第2話

 学生たちは、月初めの座学で当月の造形課題を学ぶ。噴水の造形の場合は、以下が手順となる。


 はじめに、岩の加護ある精霊の力により、地面を盛り上げ、内部が中空の脈路を持つ岩を作り上げる。次いで、土の加護ある精霊の力で、その岩を取り囲み粘土による造形を与える。そして、火の加護ある精霊の力で、その粘土を焼き固め、表面に滑らかで流麗な紋様を施し、噴水造形ができあがる。最後に、水の加護ある精霊の力を噴水に与えることで、流麗な水の噴き出しが実現し、ひとまずの完成となる。水の動きに華を与えるがために、さらに風の加護ある精霊などの力を借りることもある。


 しかし、岩、土、火、風、水、などに大別される聖霊の加護のそれぞれには、個性がある。大多数の生徒は1種類の精霊の加護しか受けていない。毎月の演習では、月の半ばまでに学生たちは当月の協技きょうぎグループを組み、連名で計画書をまとめることになっている。協技きょうぎ計画書は、工芸院教師による評価対象となる。誰と誰が組むのが良いのかといったあたりで、学生たちは毎月やいのやいのと議論になるものだ。


 工芸品の造形における多くの工程は、岩の加護ある聖霊と土の加護ある聖霊の力に、よって担われる。岩や土など固系聖霊ソリッドの加護を賜っている者は、男子が多い。工芸院がまとめた精霊工芸大全によると、岩の加護は、精霊の恵みを受けるパーティクルには数千の種類があるのだという。同じく土の加護の精霊も、数百の種類があるとされる。

 そんなこともあり、本日の演習庭でも、多くの男子学生たちが、この系列の岩の加護ある精霊は、この系列の土の加護ある聖霊と組み合わせるのが良いといった議論に熱を上げている。世の法則性を司る、ことわりの加護を賜った者も議論に加わり、岩と岩、岩と土、土と土の相性の理を説いている。

 他方、火、風、水など液系聖霊フルイドの加護を賜る者には、女子が多い。その中でも、火の加護は、焼き上げやなめしのような工芸品の仕上げに欠かせない。土と岩の相性談義を終えた男子たちが、同級生の火の加護を持つ女子におずおずと声をかけるのは、工芸院ではおなじみの光景である。工芸院での出会いと協技きょうぎがきっかけとなり、卒業後に夫婦めおとの職人となっていく例も多い。

 同じ液系聖霊フルイドでも、風の加護はフラージアの精霊彫刻のように単独で用いられることが多い。水の加護は、造形を終えた、プールや温泉や噴水などに水を流し込むなど、基本的に他の工程と独立している。そんなこともあって、フラージアとカンデは、学生の頃からクラスの輪から外れる事が多く、輪から外れたことが2人の出会いのきっかけとなっていた。


 午前のうち、カンデは、学生たちの造っては壊しの、造形の様子を見ながら学生たちの間を歩く。学生が筋よく中が穿うがたれた岩を造りあげることができていた場合には、水の加護を呼び出し、試験的に水飛沫を飛ばしてあげたりする。噴水の水管としての用が足りるほどに岩を穿うがくことが出来ていない学生には、飛沫を造り出す立場からアドバイスを送る。造形が固まり岩に粘土が巻き付いたグループでは、火入れを始めているものもあった。リヒタイン侯国の協技きょうぎにおいて、岩、土、火の精霊からのそれぞれの加護のイメージが固まった後は、あっという間に造形を造り出すことができる。

 午後の早くに、学生たちはグループに分かれ、順々に作り上げた造形の発表を行っていく。カンデは、一つ一つの造形に合わせて水飛沫を飛ばしてあげる。学生たちは、水飛沫が飛ぶたびに歓声を上げたり拍手をしたりした。演習の終わりに学生たちに改めて挨拶し発表の講評をしたカンデは、昼の仕事を終えた。

 

 ☆

 

 工芸院を出たカンデは、《フライ》の魔法を唱え、南の森に向かう。

 眼下に森の大岩が見えてきた。カンデは、《フライ》を弱め、大岩の側に降り立つ。

 大岩が、大餓狼キガウルフの造形物となっているのをカンデは見てとる。少し小さな他の岩にも、怪異が造形されている。昼の間に、フラージアが一心に楔石チタナイトを操り造った造形物たちであろう。

 

 フラージアの脇に立ちながら、カンデは、

 「怪異たちを彫刻するのが最近のテーマなのかい。」

 と聞く。

 「あぁ。風の加護の精霊を賜りながらも、私は、撃って穿てば血が出る怪異を狩るのは、どうしても苦手なものだから。代わりに、一度怪異たちの身になったつもりで怪異を岩に彫ってみようかと、思ったんだ。世界で初めての鑑賞者として、見てやってくれ。」

 と、フラージアは答えた。

 

 カンデは、迫力ある岩の造形物が動き出すさまが思い浮かぶほどに、風の加護を受けた作品を眺め続けた。


 日が西に傾いた頃、フラージアは、アイテムボックスに今日の造形を与えた精霊の加護を保存セーブした。精霊の加護から解き放たれた大岩たちが、元の形へと戻る。 

 そして、2人は、風の加護に導かれながら、宿舎へと飛び立つ。

 2人の宿舎は、リヒタイン侯国常備軍の近衛兵舎に併設されてある。2人のように、水や風など加護の大きい液系聖霊フルイドを賜った者は、有事には、軍事的価値を持つ。軍属ではない2人に、近隣国への牽制の意味を込め、侯爵様は公費で2人の住まいを提供し、近衛兵がその宿舎を護っている。

 

 

 ☆

 

 部屋に戻ったカンデには、夜にやらなければならないことがある。

 

 まずは、コーヒーを入れると、椅子に座り気を落ち着ける。しばしの後、カンデは目を瞑る、身体のうちに在る、大精霊マリンの水の加護をひとつひとつ辿っていく。作物に恵みの雨を送る最幸の精霊としても世に知られるマリンの加護は、ソルト、アクア、アイス、そして、ボイド(泡)に分かつことができる。先程の噴水の小さな飛沫の場合は、アクアとボイドの加護を組み合わせている。明日から、アイスの加護を分かつ妹のレイナと共に北の大地に赴いて行うこととなっている、厳寒の滝の造形では、アイスの加に少しのソルトで最硬の氷柱つららで造形の土台を造り、アクアの加護で荘厳な滝の流れを与えることとなる。

 だが、この大精霊の加護は、この4つにとどまらないはずなのだ。さらなる加護を夜のカンデは探る。

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