第9話 出会い2

 何も聞こえない。


 ゆっくりと目を開けると目の前に大河がある。どうやらこれに流されて来たらしい。

 

 辺りを見渡すが、木々が生え緑に満ち溢れているだけで、崖に落ちる前に命懸けの逃走劇を繰り広げたベヒーモスはおろか動物の気配すら感じない。



 ふと異質なものが目に留まる。


 それは巨大な台座に乗った等身大の石像だった。


 背中に二対の翼を生やしペプロス(古代ギリシャあたりの女性用の服)のようなものを纏った美しい女性、というより少女。感覚的には高校生くらいの年齢だろうか、それは人がそのまま石になったと言われても信じられる、それほど真に迫ったものだった。


 ほぼ無意識に石像の方へフラフラと歩きだす。


 近くにきて改めてその美しさに息を呑む。



 そして思わず手で触れようとして‥‥


 

ピシッ、パキッ


 石像の表面が崩れ始める。


 少女の表情はヒビにより、まるで泣いているかのように見えて、


 慌てて手を離すがそれでも一度始まった崩壊は止まらない、止められない。


 そうしてヒビが石像の全身に入ると、一斉に石片が降り注ぐ。


 咄嗟に顔を手で覆いそして、石の雨が止み、顔を上げ気づいたら俺は見惚れていた


 石の中から出て来た翼持つ少女は思わず見惚れていることを忘れてしまうくらい美しかった。それ自体が薄く光を放っているかのように思える銀髪に、長いまつ毛、顔の全てのパーツが完璧な位置にあるかのように思えるほど整った顔立ち。日焼けを知らぬかのような白い肌に、スラリと伸びた長い手足、胸は大きすぎず小さすぎず、それはまさに神が創りたもうた命ある彫像とでも言うべき美しさであった。

 

 そして、あたかもそこだけ重力が無いかのようにゆっくりと台座の下に着地したその少女は、これまたゆっくりと大きく切長の金眼を開き、少し掠れてはいるが、どことなく気品を感じさせる声で


「‥‥あ‥たは‥?」



 思わず聞き返そうと口を開きかけた途端、少女の体から力が抜け彼女は地に倒れた。






 衝撃的なことがあり過ぎて少し混乱しているが、これからどうするかを考えると言うことも兼ねて、少女が起きるのを待つことにした。もっとも、さっき石化が解けた少女の種族が天使(使徒)とあり、ちょっと興味が湧いたというのもあるが‥‥その判断が凶と出ないことを祈りつつ辺りを見渡す。恐らく今日はここで一泊することになるだろう。


 辺りを確認して幾つか違和感があった。樹海は蒸し暑かったというのに、ここは少し暖かいだけで、更に、空は全くもって暗くなる様子がない、というより太陽自体が見つからず、あたかも空全体が薄く光を発しているかのようだった。


 他にも、さっきまで生命感溢れて少し過剰気味な森の中に居たのに今は動物は1匹たりとも姿を表さないなぁ〜まさか、異世界に来てそこでまた更に異世界転移⁈とか考えていると、


「んっ、う〜ん〜」

 少女が目覚めた。


 さっきより少しさっぱりした顔と威厳を感じさせる声で

「よくぞ妾を解放してくれた。お礼に一捻りしてさしあげましry」

「いや、偉そうにするなら最後まで偉そうにしろよ。てか、さっきまで倒れてたのにそれはちょっと‥‥」

「‥‥最後まで言わせてくださいよ‥‥」

 あっ、少し顔が赤くなった。‥‥可愛い‥見惚れてほんのちょっと、ほんとにちょっとだけジーっと見てたら、首を傾げながら

ど、どうしましたか?と尋ねてきてこれがまた‥‥ 以下略。

 彼女は、オホン、と咳払いをして、

「貴方は誰ですか?そしてどうやってここに来たのですか?」と問いかけて来た。


 名前を名乗り、どうやってここに来たかという問いには、正直に崖から飛び降りたと答えると、自殺未遂?と思われそうで何となく嫌だったので崖から落ちたと答えると、


「そうですか‥‥」

 それだけ言うと彼女はそっと目を伏せた。


 急に落胆したような悲しげな表情になったため何かしてしまったと焦っていると、


「もしかして貴方は異世界から来た方ですか?」

 いきなり彼女は俺の1番の秘密を暴かんと踏み込んできた。


 否定するのは簡単だ。とはいえ、なんの根拠もなしに異世界から来たと言う考えが出てくるとも思えず、その根拠を知りたかったので肯定の意を示すと


「あぁ、やっぱり」

 今度は悔しさ、申し訳のなさが混じった今にも消え入りそうな声でそう呟き


 そして、突然膝をついて‥‥端正な顔を悲痛に歪め、

「本当に申し訳ありませんでした」

 突然謝罪を始めた。

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