第4話 夏、すべてはそこから 3

 僕は雅也の言葉に天地がひっくり返るかというくらいの衝撃を覚えた。何言ってんだ、こいつは?

「・・・多分だぜ、多分。明美ちゃんってさ、本当は左右のことが好きだぜ。そのせいで、キーちゃんとギクシャクしてるんだ」

「はぁ?」

「いや、これ、マジで」

「ちょ、ちょ、待て待て。何で?何で俺のせいとかなってんの?」

 言っている意味が分からない。

 しかも、もしそれが本当だとして、何で僕が今日ここに居るんだ?何故僕をここに誘った?お前は悪魔か?

 今まで楽しかった気分が、一気に萎え始めるのを感じた。

「いや、二人ともハッキリは言わないよ。でもさ、二人に相談されて、何となく、そんな感じなんだよね。あ、勿論、二人別々に話聞いてるんだけどね」

 いやいや、二人別々とかはどうでも良い。

 この先あと半年しかない高校生活も、少しは楽しめるんじゃないかと思ってしまった今日、そして実際にこの連中と居て楽しいと思えた今日、一気に居場所を奪われた感じがした。

 少なくともあの二人とは喋るのも気不味きまずい。

「気不味いだろ?」

「お前、ふざけてんのか?」

 僕はイラッとした。

「怒るなよ、左右は別に悪くないんだし、俺も困っちゃってる訳だし。そんで、『何でお前は今日俺を誘ったんだ』って、思ってるだろ?でもさ、左右誘ったのは、全然それとは関係ないんだ。俺が君を誘いたかっただけ、マジで。キーちゃん、トミーとか、女の子達もそうだけど、俺の仲良い友達と、左右も一緒に居たらもっと楽しいだろうなって思っただけだから。これ、ほんと」

「知らねぇよ、そんなことは。お前が困ろうが何しようが、知ったこっちゃない。俺を巻き込むなよ。・・・でも、無いな、水上さんが俺を好きなんてことは・・・無いな」

 そうだ、そんなことがあるはずがない。だって彼女と僕はまるで接点がない。

 よくよく考えると、そんなバカバカしい話がある訳ない。真面まともに喋ったことも無ければ、お互い名前以上のことは知りもしない。同じクラスで遠目に見ていて、真面目なそうな優等生タイプだと思っていた。そして今日、初めてちゃんと見ると結構綺麗で魅力的なのかもしれない、とは思ったが、雅也がこんな話をしてくるまでは何一つ意識することも無かったはずだった。

 恐らく彼女にしたって同じだろうことは、想像に難くない。

 あんな真面目タイプの女の子が、僕のような陰気で斜に構えた人間を好む訳がない。というより、僕が格好をつけ、少し他とは違った態度をとるのは、それは由紀の気を引きたいから。

 ずっとそうだった。

 もっとずっと子どもの頃から。

 高校生になって、由紀とはクラスも別で話す機会も顔を合わすことも殆ど無かったけれど、いつだって彼女の姿を探していた。

 話しかけることも出来ずに。

「無くはないから話してんだよ。ってか、本当は明美ちゃんからは色々聞いてんだ、俺」

「もういいって、俺が聞いたって仕様がないじゃん。お前の勘違いだって」

 それでも雅也は食い下がる。

「いやいや、明美ちゃんの好きな人って、左右、どう考えたってお前なんだ。でも、まぁいいや。どの道、知っといた方が良いって。左右は他に好きな子居るんだろ?それなら断ったって問題無いんだし、後々ゴタゴタも無いだろうし」

 もう頭の中がゴタゴタしてとっ散らかってるのは僕だけどな、雅也のせいで。

「・・・・」

「兎に角だ、左右は知らない振りしとけば良いって」

「・・・!はぁ?何言ってんだ、お前は?お前が教えたんだろ、知らない振りって・・・知らない振りするけどさ・・・するしかないけどさ」

 腹が立ってきたが、雅也のことが嫌いになる訳ではない。

 こいつがこいつなりに、何かは良く分からないが、その何かを丸く収めておかしなトラブルを避けようとしていることは分かる気がした。

 ふと、北沢のことが気になった。

 僕の中では本来なら訊くことさえ憚られる質問を、どうしても口にせずにはいられなかった。完全に巻き込まれた。

「北沢は知ってるの?なんて言うか、このこと・・・っていうか俺のこと」

 おかしい。こんなことを訊くなんて、自分がその気になってしまっていることが丸分かりの質問じゃないか。

「うーん、どうだろう。そこがイマイチ分かんないとこでもあるんだよ。左右のことって勘付いてるか、いないか、微妙なとこなんだよな。俺も何度か鎌掛けられたんだけど、明美ちゃんからも口止めされてて、どうにもこうにも・・・」

 そこまで話して言葉を止めた雅也が、「この話、止め」と小声で言う。

 どうしたのかと思って雅也と同じ方向に目を向けると、こちらを見詰める北沢が居て、そこから離れるように波打ち際を歩く明美の姿が見えた。

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