第28話、澤井悠二は周知に悶える

「しっかし久しぶりだなぁ〜このギルドも‥‥」


 そう言いながら扉に手をかける。

そして、扉を開けるといつも通りの光景‥‥では無かった。

ギルドの中は息も詰まるような濃密な殺気で溢れ返っていた。辺りを見渡すとスキンヘッドのゴリマッチョな冒険者達も顎をガクガク、体をガクブルさせている──と、そこまで視線を巡らせて殺気の発生源を見つけた。それは‥‥‥受付のベテラン受付嬢──サリー嬢だった。

若干殺気にビビりながらもそちらへと向かっていくと、クイクイッとアルテアに袖を引かれる。そして


「あのおばさん何者ですか?最早、人外と言っても過言ではないほどの殺気ですよ?」


 そう言った瞬間さらに殺気が膨れ上がった。


「ア、アルテアその‥‥頼むからサリーさんをおばさ‥『お嬢さん見ない顔だね‥‥初対面の人におばさんだなんて躾が成っていないねぇ。あとで夜が更けるまでたっぷりとOHANASHIしようじゃないか。それと、ユウジ!あんたも、もちろん参加するよね?』」

 咄嗟に首を横に振ろうとするが、

ガッ

と首根っこを押さえられた。


「ブ、ブラッド‥‥どういうつもりだ」

「すいませんユウジのアニキその‥‥たぶん僕らも強制的に参加させらるんです。勿論アニキも来てくれますよね?一人だけ帰ろうなんて思ってませんよね?」

 逃げられないようだ。だが、話し合う話題を無くしてしまえば帰れる筈!なので‥‥


「あ、あの〜サリーさん?」

「なんだい?」

「どうして俺とお話をしようと?」

 その瞬間俺は自分の安易な考えを呪った。殺気が‥殺気がさらに膨れ上がり、ベヒーモスの殺気が微風に思える程になった。あちこちでドサリという音が聞こえる。さっきガクブル震えていたスキンヘッドの方も無事に意識を飛ばし遊ばされたようだ。ナムサン?


「どうしたもこうしたも元凶はあんただよ‼︎薬草採取に出かけてあんた何ヶ月経ったと思ってるんだい?ブラッド達や他の人にどれだけ迷惑をかけたと思ってるんだい?」

 そう言われてハッとする。ブラッド達がアングボアに襲われていたのはもしかし俺を探す為‥‥


「ブラッド、カイン、ユーナ、フレイ‥‥迷惑をかけてすまなかった」

 頭を下げる。

3秒‥‥5秒‥‥10秒

そこまでたった時、ブラッドが口を開いた。


「良いってことよ!俺達だってアニキに助けて貰ったし!貸し借り無しだぜ!」

「‥‥まったく気をつけて下さいね?」

 フレイもそれに続く。後の二人もどうやら許してくれる様だ。

「‥‥ありがとう皆んな‥‥ところでブラッド」

「ん?なんだぁユウジのアニキ?」

「その‥‥アニキってのは貸し借り無しになったから無くて良いんじゃね?」

「いや、アニキはアニキだ」

「別な呼び方は〜」

「そうね、魔法を殴ったり、棍棒を投げていたから、魔殴投棍のユウジと呼ぶのはどうかしら?」

 フレイがニヤニヤ笑いながらとんでも無い提案をしてくる。ぐぉぉぉ、羞恥心がァァァァ──ここぞとばかりに意識を取り戻し、ニヤニヤしながら見守っている冒険者達め!覚えてろぉぉぉ


「良い考えだフレイ!ユウジさん今度からそう呼ばせていただいて良いですか?」

 俺が羞恥に悶えている一方で話し合いは更なる展開を迎えていた。


「ユウジの二つ名なら〝膝枕〟と言うのはどうでしょう」

 アルテアさぁ〜ん⁈味方はいなかった‥‥


「ぐっ俺がユウジのアニキにしたことがアニキの名前に‥‥これも捨てがたいっ」

 ブラッドは頭を抱えて唸り始める。一方、フレイとアルテアはユーナを交えて俺の二つ名について盛り上がっている。──断片的に聞こえてきたものだけでもかなりの厨二度だ。〝魔殴膝枕のユウジ〟って呼ばれると俺のSAN値が消し飛ぶ。なので‥‥


「‥‥アニキでいいです」

「「聞こえないわ〜」」

 フレイとアルテアは尚もニヤニヤしている。──どうしてこんな事に‥‥


「くっ‥‥アニキと呼んでください‥‥アニキと呼んで欲しいんです‥‥」

「仕方ないわね‥‥ブラッド、ユウジさんアニキって呼んでほしいそうよ」

「本当ですか?アニキ」

 ブラッドがすごく嬉しそうにしている───これで良いんだ。決して厨二な名前という脅しに屈した訳では無い。と、そこへ


「ブラッド!ユウジが見つかったって?」

 壮年の背中に大剣を背負ったガッシリした男がこちらを見るなりそう怒鳴る。

 いかにも強そうな人だ。

 

「ライルさん!紹介します。彼が魔殴膝枕のアニ‥‥じゃなくてユウジさんです。」

 おい、変な名前が聞こえてきたぞ


「始めまし紹介に預かりましたユウジです」

 お辞儀をすると、

「おう、俺がライルだ。お前が魔殴膝枕?のユウジか。膝枕っ、膝枕って面白い二つ名だな。今度からは迷子になるなよ?」

 ニヤニヤしながらからかってきた。そして


「ところでそこの嬢ちゃんは?」

「新しいパーティメンバーです」

 答えてから、迷子になって戻って来たらパーティメンバーが増えるってどういう事だよと自分にツッコむ。


「っか〜っ迷子になったかと思ったら次は女連れかよ!このリア充めっ」

 そう言って頭をガシガシとやってくる。その手からよがれようと四苦八苦していると、


「ほれ、 ユウジこちらへいらっしゃいブラッド達とそこのお嬢さんも」

 名状し難き鬼の様なナニカサリーさんが立っていた。──とても良い笑顔でオイデオイデしている。


ライルさんが死者を弔う様な表情で見送る中、俺は‥‥否、俺達は死地に赴く様な表情でサリーさんの元へと歩いた。

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