第21話 いつか・・・思い出に変わる迄 1
それからまた四回夏が来て、秋が過ぎ冬になった。そしていつの間にか春を通り過ぎた初夏、僕は久しぶりに地元に帰郷していた。
この四年の間、僕は二度、帰省していた。一度目は明美と北沢の一回忌に、そして二度目は教育実習で母校の中学に。
一回忌では、僕は他の同級生の弔問客とは合流しなかった。唯、三日間だけの滞在中、雅也と智子にだけは会って、まだ思い出にもなっていない昔話を一晩中語り明かした。
次に教育実習で帰省した折には、約一か月間自宅で過ごし、この時は高校の別のクラスだった同級生と同じ学校で実習を受けることになったのだが、特に高校時代親しかった訳でもなく、実習期間中は学校内での挨拶とレポート提出の話程度しかしなかった。
その頃、雅也は何故だか大学を中退していて、美容師の専門学校に通う為に、地元を離れて県外の専門学校に行っていたし、雅也と連絡が取れない僕は智子に直接連絡する気にもなれず、一カ月間、自宅と学校の往復だけで過ごした。
まさか自分が教員免許を取得する為に、母校の中学校に教育実習を受けに戻るとは夢にも思っていなかったが、僕が中学生当時から残っていた三分の一程の先生方も、まさか僕が教育実習生としてやって来るとは思いもしないことだっただろう。
それでも僕は、一カ月間、遅刻も早退も、更には欠席することも無く教育実習を
多分これには先生方の方が驚いたかもしれない。「あの植下が、まさか」と。
但し、僕は教員資格は取得したものの、採用試験を受けることは無かった。大学を卒業して、東京の中堅ゼネコンに就職した僕は、大学卒業が決まってから地元に一時帰省することも無く、そのまま東京に引っ越していた。
二年ぶりの帰省で、街の空気は変わったのだろうか。
いや、多分何も変わっていない。
僕は変わったのだろうか。それとも変わっていないのか。
それには答えの出しようがない。
僕は飛行機から降りたその足で、スーツケースを持ったまま、明美が眠る高台の墓地に向かった。
タクシーの運転手に行き先を告げると、かなり歳のいった運転手は「偉いねぇ」と声を掛けてくる。
「どうしてですか?」
「だって、空港に帰ってきたその足でお墓参りなんて。よっぽど大切な人だったんだね。故人さんも喜びますよ」
「はぁ」
「しかし、あそこは本当にいい
この運転手に他意はない、恐らく。
僕は彼の話を否定も肯定もせず、唯「そうかもしれませんね」と答えて、あの日の海水浴場を思い出していた。
あの日、僕等がバスから海を見た時、その傍らにその墓所はあったんだね。
まさか、こんなタイミングで思い出すとは思わなかったよ。
明美、僕は嘘は吐きたくないから、本当のことを言うと、あれから毎日少しずつ君のことを忘れていっているよ。今では日々の生活の中で、君のことを思い出すことは殆ど無くなっているんだ。
でもそれは君が「忘れて欲しい」と言ったからではないんだよ。
君にはそうなることも分かっていた筈だしね。それでも君は残された僕のことを心配してくれて、あんなことを言ったんだと、今は理解している。
君が僕を忘れていったのと、僕が君を忘れていくのとでは随分と意味が違うのも理解している心算さ。
もう訊くことは出来ないのだけれど、僕はやっぱり、ちっとも変ってないのかい?
もう君に伝えることは出来ないけれど、君はひどく純粋で透明過ぎたんだよ、きっと。
タクシーの窓から差し込む、少し傾きかけた日差しが眩しくて目を細めた。そして、海が見えた。
「お客さん、もう着きますよ。どの辺りで停めましょうか?」
「あ、そうですね、少し歩きたいので、その辺りでお願いします」
「畏まりました」
運転手はそのまま車を左に寄せ、料金を告げる。
僕は支払いを済ませ、車外に降り立つと、少しだけ夏の匂いがした。
「おーいっ左右、こっちこっち」
霊園の入り口手前で雅也が居ることをに気付くと、あちらも僕に気付いて大声で手を振ってきた。
その傍らに小さな子供を抱いた智子が、片手で雅也を制止するように雅也の袖を引っ張っている。
僕は近付いて言う。
「お前こんなところで大声出してんじゃないよ、相変わらずだな、雅也。久しぶり」
「ああ、久しぶりだね。お帰り、左右」
「ところで、どうした?その髪」
キャップを被っていた雅也は、遠目には分からなかったが、髪が金色になっていた。しかも真ッキンキンの金髪に。
「ああ、これか?職業柄、同業者とお互いカットモデルやんなくちゃいけなくてさ、良いだろ?アメリカ人みたいで」
そう言って笑う雅也に被さる様に、今まで雅也の後ろで子供をあやす様に抱きかかえていた智子が、如何にも痺れを切らしましたと言わんばかりに前に出てきた。
「植下君、お帰りなさい。見て、この子、歩美。ねぇ、ちょっとだけ明美に似てない?目の辺りなんか。明美と雅也くん従姉弟同士で血が繋がってたからかな。ね?何だか少し似てると思わない?」
僕が智子に抱かれたその子を覗き込むように見ると、楽しい夢でも見ているのか、フッと微笑んだように見えた。明美に似ているかと言われても、そんな風には思えないのだが。
「かわいいね、歩美ちゃん」
「そうでしょう?きっと、歩美ちゃんは将来、ママの親友の明美おねえちゃんみたいに美人になるわよ。よかったねぇ」
智子は嬉しそうに、寝ている歩美に話しかける様に言った。
「変な気起こすなよ、この子が十八になった時、君は四十過ぎだからな。だから変な気起こすなよ」
「バカヤロウ」
僕が雅也を小突こうとして、雅也がそれをひょいっと躱したところまではあの頃と同じだった筈なのだが、歩美がそれと同時に目を覚まして泣き出した。
大人三人は顔を見合わせて笑い、泣き出した歩美も直ぐに泣き止んで、一緒になってキャッキャと笑う。
「じゃ、行こうか」
雅也に促されて、僕等四人は、明美の眠る場所へと向かった。
僕等同級生三人は黙ったままそれぞれに目を閉じ、明美に語り掛けた。当たり前のことだが、歩美が何を思ったかは、まるで見当もつかない。
「左右、今回が初めてだよね、ここ」
「そうだな」
太陽が随分と傾いて、徐々に辺りがオレンジ色に染まり始めていた。
「あの夏からもうすぐ六年、明美ちゃんが居なくなってからやがて五年・・・。永かったかい?」
「いや・・・どうだろう・・・。永かった様な気もするし、あっという間だった様にも感じる・・・。上手く言えないけど、やっぱり時間は同じように進むんだと思う」
「そっか」
僕は上着のポケットから古びた封筒を取り出して、その封を切る。そして中身を丁寧に取り出して、それを明美の墓石の前にそっと置いた。
「良いのかい?」
「ああ、良いんだ。これは彼女が持っておくべきものなんだ」
「そっか」
コインのキーホルダーは、昔よりずっと色褪せていたけれど、それだけ僕等が大人になった証しであったり、時間が経った証明なのだろう。
明美だけが昔の純粋で透明なまま、僕等の記憶の中で生き続け、美しい姿のまま、やがて思い出になっていくのだろう。
そんなことを思った。
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