第13話 突き付けられる 3
「で、どうするの?」
「会ってから決める。ぶん殴るかも」
「それは止めとけって」
「冗談だよ。唯、話の内容によっては諦めさせる」
「うん、それでいいと思う。明美ちゃんの方は?」
「うーん、こっちは分からん。でも明日電話してみようと思う」
「だよね、左右好きな子居るって言ってたもんね」
「まぁなぁ、それもあるし、俺、彼女のことあんまり知らないし・・・」
「それもそうだね。そこはちゃんと話せばいいんじゃない。明美ちゃんも色々話したいことあると思うよ。兎に角電話してあげてよ、俺がお願いするのも変だけどさ、でも従姉だし・・・」
「ああ、そうする。俺も昔話したくなってきた」
「けど、俺の従姉の彼氏が左右とかになったら、俺達、親戚になるのかな?」
「何だそれ?だったらお前、今、北沢と親戚じゃん」
「あ、それは要らないわ」
「あはははは」
「笑い事じゃないって」
「いや、お前がソッコー『要らない』とか言うから笑っちゃっただろ。けど、ほんと、何でそんなに嫌うんだ?」
「だから、嫌ってないって。苦手なだけ。何だろう、押しが強いっていうか、自己中っていうか、確かに間違ったことは言ってないし、やらないんだけど、単純に面白くないんだと思うよ、多分。優しさも押し売りみたいな感じかな・・・しかも、見返り求める感じだし」
「そうなん?」
「・・・・・」
「あれ?どうした?」
雅也は黙り込んで、思案しているような風だった。
再び僕は訊ねる。
「どうしたんだよ?」
すると雅也は急に真顔になり、一度閉ざした口を開く。
「今から話すこと、君の中だけに留めておいてくれよ」
「お、おう、分かった」
分かったと答えたものの、嫌な予感しかしない。しかし今更「やっぱり聞かない」とも言い直せない。
「絶対この話、明日、明美ちゃんにもして欲しくないし、この話聞いたからって、変な色眼鏡で明美ちゃんを見ないでくれよ。いや、ほんとに、今のところ何も無いし、明美ちゃんは悪くないんだし」
どんどん聞きたくない方向に話が進んでいるのは間違いなさそうだ。
「大学合格したらさ、明美ちゃんにやらせろって、言ったらしくってさ・・・」
全くいつもの雅也らしくない怒りのテンションだ。それに当てられて今度は僕が黙ってしまう番になった。
「どう思う?酷くないか?いや、酷いと言うより、何か違くないか?」
「・・・・・」
黙ってはいるものの、僕も腹立たしさが沸き起こって来る。
「いや、俺も言ったんだよ、そんなの断れ、別れた方が良いって。でもさ、『俺が今までどれだけお前に尽くしてきたか』とか言ってみたり、明美ちゃんが『別れたい』、みたいなこと言っても今度は逆に『俺を捨てるのか』って泣き落としに来たり、挙句の果てには『もし好きな奴が出来たなら諦めるから、その代わりそいつを連れて来い』だとか、気持ち悪いだろ。だから、そんな気持ち悪い奴、早く別れろって、言ったんだけどさ・・・」
「でもさ、きっぱり断って別れれば良いだけだろ?何で出来ないんだ?」
「色々あるんだ・・・。ちょっとタバコ吸おう。思い出したら、俺も頭に血が上って
そう言うと雅也は僕にも一本差出して、火を点けてくれた。
二人で黙ったまま、煙草を2服、3服と吸い、僕はすっかり冷たくなってしまった缶コーヒーに一口、口を付けた。
再び雅也が切り出す。今度は落ち着いた口調で。
「俺の叔父さん、つまり明美ちゃんの父親ね。あっちの母親と離婚した後さ、精神的にやられちゃって、身体も壊しちゃって、実は亡くなっちゃってるんだよね・・・。もう5年になるかな、叔父さん亡くなってから・・・。叔父さんはさ、ずっと
「・・・・・」
「悪いね、何か俺たちの家庭の話なんか聞かせちゃって。でもさ、そのことで、自分と母親、お父さんとあいつを照らし合わせちゃってるみたいなんだよね・・・明美ちゃん。母親のことあんまり好きじゃないみたいだし、父親は離婚したことで精神を病んじゃたんじゃないかって・・・。それに、父親との楽しかった思い出があって、あいつとも楽しかった思い出だってあるみたいだし・・・。だから、明美ちゃんの中でも色々葛藤があるんだよ・・・」
大方予想通りの悪い話で、内容は僕の想像の遥か斜め上を行っていた。
それでも今日の僕は今までとは違う。この面倒臭そうな話に、確りと乗っかってしまっている。首を突っ込んでいる。しかも自らの感情移入までして。
そして黙ったまま、その先の話を聞く。
「それでさ、俺も明美ちゃんと従兄妹じゃなかったら、あんまり知らない子だったら、或る意味どうでいい話なのさ。けどさ、実際は色々知っちゃってて、家庭のこと左右のことも含めてね、それでキーちゃんのあの態度というか、言ったことやってること、なんかさ、腹立つと言うか気色悪いと言うか・・・。でも、あいつも本気で明美ちゃんのことが好きなのは分かりはするんだ。でもさ、やるやらないとか、今まで何してやったとか、そうじゃないじゃん・・・。そんなことって、自然になる時はそうなるし、好きな相手だからしてあげる事は有っても、見返り求めるとか有り得ないし・・・。いや、分かるんだよ、あいつだって本気だから、そういうことで何か絆みたいなものが欲しいって気持ちは・・・でもさ、そんなもん絆にも何にもならないだろ・・・。ほんと、赤の他人なら勝手にすれば、ってくらいの話なんだけどさ・・・」
多分雅也は、話しながら雅也自身が一番もどかしい思いをしている。言いたいこと、伝えたいことは山ほど在るにも拘らず、その胸の内に溜まったものが多すぎて、それを表現する言葉が全く足りない自分に失望しているだろう。
北沢のことにしても、決して心底嫌ってる訳ではないニュアンスは伝わってくる。だから言葉にしようとしても、モヤモヤとした、そして今一つピタッと当て嵌まらない言葉しか思い浮かばないのだと思う。
これ以上雅也にもどかしい思いをさせながら喋らせると、聞いているこっちが辛くなる。
「まぁいいや、取り敢えず分かった。分かったけど聞かなかったことにする。心配すんな、
細かい話は聞かなかったことにするってだけだ。この先は俺が思ったようにやる。っていうか、お前に言われた通り、俺がやりたいようにやる。それで良いだろ?」
「ああ、良いよ」
僕は自分がどうかしてしまったのかもしれないと思う。今現在、自分がどうしたいか明確なことは無いのだけれど、唯、明美とちゃんと話をしたい、だから明日は自分の意思で、自分の今の気持ちを正直に明美に話し、そのことを知って欲しいと思った。
ふと思う。『人と関わるのは面倒臭い』、僕はいつだってそう思ってなかったっけ。どうしちゃったんだろう、僕は。
「なぁ雅也、でもさ、俺が水上に『付き合ってやるからやらせろ』って言ったらどうする?」
「大丈夫。君はそんな事は言わない」
「分かんないぜ。言うかもしれない」
「いいや、言わない。それは分かる。じゃなかったら、俺は君にこんな話はしない。その前に明美ちゃんに、君の有ること無いこと悪口を吹き込んでるよ。君は嘘の吐けない奴だし、俺は君を信じられる奴だと思ってる」
「何だそれ?気持ち悪い奴だな。ま、兎に角、今日は遅くに悪かったな。帰るよ、俺」
公園の外灯に照らして確認した腕時計の針は、到に0時を回っていた。
「ああ、気を付けて。・・・もし何だったら、明後日、俺も学校行こうか?」
「・・・いや、大丈夫だ。どうってことない。俺が自分でけり付ける。大丈夫、いきなりぶん殴ったりしないし、ちゃんと北沢の話も聞くよ」
「・・・そっか、分かった。あ、そう言えば、忘れてた。昨日、誕生日おめでとう」
雅也は自分の腕時計を確認しながらそう言って、僕を見送った。
雅也と別れて自転車を漕ぎ自宅に帰る道すがら、月は白々と冷たく輝いていたが、熱を帯びた僕の身体は、全く寒さを感じていなかった。
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