第15話 クロムオレンジ

■作者のねらい:本当の両親がいるユーリを羨ましく思っていた幼い頃の思いが、シエラの孤独感につながっている。

その後、サミュエルが初めてシエラを名前で呼び、シエラがサミュエルに小さな反抗を見せる。

つまり、サミュエルがシエラと向き合ったことで、シエラがただのいい子の殻を破って自分の意思を受け止め始めたことになる。サミュエルはわざとそのきっかけを与えた。そして…



■登場人物

   シエラ

   シエラ(N)

   ユーリ

   サミュエル

   トワ


■ ⭐︎マークのところは、遠くで聞こえたり、水の中で聞こえているかのような音質に変えれるとなお良い。イコライザーでMIDLEをあげたり下げたりするとそれっぽくなるかもしれない。



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◯森の中、クロムオレンジの木 (昼)




シエラ(N)『昼食を食べ終えた後、わたしはサミュエルに誘われて一緒に森の中に入っていった。クロムオレンジを採りに行くらしい。慣れた感じで歩いていくサミュエルの後を追い、どんどん奥へと進んでいく。ユーリとトワがすっかり見えなくなった時、サミュエルが足を止めて大きな木を指さした』


サミュエル「あの木に登れそうか?」


シエラ「多分大丈夫だと思う」


シエラ(N)『わたしは持ち前のすばしっこさを発揮して、太い枝に捕まった。ささくれだった樹皮じゅひにうまく指を引っ掛け、ひょいひょいっと木を登っていく。てっぺんまで登ると、一気に視界が広がった』


シエラ「うわぁ、高い!」


シエラ(N)『遮るものがなく、どこまでも広がる青い空の下にある緑の海を見下ろす。深呼吸をすると、太陽に照らされた暖かい空気が森のにおいと共に肺を満たした』


サミュエル「どうだ、景色がいいだろう。これからクロムオレンジがなる。それを採って帰るぞ」


シエラ「これからなるの?」


サミュエル「見てろ」


シエラ(N)『言われた通りに木のてっぺんを見つめていると、枝が所々膨らんであっという間に握り拳くらいの大きさになった。成長が止まると、今度は黄色から赤みの強いオレンジへと色が変わり熟していく』


シエラ「すごい、果物ってこうやって成長するんだね! わたし、孤児院の裏山しか行ったことがないから、こんな不思議なものは初めて見た!」


サミュエル「そうか。これだけ成長が早いのはクロムオレンジくらいだ。もう食べれるぞ」


シエラ(N)『サミュエルが実を一つもぎ、皮を剥いて食べて見せた。わたしも手の近くで熟していたクロムオレンジを一つもぎ、真似して食べてみる』


シエラ「美味しい……!」


シエラ(N)『甘いオレンジの味が口いっぱいに広がった。爽やかな味と香りで、落ち込んでいた気分が少しだけ明るくなる。もしかしたらクロムオレンジは魔法の果物なのかもしれない。そう思った時、サミュエルがポツリと呟いた』


サミュエル「過去は変えられない。だが未来は白紙だ」


シエラ「え?」


サミュエル「お前は何も見えていない」


シエラ「……どういうこと?」


サミュエル「孤児院長……お前の母さんは、色々あったろうが今日までお前のことを大事にしてきたんじゃないのか? それなのに、なにをそんなに不安に思っているんだ」


シエラ(N)『サミュエルの言葉に、わたしは内心ギクッとした。わたしがお母さんに大事にされてきたのは、自分が一番良く知っている。だからお母さんも孤児院も大好きだし、一刻も早くみんなを助けたい。ただそれだけだ』


シエラ「わたしが大事にされてきたことは、分かってる……。不安なことと、それとは別だよ」


サミュエル「分かるとはそういうことじゃない。本当に分かっているなら、どうでもいい奴らの言葉ではなく、自分を本当に大切にしてくれる人の言葉を信じろ。周りの人がお前を大切にしてきたのは、いつまでもお前が悲観するためなのか? お前が、……シエラが前を向かなくてどうするんだ」


シエラ(N)『確かにわたしは自分が嫌いで、ユーリやお母さんが大事にしてくれても無意識に自分の出生も存在も否定してきていた。だから、トワの何気ない言葉が胸に刺さったんだ。サミュエルの言葉で改めて自覚する』


サミュエル「お前は、こうやっていつまでもグチグチ悩み続けるのか? いつまでも自分の未来を不安や悲しみで埋め尽くしていたいのか? どうなんだ⁉︎」


シエラ「そんなの……そんなの嫌だよ、サミュエル!」


SE 指笛


シエラ(N)『サミュエルがあきらめるような顔をした。そして指笛を吹くと、人間の何倍もある大きな鳥が飛んできた。それにサミュエルがヒラリと乗り、わたしのいる木の近くまで飛んできて手を差し出す』


サミュエル「来い!」


シエラ(N)『わたしはサミュエルの手を取って鳥に飛び乗った。後ろにいるサミュエルが、落ちないようにわたしを包んでくれる』


サミュエル「動物に乗る時は、こうやって魔力を少しだけ出して手綱を作るんだ。できるか?」


シエラ「こんな感じ?」


サミュエル「いいだろう。しっかり捕まってろよ」


シエラ(N)『鳥がバサバサと大きく羽ばたき、巻き上がった風でスカートの裾がはためいた。そして、迷いを吹き飛ばすような暖かい突風を全身に受け、一気に森の遥か上空まで上昇する』


シエラ「うわぁっ! はははっ! すごい!」


サミュエル「寒くないか?」


シエラ「大丈夫! ……気持ちいい!」


シエラ(N)『大きかったクロムオレンジの木が点になると、今度は一気に高度を下げてバブルサンフラワーの横を飛ぶ。すると、横切った勢いでシャボンの花粉が舞い上がり、私たちの後を追ってきた』


サミュエル「もう一度あがるぞ」


シエラ「うぇっ? きゃぁっ、あははっ!」


シエラ(N)『一気に鳥が上昇し、再び大空に戻ってきた。ここにはわたしをさげすむ人は一人もいない。思ってもいなかった解放感に、十三年間押し殺してきた感情が押し寄せて、涙がこぼれてしまった。止めたくても止まらない。ひとしきり涙を流すと、心にもない言葉がわたしの口をついて出た』


シエラ「うぅ……サミュエルの、バカ!」


サミュエル「あ? バカと言う方がバカなんだぞ」


シエラ「そんなことないもん」


サミュエル「全く、可愛げのない。少しは素直になれ」


シエラ「それ、サミュエルには一番言われたくない」


シエラ(N)『わたしが落ち着きを取り戻すと、サミュエルは小さな山の山頂に鳥を降ろした。遠くの方に、剣の練習をしているユーリとトワが見える。

 わたしたちはその様子を眺めるように腰を下ろした。すると、サミュエルが手のひらでわたしの目を覆い、足の傷を治してくれた時みたいに腫れている目を治してくれる』


シエラ「あ、ありがとう」


サミュエル「俺が泣かせたと思われたら困るからな」


シエラ(N)『サミュエルがそう言って口を尖らせた。まるですねた子どもみたいだ。プイッと顔をそらせたサミュエルが木に向かって口笛を吹くと、リスが三匹出てきて私とサミュエルの体を駆け巡る』


シエラ「ふふふ、くすぐったい! サミュエルって、本当は優しいんだね」


サミュエル「あ?」


シエラ「……本当はわたし、心のどこかで自分は産まれてこなきゃ良かったのかもって思ってたんだ。必要だとか愛されてるとか、そう思うよりも、わたしは自分が必要ないって思う方が簡単だったみたい。だから、トワが私の遺伝子に異常があるかもって言った時、びっくりと言うか、やっぱりねって思っちゃったの」


サミュエル「……」


シエラ「でも、空を飛んだらそんなことも吹き飛んじゃった! どうもありがとう、サミュエル!」


サミュエル「……俺は自分のしたい様にしただけだ。だから、礼を言う必要はない。帰るぞ」


シエラ(N)『サミュエルは無愛想にそう言うと、リスを逃がして立ち上がった。魔法を教えてもらった時のように、そそくさときびすを返す。……もしかして、照れてるのかな?小屋に戻ると、サミュエルが料理を始めた。どうやら夕飯のメニューはジャウロンのシチューらしい。いい匂いだ』


シエラ「美味しそう……! 一口味見してもいい?」


サミュエル「まだだめだ」


シエラ「サミュエルのけちんぼ」


サミュエル「うーるさい。邪魔だからあっちに行け」


シエラ「みゃぁっ!」


シエラ(N)『サミュエルは、うろちょろしているわたしのほっぺたをつねって追い出した。ヒリヒリするほっぺたをさするわたしには目もくれず、一生懸命に鍋をかき混ぜている。……しょうがないから夕飯まで我慢するとしよう。


この日以降、クロムオレンジを食べるたびに、わたしは今日の出来事を思い出すことになる』

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