第3話
しばらくの後、カンデは、ベッドに入り眠った。カンデの夢の中に、10年ほど前の彼の世界が姿を現す。
☆ ☆ ☆ ☆
転生し、レイナの無邪気な笑顔をひとしきり懐かしく思ったすぐ後に、僕は、フライを唱え、あらん限りの高さまで昇っていった。
まず、遠くを見た。遠くを見た。
あった、深い森と、その先の塩湖だ。
あそこで何かが起きる。カンデとしての僕から父上を奪い、兄と姉たちを奪う何かが。調整と福音とを授かった僕の周りで、幾度も幾度も、それは起きていた。
僕は、はじめての涙を流した。
☆
僕、カンデはこの後、レイナと共に、リヒタイン侯爵領の西の外れのおうちに帰り、ラディール家の兄と姉たちに温かく迎えられる。そして、父上と晩餐を取る。それは、世紀末の世界でどこかに一時的に保護されているだけだった僕にとって、はじめての家族との暖かい時間だった。その後、大精霊マリンの加護を得て、精霊使いを目指すことができるようになる。それは、父上がまさしく望んでいるところの話だった。
そう、僕は父上と過ごした短い時間に、精霊のこと、精霊使いのことを聞いた。父上は、僕を書斎で連れて行ってくれて、精霊様の導きについて書かれた精霊の百典書を僕に見せてくれるのだった。百典書では、三大聖霊が一体として紹介されている大精霊マリンのことも目にすることになる。三大精霊様に憧れの気持ちを持った僕は、後に大精霊マリンの加護を得られたことを誇らしく思うのだった。
それでは、いけない。今ならば分かる。僕を加護する精霊の
涙=ティア。それは、世紀末の世界で、幼く5歳の僕が渇望していた感情の一つだったかもしれない。あの世界では、僕は感情をうまく表現する術をまだ学べていなかった。
転生しカンデとなった僕の身体は、既に笑顔を知っていた。そして、ラディール家の兄弟姉妹も父上も母も、やさしく笑顔にあふれていた。その後で、僕たちも涙を流すことになる。そして、マリンの加護を得た僕は、皆に導かれ何かに立ち向かった。そのことは、ぼくの周りで幾度も幾度も繰り返されていた。ただ、僕が加護を得た後に起きることは、それぞれに異なっていた。何度も何度も繰り返されるうちに、それらの出来事は僕としての記憶の中で重なり合い積み重なっている。無数の涙が僕の中で溜まっている。
無数の涙の記憶溜まり。それが、この地に転生した僕が得てきた全てなのかもしれない。でも、それは、父上母上の優しさに何度も何度も触れることができるということでもある。僕は、その優しさを受けて、皆の笑顔を守るために、その無数の涙を精霊ティアに与え、その加護を持って、皆が笑顔でいられる未来を造るのだ。
僕は、涙を拭い、広がる大地をもう一度眼下に捉えると、この地に降り立つ。
☆ ☆ ☆ ☆
目を覚ましたカンデは、何年も前に流したはずの涙が夢を通じて、今も心の中を伝っているような不思議な感触をしばらく味わう。
思慮深い騎士であるカリスト父上が家長のラディール家で、カンデは、はじめて家族の優しさというものを知った。ほどなくして、父上は隣国との戦の場で裏切りにより、亡くなってしまう。ラディール家の残された家族に陰謀の手が迫り、カンデは、兄と姉の過半を失ってしまう。
こうした出来事を、眠りに落ちた後のカンデは無数に繰り返してきた。そして、加護する大精霊の真名をついに知った彼は、涙を祓った後に立ち上がる
夢の中、彼は大精霊ティアのフルイドの加護を片足を失った兄のリンパに与え、生き生きと動く義足を造り出した。兄は、騎士として再び満足に戦えるようになった。
長い夢が終わり目を覚ました彼は、そして、兄が騎士団において今なお存命である世界にいることを知る。
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