理想の姉の実

シカタ☆ノン

理想の姉の実 【短編】

 鉄平は優しい姉が欲しかった。


 例えば、風邪を引いたら頼んでもいないのに会社を早退して近所のスーパーで買い物をし、ネギの飛び出した買い物袋を持ってアパートにやってきたかと思うと、「どうせちゃんと食べてないんでしょ?」とか言いながら卵とネギの温かいお粥を作ってくれて、鉄平がお粥を食べていると、「それにしても汚い部屋ねぇ。ちゃんと掃除もしなさいよ。」とか言いながら部屋の片付けをしてくれて、帰り際には「ちゃんと病院行くのよ。」と、温かい言葉を玄関口で言ってくれるような優しい姉だ。




 だが現実はと言えば鉄平は二人兄妹の兄であり、裕福な両親に力いっぱい甘やかされて育った妹の美香は我儘放題で、鉄平のような頼りない兄ではなく、もっと快活で友達に自慢できるような兄が欲しかったと言っている。


 ないものねだりなところは、やはり兄妹と言うべきか・・・。




 美香が大学に進学し、大学に慣れてきて実家を出て暮らしてみたいと鉄平のアパートに転がり込んできてもう2か月。


 ご多聞に漏れず、裕福な両親のお金で大学生の分際で2LDKの部屋に住まわせてもらっている身分の鉄平としては、娘の一人暮らしを心配する両親に妹の居候を抗議するほど心は狭くない。




 そんな美香が、「夏休みを利用して、2週間ほど友達とオーストラリアにホームステイに行くことにしたから。」と言ってきた。


 相変らず親の金にものを言わせてやりたい放題だなと鉄平は呆れたが、それを言うとまた喧嘩になるので言わないでおいた。


 美香がいない間は口喧嘩もなくなるし、近所のコンビニにパシらされることもないので万々歳である。


 それに、鉄平には美香がいない間にやってみたいこともあった。




 鉄平はその日の夜に、早速あるサイトにアクセスしてお目当てのものを探した。


 「活動期間ってのが選べるのか。1週間単位で最長は1年か。うーん、美香のいない間だけだから1週間でいいかな。」


 鉄平は楽しそうにブツブツ言いながら発注ボタンをクリックした。



 ☆☆☆



 発注した荷物は美香が出発する前日の晩に届いた。


 美香に見つからないように自分の部屋で荷物を開封すると、中には『理想の姉になる実』と書かれた袋に種のような物が一粒入っていた。


 同封されていた説明書を読むと、種から木を育てて実を収穫するまでの簡単な手順が書かれていた。




 『種を植えて、実から『理想の姉』が出てくるまでは約一週間です。実はとても大きくなりますので、あらかじめ広いスペースで育ててください。水のやり過ぎや、直射日光は避けてください。性格に影響が出ることがあります。』




 説明書の裏面には、『理想の姉の設定』が書かれていた。




 『25歳のOLです。早くに両親を亡くし、姉弟二人で手を取り合って生きてきました。同じ会社の恋人との結婚が決まっており、結婚前の最後の姉弟の時間をあなたと大切に過ごそうと考えています。設定寿命は1週間です。』




 鉄平は「予想外だな・・・。まさか種とは。」と呟いた。


 もちろん鉄平もそんな種から生身の人間が出てくるなんて思ってはいない。


 ただ流行りのAIか何かで、優しい言葉をかけてくれるような映像か声でも聞ければいいな程度に考えていたのだ。




 騙されたつもりで部屋の中にプランターを用意して種を植えてみると、すぐに芽が出て次の日の朝には1mほどの木になっていた。


 朝目を覚ました鉄平は成長した木に驚いて思わず声を上げてしまったが、美香に何事かと聞かれると悪夢で起きたと誤魔化した。


 まさか部屋で理想の姉を育てているとは言えなかった。




 空港まで美香を送る車の中で、「今回のホームステイに関しては小言は言わないのね。」と美香が言った。


 「正直またムダ使いして、とはちょっと思ったけど、よく考えたらホームステイなんていい経験だし、楽しんでこいよ。」と鉄平は言った。


 美香は何も言わずじっと運転している鉄平を見ていた。


 鉄平は部屋で育ててるものに美香が気付いてるんじゃないかとヒヤヒヤしながら運転した。


 空港で鉄平が美香の荷物を下ろして、「じゃあ、気を付けて行って来いよ。」と言うと、美香は俯いて「ありがとう・・・。行ってきます。」と小声で言った。




 ☆☆☆




 部屋に戻ると、ソフトボール大くらいの白い実がなっていた。


 その実は自身の重さで枝をしならせ、部屋の床にゴロンと転がっていた。


 鉄平は慌ててクッションを持ってきて実をその上に載せた。




 実は順調に成長し、1週間後には部屋の半分を占拠するほどの大きさになった。


 今にも割れそうに育った実から目が離せなくなった鉄平は、夜通し固唾を飲んで見守った。


 明け方に寝落ちしてしまった鉄平が慌てて起きると、実が割れていた。




 鉄平が恐る恐る実の隙間から中を確認すると、中はただの空洞になっていて何も入っていなかった。


 「なんだよー。まあこんなもんだよな。あー、びっくりした。」と言った鉄平は、自分の肩に上着がかけてあることに気付いた。


 「えっ?!」と思った時、部屋のドアが開いて「やっと起きたか、お寝坊さん。朝ごはん出来てるから一緒に食べよ。」と見知らぬ女性が現れて言った。




 鉄平がドキドキしながらリビングに行くと、テーブルでは先ほどの女性がコーヒーを手にニコニコしながら鉄平を見ている。


 鉄平が椅子に座ると、「ねぇ、部屋にある植物みたいなの何なの?」と女性は訊いた。


 鉄平が「ああ・・・、あれね、あれは、・・・実験。そう、実験!」と答えると。


 「ん~?何かあやしいなぁ。」と片目をつぶって女性は鉄平をじっと見た。




 女性は優しいと美しいを足して2で割らない感じの大人の女性だった。


 (本当にあの実から出てきたのだろうか?いやいや、まさかな。)と鉄平が考えている間も、女性はずっと鉄平をニコニコしながら見つめている。


 鉄平が恥ずかしくなって下を向くと、「やっぱり何か隠してるな?変な鉄平。」と女性は言って笑った。




 「じゃあ、あたし買い物行ってくるから、鉄平はその間に部屋を片付けて旅行の準備しといてよ。」と女性は言った。




 旅行???




 「あの、旅行って何だっけ?」と鉄平が訊くと、「はあ~?あなた本当に変よ?私が結婚する前に、最後に姉弟でお父さんとお母さんのお墓参りついでに旅行するって決めたじゃない。」と女性は言った。


 そう言われて鉄平は『理想の姉の設定』を思い出した。




 「ああ・・・、そうだったね。・・・・・ね、姉さん。」


 鉄平は「姉さん」と言って歯がムズムズするような恥ずかしい感覚に襲われて耳まで真っ赤になった。


「変な子ね。」と言って理想の姉はまた笑った。




 ☆☆☆




 理想の姉は、どなたのものか分からない墓を一生懸命掃除し、花と線香を供え、今は長いこと手を合わせている。


 幼い頃亡くなった設定になっている両親に、結婚の報告をしているのだろうか。


 鉄平はそんな理想の姉をしばらく眺めていたが、あまりに一生懸命なのでつられて隣に座って手を合わせた。




 しばらくして立ち上がると、「さあ、じゃあ温泉に入っておいしいものいっぱい食べてビールなんか頂いちゃいましょうか。」と理想の姉はいたずらっぽく言った。




 旅館に到着した鉄平は困ってしまった。


 受付で記帳するのに姉の名前が分からないのである。


 「どうしたの?」と理想の姉が心配そうに訊くと、「えっと・・・、さっきの墓掃除のせいかな、なんか手が痺れちゃってて上手く字が書けないんだ。」と鉄平は苦し紛れの言い訳をした。


 「もう、だらしないなあ。」と理想の姉は笑って、鉄平に変わって『山里文(ヤマザトフミ)』と記帳した。


 鉄平はこっそり記帳された名前を見て、(文かあ・・・。いい名前だなぁ。)とニヤけた。




 ☆☆☆




 温泉に入って部屋で鍋を食べ二本目のビールが空になった頃、突然文が泣き出した。


 「あたしたち二人で本当に頑張ったよね。あたしはね、鉄平を一人にして結婚していいのかってすごく悩んだのよ?でも、鉄平が背中を押してくれたから・・・、うっ、うっ・・・。」


 始め鉄平はこれも設定の内容なんだろうなと「姉さんのおかげだよ。」と調子を合わせていたが、あまりにも真剣に文が苦労話と感謝を懇懇と語るため、最後は鉄平も涙を流して「姉さん、幸せになってよ!」と文の手を握って言っていた。




 文はそのままテーブルに突っ伏して寝てしまった。


 ぼんやり文を見ていた鉄平は、文のうなじの下あたりに紙のようなものが貼り付いているのを見つけた。


 取ってあげようと紙を手で持ち上げると、紙の先には細い糸のようなものが付いていて、その糸はどこかに繋がっていて突っ張った。


 鉄平は浴衣をクリーニングした時のタグかな?と思ったが、糸の先は文のうなじの下に繋がっていた。




 鉄平が驚いてその紙を注意深く見ると、『山里文(25)シリアルナンバーX01-552・・・』と書かれていた。


 その時、文が「うーん・・・。」と言って起き上がったので、鉄平は慌ててその紙を文の首から引き抜いた。


 「プチッ」と糸が切れる感覚がして、鉄平は手の中に紙を隠したままあくびをする振りをして文に紙が見つからないようにした。




 文は何事もなかったように鉄平を見ると、「ちょっと飲みすぎちゃったね。あたしはもう寝るね。」と言って布団の方へ行ってしまった。


 鉄平はドキドキしながら手の中の紙を見た。




 『山里文(25)シリアルナンバーX01-552889


 活動期間:1週間タイプ


 活動停止日時:8月25日 24:00


 ※活動停止日時にご自宅へ本体回収にお伺いします。』




 ☆☆☆




 三泊四日の旅行期間中、鉄平は紙に書いてあった内容は頭の奥の方に追いやって、文との最後の旅行を楽しんだ。


 旅行から戻ると、自宅で文が毎晩鉄平の好きな料理を作ってくれた。


 唐揚げ、ハンバーグ、鮭のムニエル・・・。


 鉄平は毎晩好物を食べるたびに、「旨い!姉さんの旦那さんは幸せ者だよ。」と文と笑い合いながら話していたが、日が進むにつれ真剣に「姉さんは幸せになるよ!旦那さんも大切にしてくれるよ!」と泣きながら熱弁するようになっていた。




 六日目の夜、文が「今日は少しダルいから、もう寝るね。」と言った。


 「うん・・・、お休み。」と言った鉄平は、例の紙を握りしめていた。


 何度も何度も紙に書いてある文の活動停止日時を確認して、紙はもうボロボロになっている。


 文が部屋に入ってしまうと、鉄平は(ありがとう・・・、姉さん。1週間・・・、本当にありがとう・・・。)と何度も小声で言ながら、ダイニングで夜通し泣いた。




 ☆☆☆




 文が回収されてから三日が経った日の朝、鉄平はけたたましく鳴るインターホンで起こされた。


 寝ぐせがついたままドアを開けると、美香が「ハア、ハア」と肩で息をしながら立っていた。


 鉄平が驚いて「どうしたっ!?帰国は来週の予定だろ?!」と訊くと、美香は泣きながら鉄平にしがみ付いた。


 何度鉄平が「何かあったのか?!」と訊いても美香は何も言わず泣き続けた。


 鉄平のTシャツは美香の涙でビショビショになった。




 一緒に行った友達と喧嘩をしたのか、ホームステイ先でひどい目に遭ったのか、鉄平は言いたくなのだろうと察して、それ以上は何も訊かず美香を椅子に座らせるとコーヒーを出してやった。


 美香がやっと口を開いたのは、コーヒーを一口飲んだ後だった。




 「今まで小言が多いとか、夜に買い物に行ってって我儘言ってごめんなさい・・・。」と美香は小さな声で言った。


 鉄平はその言葉を聞いて、文の顔を思い出した。


 鉄平も文の一件から、色々思うところがあり美香ともっとちゃんと向き合って、優しくしてやろうと思っていた。




 「全然気にしてないよ。美香が無事に帰ってきてくれてよかった。」と鉄平は言った。


 「ありがとう。・・・お兄ちゃん。」と言って美香は恥ずかしそうに俯いた。


 美香の元気が戻って安心したのか、鉄平は急に体の力が抜けて行くような感じがした。


 「あはは、なんだか安心したら体の力が抜けちゃったよ。もうひと眠りするかな。」と言って鉄平は部屋に戻っていった。




 部屋に戻っていく鉄平を見送りながら、美香は(お兄ちゃん・・・。もっと早く色んな事お話しすれば良かった。ごめんなさい。・・・ありがとう。)とつぶやいて泣いた。


 美香の手には小さな紙が握られていた。




 『山里鉄平(21)シリアルナンバーX00-772863


 活動期間:3か月タイプ


 活動停止日時:8月28日 10:00


 ※活動停止日時にご自宅へ本体回収にお伺いします。』










 おわり




 いつもご愛読ありがとうございます。


 次回作にもお付き合い頂けると嬉しいです。

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