第29話、澤井悠二は突っ突きたい
世の中には最初は分からないが、暫く経ってから初めて分かるものがある。
例えば
横目でアルテアを見ると‥‥プルプルしていた。何となく見てはいけない気がしたので視線を戻すと、
「ユウジ‥‥」
「は、はひぃ」
声が上擦る。喉がカラカラに渇く。そして冷や汗がツーッ背中を流れ落ちる。
「説教の途中に彼女の顔によそ見するなんて良い度胸だねぇ〜もう少し話そうか〜良いね⁈」
「あわわわわ、は、はひぃ、よ、よよよ喜んでぇ!」
終わった‥‥‥
「今度から気をつける様に!」
長きにわたる話もようやく終わりを迎えた。もっとも怒られた内容は至極真っ当なもので余所見が無かったらもう少し早く終わっていただろう。余所見なんかしていなかったブラッド君達は先に解放された。サリーさんが部屋を出て行った今、残されたのはアルテアと俺だけだ。
「さっ、はやくいかないと宿が取れなくなるぞ」
「‥‥‥」
「アルテア?」
反応が無い。どうしたのかと思っていると、
「ユ、ユウジぃ〜」
顔を上げたアルテアは涙目だった。
俺の灰色の脳細胞は理解してしまった。何故アルテアが涙目なのかを!──と、なればすべき事はただ一つ!
俺はアルテアの背後に回り込み黒いニーソのような物に包まれた御足の裏をつついた。
「ひゃん」
そんな可愛いらしい声と共にアルテアがビクッと体を震わせ‥‥そして倒れた。倒れながらも怨みがましい目線を送ってくる。フハハハハ、神の使徒よ哀れなり‼︎──長い時間正座した事のある人は分かるだろう。正座した後に足の裏を突かれる事の脅威を‼︎どうやらそれは神の使徒にも通じる様だ。──代償としてアルテアが如何にも怒っていますという様な表情をしているが、なにぶん起き上がれてすらいないので迫力は無い。
「もうっ、今度やったらどうなるかわかってますよね?」
十数分後、怒るアルテアをどうにかを宥め賺し、ギルドを出た。そして、
「あっ、ヤベっ宿取ってなかった。アルテア走るぞ」
アルテアの足の裏をつついたりなんだりてすっかり忘れていた。
「うぅ〜走るたびに足に痺れが‥‥」
結論から言うと、宿は取れた。だが、
「一部屋だけですね‥‥」
「‥‥そう‥‥だな」
「‥‥まぁ、これまでも似た様な感じでしたし、恥ずかしがるのも今更感ありますけど‥‥」
「‥‥そう‥‥だな」
(いやいやいやいや絶賛テンパってますって)だが、ここで俺だけ意識していると表明するのはなんか癪だ。大晦日の笑ってはいけない番組で鍛えたポーカーフェイスの出番だぜ‼︎──はい、すいません無理です。
「ベッドも一つとは‥‥」
部屋に入るなり更なる試練が待ち構えていた。──寝具はシングルベッドが一つだけだったのである。だが、その時にはすっかり俺達のテンションはおかしくなっていた。
「‥‥別に二人で寝ても狭いだけで大丈夫ですよね〜」
「あぁ、二人で半分にしよう。俺右側な!」
こうして、疲れもありすぐさま眠りについた。
───訳では無かった。
「‥‥眠れない‥‥‥」
緊張感で全く眠れないのだ。
「アルテア、起きてる?」
アルテア方へ寝返りを打ち、小声で尋ねると小さく「はい」と返事が返って来た。
「少し話さないか?‥‥」
「良いですけど、何についてですか?」
アルテアもこちらを向く。目と鼻の先にアルテアの顔がきて、顔が熱くなるのを感じる。
「こ、これからの方針とか?アルテアは何かやりたい事は無いのか?」
暗闇の中で、アルテアが身を硬くする。
「‥‥特には‥‥でも、一人は嫌です」
その言葉は何処か縋る様な響きを持っていた。
「分かった‥‥。約束する」
「ユウジは、何かしたい事は無いんですか?」
「俺は‥‥元の世界に戻りたいかと訊かれると分からない。‥‥でも、俺以外の人がこっちに来ているのなら会いたいと思う」
「王都に行けば誰か何か知ってるかもしれませんね」
「俺も王都デビューかー」
「まるで田舎者みたいなことを言いますね」
「うるせぇ」
(こちとら、前の世界でもど田舎の高校生だっ!)
妙に優しい目で見られた。
「でも、その前に武器は必要ですよ」
ズイッと顔を近づけられる。
吐息が触れ合うほどの距離に顔が有る。何が言おうにも緊張して何も言えない。(どうにかしてくれこの空気‼︎)そう思ってアルテアの方を見ると、暗闇の中でも分かるくらい顔を赤くしたアルテアがいた。
「は、離れるか‥」
「そ、そうですね!」
斯くして、これからの方針が決まった。
ただし、眠れないという問題は解決しなかったとか‥‥
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