第11話 突き付けられる 1
2階の自分の部屋のベッドに仰向けになったまま僕は、暫くの間、ぼんやりと両手で
そして、翳した腕が疲れた頃、僕は起き上がり、読み終わった手紙を丁寧に封筒に戻し、机の引き出しに仕舞う。
僕の記憶は順番が少し違っていた。まぁ記憶なんてそんなものだ。それに、僕が明美に言ったらしい言葉は、確かに思い出しはしたのだけれど、五歳児の自分が恥ずかしすぎて思い出したくない。
紙袋の中には手紙以外にZIPPOのライターとオイル、それと見たことも無い何だか高級そうなチョコレート。
僕はZIPPOを分解してオイルを石綿に染み込ませ、そして元に戻す。
二、三度軽く振ってから、引き出しからラッキーストライクを一本取り出して、そのZIPPOで火を点けてみた。
旨いのか、旨い気がする・・・か・・・な。
さて、この後どうすべきか考える。
① 全て無かったことにして、無視して忘れる。
② 今すぐ明美に電話をしてみる。
③ 雅也に電話をして相談する。
④ 北沢に電話をして怒鳴りつける。
⑤ 由紀に告白する。
②は、まず雅也に電話をして明美の電話番号を訊かないと、僕は彼女の電話番号を知らない。ということは、僕が相談しなくても、雅也は根掘り葉掘り聞いてくるのは間違いない。②も③も同じことだ。しかも③が必ず先になる。
④はどうなんだ?北沢と明美が今現在どういう関係になっているのか、それも僕には分からない。変に藪を突いて蛇が出てくるのも困る。それに大体、怒鳴るって、何を怒鳴るんだ?
⑤・・・、何の化学反応だ?
やっぱり①が現実的か。今までだってずっとそうしてきたし、面倒臭いことには首を突っ込まないに限る。それこそ藪なんか突いて何が出てくるか分からない・・・
あれ?ずっとって、いつからずっとなんだっけ?
階下で電話が鳴る音が聞こえる。三回コールされても誰も出ない。母親は台所で料理でもしていて聞こえないのか、五回鳴っても出ない。
仕様がないな。そう思って自分の部屋を出て階下に駆け下りて、玄関の電話の受話器を取り上げる。
「はい、植下です」
「・・・あ、夜分に申し訳ございません。左右君はご在宅でしょうか、北沢と申します」
「え?ああ、俺、だけど・・・」
驚いてその先の言葉が出てこない。
この展開は予想していなかった。当然シミュレーションもしていない。
今回は僕が何一つ動かなくても、勝手に巻き込まれていくパターンだということを、改めて気付かされた。
「あ、植下。夜分に悪い。明日、時間ある?話あるんだけど」
「まぁ、あるっちゃ、あるけど・・・どうした?電話じゃダメなのか?」
それでも僕はすっ呆ける。
「植下と話がしたいんだけど。電話じゃ、ちょっと・・・」
「でもやっぱ、明日はやだなぁ、バレンタインデーに男と会うのは、どうなのよ。急ぐのか?」
勿論女の子と会う予定もない僕は、バレンタインデーも何も関係ない。もう知らない振りで押し通すだけだ。
「・・・いや・・・急ぐ訳でも・・・」
多分、北沢は慌てているし、急いでいる。それは手に取るように分かる。分かっていてそれをはぐらかす僕は、意地悪をしているようで、かなり性格が悪い。
でも待てよ。僕はここまで自ら何かした訳ではない。勝手に巻き込まれて、その挙句僕が悪者?それはそれでおかしくないか?
少しの間があってから、北沢が切り出す。
「・・・じゃ、明後日、で良いよ。明後日は学校行く?」
「いや、予定はないけど、良いよ、行っても。時間は?」
「十時は?」
「分かった。十時な。教室で良いのか?」
「・・・ああ・・・」
力ない北沢の返事に、自分が何か酷く悪いことをしているような気がして仕様がないのだけれど、実際は何もしていない。そう思うと、何だか腹が立ってきた。
その時、台所のドアが開いて、母親が顔だけ出して、「あれ、電話だったの?誰?友達?」と訊いてきた。「ああ、そうだよ」と答えてから、北沢にも「じゃあ、月曜日」と言って受話器を置いた。
二階から高校一年生の妹が降りてくる足音がして、降りて来て僕の顔を見るなり文句を言う。
「またお兄ちゃん、お部屋でタバコ吸ったでしょう!あたしの服とかにも臭い付いちゃうから止めてよね」
今しがたの腹立ち紛れに僕も言い返す。
「お前、居るんだったら、電話出ろよ」
「いいじゃない、お兄ちゃんの電話だったんだから」
言われてみればその通りで、僕はそれ以上返す言葉が無い。
「ほらほら、二人とも喧嘩しない。ご飯にするわよ」
母親が台所から僕等に声を掛ける。
「あ、そう言えばお兄ちゃん、お誕生日おめでとう。プレゼント、これ」
そう言って、妹は持っていた包みを僕に渡した。ラッキーストライクがワン・カートン。
「お部屋で吸わないでね。お庭で吸って。パパと一緒に。ママに見つからないように仕舞って来て」
今日は皆勝手だ。
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