第15話 たとえそれが・・・だったとしても・・・ 1

 北沢には北沢の正義があるのかもしれない。

 しかし、それは北沢の正義であって、明美や雅也の正義ではなく、勿論僕の正義であるはずもない。

「植下に相談しても仕方ないことかもしれないけど」

 校舎の裏でそう話し始める北沢に、僕は即座に「じゃあ、呼ぶなよ」と思うのだが、そこはぐっと我慢する。

「俺が水上と付き合ってるの、知ってると思うけど・・・」

 いきなり来た来た。

 僕は適当に「それがどうした?」と答える。

「ハッキリ聞くけど、植下、お前、水上のことどう思う?」

 どう思うって時点で、もう既に「ハッキリ」ではないだろう。心の声がツッコミを入れる。

「どうって言われてもなぁ、何をどう答えれば良いんだよ」

 僕は自分が意地の悪いことをしているという自覚はある。しかしそれは雅也の責任だ。雅也が僕にあんな話をしなければ、僕はもう少し優しくなれたかもしれない。

「そ、そうだよな・・・好きか嫌いか・・・」

 おお、思い切ったな。

「なんだ、それ?何で俺がそんなこと答えなきゃならないんだ?」

「いや、それはそうかもしれんが・・・。まさか、恋愛感情とか無いよな?まぁ、植下は水上なんて興味無いか・・・」

 少し上ずった声で、北沢が探りに来ているのがよく分かるが、そこには全く同情もしない。

「興味あるとか無いとか、何でお前が決めてんだよ。そんなことはどうでもいいだろう。何が言いたいんだよ、ハッキリしろよ」

「あ、ああ、そうだな」

 いつもは一々正論っぽい話口調の北沢が、今日は明らかに動揺して狼狽うろたえる様子が見て取れる。

 暫く黙った北沢が再び話し始める。

「俺達、最近ちょっと上手くいってなくって・・・」

 その原因を作ったのはお前じゃないのか?

「それで、彼女から『別れたい』って言われて・・・理由を聞いたら、ちゃんとは答えないんだけど、好きな奴がいるらしくって・・・」

 『答えない』ではなくて『答えてくれない』だろう。その上から目線が気になって仕方ない。

 それでも黙ってそのまま話を聞くことにした。

「それがさ、言いにくいんだけど・・・植下、お前っぽいんだよ・・・」

「はぁ?」

 僕はすっ呆けた声を出して更に北沢の様子を伺う。僕のその反応をどのように受け止めたか分からないが、北沢はここが見得の切りどころとばかりに声のトーンを上げる。

「俺はさ、水上のこと本気で愛していて誰にも、負けない。だから別れるつもりは無いんだ。今までもこれからもこの気持ちは変わらない。それは約束できる」

 何を言っているんだ、こいつは?愛してる?別れない?気持ちは変わらない?約束?

 どこから突っ込んでいいか分からない。「そんなことを言う為に俺を呼んだのか?」そう言いたくて仕様がないのだが、それを言っちゃあ話が終わってしまう。

 笑ってもいけないし、怒ってもいけない妙な雰囲気に包まれて、僕は黙ったままで居る他ない。するとそんなリアクションに困る僕に対して、何をどう判断したのか北沢は、嵩(かさ)に懸かるように、初めから決めつけられていた色合いの濃い方向へ話を持って行こうとする。

「そうだよな、植下はそんなこと興味もないだろうし、水上のことだって気にも留めてないってことで良いんだな?それならそれで良いんだ。何か、急に呼び出したみたいになっちゃって悪かったな」

 この台詞、きっとシミュレーションを何度も繰り返したんだろうな・・・でもな、北沢、それは君の希望願望でしかなく、君の思いや気持ちなんてものは、僕にとってはどうでも良いのだよ。

 僕はやっとその言葉を発することが出来た。

「なんだ、そんなことを言う為に俺を呼んだのか?」

 僕の乾いた調子のその言葉に、北沢が驚いて、瞬間、身体を強ばらせるのが分かった。

 何か言い出そうとする北沢の言葉に被せるように、僕は続ける。

「さっきも言ったけどな、何でお前が決めてるんだよ?俺がどう思おうが俺の勝手だし、お前がどう思おうが、それも勝手だろうよ。何が問題あるんだ?」

「いや、でも・・・」

 少し強めの僕の口調に、明らかに北沢が引き気味になっている。僕はそんな北沢の様子に腹が立ってきた。次の北沢の言葉や行動が予想も出来て、更に苛々させる。

「何か、俺、植下を怒らせちゃったか?」

 思った通りすり寄ってくる感じの言葉に、正直、辟易としながらも、それとは真逆の心持も浮き上がって来る。ここで完全に北沢を絶望の淵まで追いやるのは気が咎める、と。

「別に怒ってはいないさ。俺にとってはどうでも良いんだって、そんなことは」

 僕は先程よりは幾らか柔らかい口調に戻して、更には笑顔さえ作ってそう言った。

「・・・そっか、分かった。植下がそう言ってくれるなら・・・」

 おや?こいつは今、酷い思い違いをしたんじゃないか?「言ってくれるなら」?

 僕は何か「言ってあげた」のか?

 僕は不安になって北沢の様子を確かめる。

 正に間違った理解をしている風体だ。何かを心に決め、「頑張ろう」としている表情そのものなのだ。

「ありがとな、植下。お前のことが気になってたけど、ハッキリしてくれて、不安を取り除くことが出来たよ」

 はぁ?ここまでポジティブに嚙み合わないことって、あるか?

 今の今感じた気の咎めを後悔してしまう。

「植下、今日は悪かったな、呼び出したりして。今度また、ゆっくり話そうぜ」

 僕はもう我慢の限界だ。

 しかし大声を出す訳ではない。出来る限り落ち着いた声で。

「『今度』、は、無いぜ、多分。もう、気付けよ。水上明美のことは諦めろ」

 見る見るうちに北沢の顔が強ばり、紅潮していくのが分かる。恥ずかしさなのか、怒りなのか、多分どちらもなのだろう。

 北沢は両の拳を握り締め、殴りかかって来そうな気配すらあったが、そうはならなかった。

「・・・・」

 黙り込み、唇を噛み締めるようにして、僕を睨み付ける北沢だったが、僕もそれ以上は付き合うつもりもなく、「もういいか?帰るぞ」と冷たく言い放って踵を返した。

 北沢が何をどれ程理解しているかは知ったことではない。それと同時に北沢が何をどう思おうがも、僕には関係ないと自分に言い聞かせて、振り返ることもせず、そのまま歩き続けた。

 多分、今後一生涯北沢に会うことも話すことも無いだろうと、何となくそんな気がした。

 それで構わないとも思った。

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