第6話 出会いの・・・容 1
二月十三日。土曜日。バレンタインデー前日。僕の誕生日。
午後一時に学校へ行った。数学の教科担任に二次試験対策の証明問題模試の提出の為だった。
昨夜仕上げた証明記述問題の解答用紙を提出し、添削を待つ間、僕は何となく校内をブラついて回っていると、ふと、久しぶりに理科の実験室に行ってみようと思い、そのままフラフラと校舎の北側に向かう。
そう言えば、誰かの噂では、由紀は早々に短大の推薦入学が決まっているらしい。ということは、卒業式までもう学校に顔を出すことは無いのか。
二月の気温の低さとも相まって、学校の廊下の無機質な寒々しさが更に際立って感じる。
それでも僕は、そこに居る筈もない由紀が廊下の角から現れるんじゃないか、窓の外の校庭に由紀が居るんじゃないかと心の何処かで淡い期待を持っていたかもしれない。
そんなことは起こるはずもなく。
実験室に辿り着き、扉を開け、誰も居ない室内を僕はぐるっと見渡した。そしてそこに当時の面影を探そうとしたが、シンと静まり返った実験室は、冷たすぎて何一つそれを見出すことが難しく思えた。
「さゆうくん」
不意を突かれて驚いて振り返る。
そこには、にっこり微笑んで立っている明美が居た。
「さゆうくん来てるって、先生が言ってたから、ここかなって思って来てみたら、やっぱり居たね。良かった」
僕が口を開く前に明美の方から話し始めたので、僕は何も言えずに「うん」とだけ返事をしたけれど、彼女が言う「良かった」の意味がその時は分からなかった。
「先生から伝言。ほぼ添削箇所なしだったからもう出来てるって。いつ来ても良いって言ってたよ」
「あ、ほんとに?ありがとう」
僕はそのまま職員室に向かおうと「じゃ、行くわ」と言い、もう一度「ありがとう」とも言って、その場を離れようとした。
「あたし、待ってても良いかな?」
僕は「何で?」と思いながらもそんな言葉は出てこずに、「あ、うん」とだけ言いながら明美をその場に残して歩き始めた。
「裏門のところで待ってるね」
返事はしなかった。
数学教師からは特に問題は無いので、あとは本番での計算ミス、時間配分には気を付けるようにとの指導を受けた。『算数』が大事で、短時間で終わる問題から選択して手を付けろってことだ。
「植下、体調とかは大丈夫か?」
「はぁ、まぁ何とか」
少し気持ちの悪いくらいの優しい声で、数学教師は僕の体調を気遣うようなことを言う。
声の調子も然ることながら、教師からそんな声を掛けられたのは何年振りだろう?
・・・全く無いかもしれない。
いや、記憶にないだけで、ひょっとしたら小学生の時くらいにはあったのかもしれな。しかし覚えていない時点で、無いに等しい。別に声を掛けられなかったから僻んで性格が捻じ曲がったとか、ちょっとグレてみたとか言うつもりはない。ふと、そう言えば無かったな、言われると変な感じがするな、と思っただけだ。
「あと少しだ、植下はこの半年、夏以降、本当によく頑張った。あと少しだから、やり切りなさい」
「あ、はい・・・」
確かにこの数学教師とは揉めたことはないが、だからと言って特段良好な関係だったこともない。夏以降、僕は頑張ったのかな?どこの世界の僕の話をしているのだろ?
不思議なことを言う先生だな。
まぁ、あと少しなのは本当だ。
しかし、この最後の最後になって、「私は君をちゃんと見守っていました」感を言って寄越すのには、段々と腹が立ってきた。
僕は添削済みの解答用紙を受け取ると、軽く会釈をして教師の下を去った。
別に褒められたい訳でもないし、褒められたからって嬉しくもない・・・。
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