんとはズルしてんじゃねーの?」


 薄々他の誰かも疑問に思っていたんだろう。


「わかるわかる。病気のはずなのに平気な事も多いし」

「な。病気を理由にしてテストサボったんだぜ」

「あー。いいよな。便利な病気」

「ちょ、ちょっと。さすがに言い過ぎだよ」

「なんだよ。お前だって実は仮病だって思ってるだろ」

「け、仮病はひどいよ。熱出てた事もあるし」


 保健室に時折付き合っていた女子は必死で反論していた。

 確かに熱が出て体調を崩していたのを見たから当然だろう。

 ただ、ガキにはそんな言い分は届くわけがなくて。


「なんかさ。体育も苦手な授業の時だけ休んでないか?」

「あ。そんな気がする。鉄棒の時だけ体調不良になってる」


 もう言いたい放題だった。

 この時分のガキというのは他の子がズルをするのが嫌いだ。

 だから、嫌いな授業をパス出来るのが「ズル」に見えたんだろう。


 僕は同じマンションということで、彼女が本当に病気な事は知っていた。

 確か、昔、母さんに「直美ちゃんってどんな病気なの?」

 なんて聞いたことがあった。

 「そうねえ。心が身体に悪戯をする病気かしら」

 そこから、しんどい気分になると本当に体調を崩すこととか。

 あるいは熱を出すこともあるなど、色々教えてもらって。

 「だから、直美ちゃんがズルしてるとか思っちゃ駄目よ」

 堅く言い聞かされたのだった。


「ねえ、みんな。やめようよ!直美ちゃんはズルなんかしてない!」


 もう見ていられなかった。

 同じマンションに住んでいて、綺麗な彼女への恋心もあったのかもしれない。

 でも、とにかくズル扱いされるのは心が傷んだ。


的場まとばはひょっとして内田の事好きなのか?」

「よく一緒に登校してくるよねー」

「一緒に話してるのもよく見るし」


 ああいえばこう言うというか。好きだから庇っていると思われたらしい。

 教室が騒然とするなかで。


「いい加減にしなさい!」


 当時、担任だった女の先生が一喝。

 ざわざわとしていた教室が一瞬で静まり返った。


「内田さんは本当に辛い病気を抱えています。そういう病気の人をズルだとか言ってはいけませんよ。それに、的場君をからかうのもやめましょう」


 教室中がシーンとした。一様に気まずい顔をして。

 僕はと言えばその担任の先生を尊敬したものだった。


 ただ、それ以降表立って言われなくはなったけど今度は別の問題が発生した。

 色々なグループが彼女をハブるようになったのだ。

 そのたびに諦めたような顔をしている直美ちゃんはとても辛そうで。


 ある日の帰り。たまたま下校が一緒になったので言ってみることにした。


「直美ちゃん。ごめんね。色々……」


 なんで謝っているのかわからなかったけど、とにかく申し訳なかった。


「どうして、防斗君が謝るの?」

 

 見返した彼女は純粋に不思議そうだった。

 だって、可哀想だったから。その言葉は飲み込んだ。


「あ、だって。色々な子に無視されて……」


 その様を見ていた僕は、可哀想に思いつつも積極的に庇えなかった。

 だからこその「ごめんなさい」だった。


「それは仕方ないよ。防斗君のせいじゃないし」


 その頃の彼女はどこか暗い顔つきで、でも、達観しているところがあった。


「でも、直美ちゃんが無視されてるのを黙ってみてたし」

「防斗君はとっても優しいんだね」


 どうして助けてくれないの?そう責めて欲しかった。

 でも、直美ちゃんの心は強くて。


「前に先生から聞いたよ。私が保健室に行ってた時、庇ってくれたって」

 

 ああ、そうか。その事を彼女が知っていても不思議じゃない。


「それは。僕が最低限言わないと、って思ったから」


 それにしたって、結局は担任の先生のおかげで解決したこと。


「やっぱり優しいよ。あの、もし良かったら、少しだけ悩み、聞いてもらえる?」

「うん」


 そうして彼女は初めて色々抱えているものを聞かせてくれたのだった。

 昔から熱を出したり、身体がだるくなったりすることがしゅっちゅうあること。

 でも、学校を休んだり保健室に行くと何故か途端にだるさが消えたりすること。

 色々お医者さんを回っても「自律神経失調症」とか「心身症」という

 よくわからない病気としか言われない事。

 自分自身、ひょっとしてズルをしているのかもしれないと思う事。


「直美ちゃんは強いんだね」


 一通り聞いて思ったのはそんなことだった。

 彼女はいつだって大人しくて穏やかで。

 無視された時もただ仕方ないか、という顔で。

 泣き言を言っているのを一言も見たことがなかった。


「え?」

「だって、僕だったら、そんなの辛くて。学校に行けてないよ」


 なのに、彼女は出来るだけ学校に来ようとしていた。

 そんなあり方に、少し尊敬の念を持ったのだ。


「そんな事言われたの初めて。でも、ありがとう」


 今まで見たことがない、華が咲いたような笑みで。

 そうお礼を言われた僕は、何か落ち着かない気分だった。


「で、でも。これからは僕が味方になるから!」


 思い返せば必死だった。


「味方?」

「うん。辛かったら僕にだけは言って。お母さんに、お父さんに相談出来なくても僕にだけは言って欲しい。クラスメートにも説明するから」

「なんで?なんで、そこまでしてくれるの?」


 その問いは意表をつくものだったけど。


「えと。友達でしょ?友達を助けたいだけ、だよ」


 心の底でうっすらと恋心があったけど、それは見ないようにした。


「そっか。じゃあ、初めての友達だね」

「うん。それと、僕だけは直美ちゃんの味方だから。約束」

「いいの?大変だと思うけど」

「いいの!友達だからそれくらい当然!」

「じゃあ、約束。嘘ついたら針千本の~ます」


 思えば、非常に重たい約束だった。

 何もわからない歳頃じゃない。

 それ以来、直美と僕の距離はどんどん近づいて行って。

 僕も他の誰にも言えない悩みを彼女にだけは打ち明けるようになった。


 少し変わった友達関係だったけど、大きく変わったのは中二の頃。

 ある時、唐突に気づいてしまったのだ。


「ああ、俺って直美の事が好きなんだ」


 きっと、直美が成長して行って。

 女の子らしく胸が膨らんで、身体つきも変わって行くにつれて。

 性を意識するようになった俺も彼女に劣情を向けるようになって。

 もちろん、嫌われたくなかったから表向きは今まで通りだった。


 一方、直美の方も俺への接し方が変わってきた。

 「デートしよ?」ってそんな風に遊びに誘うようになってきた。

 内心、好きな彼女とデート出来るのがとても嬉しくて。

 そんな距離がずっと続くのだと思っていた。

 ただ、高一の七月、保健室で。

 雰囲気のままに抱き合って初キスをしてしまった俺たち。


 以来、なんだかわからない曖昧な関係が続いている。


◇◇◇◇


「なあ、何の勉強してるんだ?」


 少し意地が悪いけど、聞いてみた。


「え?そ、それは数学とか……」


 振り向いた直美は面白い程狼狽していた。

 そわそわして落ち着きがない。


「「勉強よりイチャイチャの続きがしたかった」んじゃないのか?」


 なんだろう。ちょっと楽しい。


「防斗。ま、まさか私がノートに書いてた事、見て……」


 顔がみるみる内に真っ赤になっていくのが可愛い。


「見てた。凄い嬉しかったぞ」


 俺の事考えて悶々としてたとか、嬉しいに決まってる。


「う、嬉しいって。どういう意味?」


 やっぱり落ち着かない様子で。耳まで赤くなっている。

 汗もだらだらで、これは熱出てそうだ。


「俺も直美の事好きだったから。ずっとモヤモヤしてたんだ」

「そ、そうだったの?」

「好きでも無い女子とキスしないぞ。俺は」

「う、うん。それはわかっていたんだけど。自信がなくて」

「それは俺も同じ。なんで告白してくれないんだろうって思ってた」


 結局、お互い様だけど。


「そっか。私も、防斗の事が好き。こうして熱が出ちゃうくらいに」


 やっぱり自覚してたらしい。


「その。大丈夫か?たぶん、かなり興奮してるだろ?」

「興奮って言わないで!」

「あ、悪い。いやでも、結構熱あるのは確かだろ」

「告白の時に、それで逃げても仕方ないから」


 呼吸が荒く、汗もだらだら。

 顔も耳も真っ赤。こんな告白はそうはないだろう。


「じゃあさ。俺の恋人になってくれるか?」


 話を長引かせても負担だろう。


「う、うん。私の方こそ。あ、なんだか急にほっとした」


 みるみる間に汗が引いて、顔色も徐々に白さを取り戻して。

 直美の抱える病気は本当に厄介だと思った。


「じゃあさ、さっきのイチャイチャの続き、するか?」

「た、タイミング!」

「悪い」

「でも、ちょっとなら……したい」


 気がつくと保健室のベッドに座って手招き。

 隣り合うと、幸せそうな顔の彼女。

 目を閉じて、唇を突き出してくる直美に。

 恋人になってから初めての口づけをしたのだった。


「もうちょっと早くこうしてれば良かった」

「俺も。反省だな」

「でも。なんだかとっても安心する」


 その言葉通り、彼女の様子はすっかり落ち着いている。


「無意識の内に告白してくれないのがストレスだったのかな」

「どうだろ。直美の体質考えるとあってるかもだけど」

「本当に、私の病気って厄介」

「でも、そのおかげで出会えたわけだし」

「うん。これからは、もっと楽しくなりそう」


 というけど、俺には一つの懸念があった。


「デートの時に体調壊したら、言ってくれよな」

「うん。もちろん」

「直美はなんか無理しそうだし」

「う。少しは」

「無理な時は、家で二人でゆっくりしようぜ」

「えと。そういう時って。エッチとかも?」


 気が早い。


「そ、それは。いずれは出来ると嬉しいけど。急ぐことじゃないって」

「私の身体、貧相だからあんまり魅力ない?」

「いやいや。なんでそこで凹むんだよ」

「だって。恋人になったら、当然男の子はしたくなるものだって……」

「そこまで狼じゃないぞ、俺は。とにかく、またそういうのはいずれ、な?」


 俺たちの恋人としての明日は前途多難だ。

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