第3話 夏、すべてはそこから 2
女の子達を海水浴場の更衣室に残して、そこから少し離れた、松の根元の木陰に陣取り、僕等はさっさと脱ぎ始める。
富田が担いで持ってきたCDラジカセに達郎のCDをセットして、ボリュームを最大限に上げてからスタートボタンを押す。
「おお、いいんじゃない、夏っぽい」
富田が甲高い声で僕に同意を求めるように言う。
「だから言ったじゃないか、さっき俺が。達郎は夏だって」
「そっかそっか、俺、初めて聴くしさ。でも、いいな、山下達郎」
北沢と富田の関係ってどうなっているんだろう?
同じクラスで同じ剣道部の方や爽やか好青年で副主将の北沢と、喧嘩のめっぽう強い元乱暴者の富田。
確かに北沢はリーダーの資質が在りそうで、実際、いつも集団の中心に居るように見えていた。けれどそんな絵に描いた様な聖人君子と乱暴者って、どういう関係になるんだろう?三蔵法師と孫悟空みたいなものか?
まぁよく分からないが、悪い連中ではなさそうだ。
その二人がああでもない、こうでもないと遣りあっている最中に、女の子三人が更衣室から出て、こちらにやって来た。
三人三様の水着姿に、僕は目のやり場に困ったが、他の男共三人はどうもそうではないらしい。至って普通に水着姿の彼女等を迎え入れ、先ほどの様に達郎がどうした、今日のお昼はどうするとやり始めていた。
一番背が高くてスレンダーな明美は白のフリル付きビキニにジーンズの半ズボン、小柄なのだけれどやたらと胸の大きな智子はハイビスカス柄のワンピース、美咲は大人っぽさ満載の黒いビキニと腰からパレオという出で立ち。
何か、青春映画っぽい。僕以外は。
その後、海に入ってみたり、砂地でビーチボールで遊んでみたりと、一通り海水浴場を満喫してから、女の子達は日焼けが嫌だと言い木陰へ、男共は砂の上で甲羅干しをしながらのんびり過ごした。
男四人うつ伏せになり、木陰で何やらお喋りに花を咲かす女の子達に視線を送りながら、雅也が小声で言う。
「智子ちゃんの胸も捨てがたいが、明美ちゃんの綺麗な脚も堪らん。美咲ちゃんのクビレも色っぽい。・・・うーん、選び難い・・・。お前らどう?」
富田が直ぐに反応して「俺は美咲だな」と呟く。
「はぁ?お前、こないだ美咲に告って振られたばかりだろ。諦め悪いねぇ」
間髪入れない雅也のツッコミに
「『今は受験で忙しいから、もう少し待って』、って言われただけだ」
富田は食ってかかる様に反論した。
ああ、そういうことか、そう言えば先日、放課後、富田を囲んで皆がざわついてたのを覚えている。何が有ったか知らない僕は、興味がない訳でもないが、その横を素通りして帰宅していた。
「まぁいいや。キーちゃんは置いといて、左右はどうよ?誰が良い?」
何で北沢を飛ばしたのか、その時は全く分からなかったが、十年来、女の子といえば由紀にしか視線の向かない僕は誰が良いとか考えられない。
「難しく考えるなよ。強いて言えば、だよ。にしても勿体ないなぁ、左右は。女の子に興味ない?左右は知らないかもしれないけど、結構女の子に人気あるんだぜ、左右は」
答えに窮している僕に急かす雅也。
人気ある?僕が?冗談だろ。
「強いて言えば、か。そうだな、水上さん、かな」
僕は何となく水上明美を指名した。
特に理由は無い。雅也の言を借りれば、『強いて言えば』単純に三人の中でフォルムが一番好み、といったところか。
「へぇ、そっかぁ、左右はああいう子がタイプなんだね。だってさ、キーちゃん」
雅也は少しニヤついたニュアンスで、何故か北沢に振る。
「・・・・」
雅也は女の子三人に向かって手を振って、大声で「今、君達の投票をしてる!結果は後で教える!」と叫んだ。
女の子達はあっかんベーをして、笑ってそれに答える。
その時はまだ、現状もこの先に起こることも、全く理解も予想もしていない僕だった。
時間の進み方はいつも一定のはずだ、誰にとっても。
ただ、楽しい時間は何故か早く過ぎていくように感じるし、辛い時間は何度時計を確認しても針は小刻みにしか動かない。
そう考えると、今日の僕はいつの間にか、今日という日を楽しんでいたのだろうか。
腕時計の針を確かめると、午後4時を少し回ったところだった。先ほどまで頭上からギラギラ照らしていた太陽は、気持ち傾き、白色から黄色味を帯び始めている。
暑いには変わりないが、時折吹く風が、汗ばんだ肌を掠めると心地よさも感じる。
僕は独り、砂の上に
ぼんやりと遠くの白波と雲を見詰めながら思うのは、白くぼやけて上手く姿を思い浮かべることの出来ない由紀のことだったような気がする。
やがて六人がバラけ出して、三人ずつになり、二人と三人になり、雅也一人がこちらに向かって歩いてきた。
「左右、もう疲れちゃったか?羽伸ばせるのも今日だけだぜ、しかもその今日も残り少ない」
笑いながらそう言う雅也に、面倒くささを感じながら答える。
「そうだな、疲れたかな。まぁ、俺はいいんだよ、ここから眺めてるのが心地いいくらいだから」
「ほんっと、左右ってクールだな。ま、そこが秘密めいた魅力みたいだけど、女子の間では」
「何だそれ?そんなんじゃねぇよ」
雅也は「まぁまぁ、良いって良いって」と言いながら僕の隣に腰かけると、「でさ」と再び勝手に話し始める。
「左右さ、いきなりだけど、好きな子とか居るの?いや、そりゃ居るよね?」
何なんだ、いきなり。僕は予想していなかった質問に身構える。そして至って平静を装って答える。
「まぁ、居るよ、それが何か問題あるか?」
「いやいや、何も問題無いし、それが誰かも訊かないけどさ」
そう言って、雅也は波打ち際の二人組の方に目を遣って、そのまま僕に訊ねる。
「・・・じゃ、無いよね・・・?」
雅也の視線の先には、北沢と明美が居た。
それは無い、そう答えようとする前に、雅也が先に口を開く。
「あの二人さ、付き合ってるの、知ってた?」
「?」
知る訳ない、興味がない。
「そっか、知らないよな、左右、そういうの興味無さそうだし」
仰る通り。
「ま、色々あってさ、あの二人・・・」
そして口をつぐんだ雅也だが、そういう話の切り方をされると、何故だか少し興味が湧くのは人の
「・・・おい、その先は?色々って何なんだよ」
自分でも分からない。本当に興味があって知りたいことなのか、それともここで会話を止めてしまわないために発した言葉なのか。
昨日までの僕なら多分、興味があろうがなかろうが、そんな人の色恋話などには首を突っ込まなかった。富田が加藤美咲に振られた話もそうだが、そんなことは本人達の話だし、もしもその本人達が、他人だか友人だかに相談したところで、彼等は実際には人の話なんて聞きはしない。
相談を受けた人間も同じようなものだ。ただ面白がってああだこうだ言っているだけで、実は何も真剣に考えている訳ではない。だって自分には関わりないことだもの。
雅也がニヤリと笑ったように見えた。
「なんだ、左右も興味あんのか?」
しまった、引っ掛かった。でも敢えて引っ掛かりにいったところがあるのも事実。
今日は楽しいのだ。それが何故だか整理するのは難しい。
ただ、高校生活で初めて楽しいと思える日なのだ。
高校生活、あと半年、悪くないのかもしれない、そう感じていたのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます