終編:お兄ちゃんのハル。あるいは死海に咲いた花。

「容体、安定しました」


「ふむ。これはまた興味深いな」


「先生、どうされましたか?」


「この青年は自身の内に2つの性格を秘めているようだ」


「と、言うと?」


「小説で例えるなら、地の文と会話文のような」


「つまり相反する性格がひとつの個体内で共存している、ということですか」


「このような多重人格障害ではめったに起こらないケースなんだがね……」


「まあ確かに、普通は表面に出てくるものですからね」


「ただ彼の症状を見るに、やはり何らかの外的要因が発病の原因だろう」


「彼はどうやら、3年前に妹さんを交通事故で亡くしているみたいです」


「ああ……やはり、そうだったか」


「まだ若いのに……本当に気の毒です」



 いま思えば、すべて自分が悪かった。


 桂木かつらぎ 結衣ゆいが俺の本当の妹ではないということを、もっと早く彼女に伝えていれば良かったのだ。


 それを最後まで秘密にしていたせいで俺たちの関係はねじれ、いつしか結衣は俺のことを他人行儀で扱うようになった。


 俺は「今まで黙っててゴメン」の一言も言えずに、ただ離れていく妹を諦観していただけだった。


 そして……そんなこんなで月日は流れ、ときは12月25日。


 親に連れられてクリスマスパーティーの買い出しに出向いた俺と結衣は、些細なことでケンカして言い合いになっていた。


 途中で結衣が「お兄ちゃんなんてもう知らない」と言い残してばっと駆け出しても、俺はいつものことだと思って追いかけようとしなかった。


 ――でも、勢いあまって車道に飛び出たところをたまたま通りかかった乗用車に轢かれてしまったのだとしたら。


「…………」


 だから俺は自分の夢の世界にこもるしかなかった。

 かつての優しかった妹と一緒に、理想のクリスマスを送るため。


 本当はあのまま二人だけのクリスマスパーティーを終えて、なんやかんやで妹の卒業式まで付き合ってやろうと考えていた。


 なぜなら12月25日に亡くなった結衣は、その3か月後に高校の卒業式を控えていたから。


 だから、俺は罪滅ぼしをするために妹の卒業式をしようと考えていた。 


 ……まあ、結果として卒業式にはたどり着けなかったが。

 やはり、俺には罪滅ぼしなんてものをする権利は無いのだと思う。


「……くっ」


 ――だから。


「あと……もう少し……!」


 ――もう一度。


「動け……!」


 ――今度こそ。


「くっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」


 ――妹に「ごめんなさい」を言うために。


 だってそれを言うまで、俺のハルは終わらない。

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お兄ちゃんのハル。あるいは死海に咲いた花。 こんかぜ @knkz3315_west

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