第33話 両世界に迫る闇

 

「ララ様ララ様! 大変だにゃっ!」


 ナ・デナデのお城の中、巫女であるララの神殿兼住居のフロアに、アッカをはじめ慌てた様子の3人娘が飛び込んでくる。


「……って?」


 だが当の巫女であるララィラは、部屋の中央部、鏡のように磨き上げられた水晶の床に跪き天に向かって祈りを捧げている。


「ごくっ……ララ様、もしかして……”宣天の儀”だにゃん?」


 世界の運命を左右し、因果をも操るというララィラ様の最終奥義……もしかして、巫女様はこの異常事態を事前に……!


 張り詰める緊張感に思わず息を飲むアッカに、静かにまぶたを開いたララが語り掛ける。


「……アッカちゃん……リーノさんに”シェイプチェンジ”のモフ法を掛けて、犬同士になって致すのはアリかなっ?」


「う”え”え”え”っ!?」


「……素でドン引きしてないで、ララ様に早くあの事をお伝えするの!」


 どかっ!


 至極真面目な表情から放たれたとんでもないセリフに、思わず顔を真っ青にしたアッカだが、同じくドン引きしているキーロにケツを蹴られ、べしゃりとララの前に突っ伏す。



「……はっ!?」

「ごめんアッカちゃん……ララ、思わず思わず全身全霊でモフ法トリップしちゃってたよっ……うへへ」



 がしっ



「ふにゃっ!?」


 悪夢から覚めたのか、いつもの元気な調子に戻るララだが、わずかに残る妄想の残り香に思わず尻尾を逆立てるアッカ。

 やっぱり処女を拗らせるものじゃないにゃん……自身の安全のためにも、ララの注意を逸らす必要があると判断する。


 珍しく頭脳を高速回転させたアッカは、自分を生贄にした仲間たちを横目でにらみつつ、ララに”緊急事態”を告げる。


「にゃ、にゃほんっ!」

「ララ様、”星見の灯台”の先端が赤く光っていたにゃ!」


「ここ数百年間見られなかった現象だにゃんっ! これはまるで、あの伝承の……」


「なっ!? ホントなのアッカちゃんっ!!」

「確かに……最近最近ララのモフ法センサーが疼くのですっ! まるで、巨大な狂気が世界を侵すように」


 背後のキーロから、「ララ様の邪念もだいぶ入っていると思うの」とのツッコミが入るが、華麗にスルーするララ。


 同時に、恋に悩む乙女の顔から、ナ・デナデ一のモフ法使いの顔へと表情が引き締まる。


「分かったよアッカちゃん……もし”伝承”が本当だった場合、ナ・デナデに収まらない危機になるかもっ!」

「ララ、”むにむに大巫女”様にお伺いしてみるねっ!」


「「「!!」」」


 今度こそ息を飲む三傑集。

 もはや伝説と化したナ・デナデの”大巫女”……あの方に頼るほどの事態なのか……。


 胸に去来する不吉な予感に、身体を震わせる3人なのだった。



 ***  ***


「マリノ王国の国王陛下より正式に謝罪文が届いたし、バルロッツィ家のフランコは王宮を追われたそうだ」


 ……結局父上は失脚したのか。


 ガイオの情報が無いのは少しだけ気になるけど、新たに発表されたマリノ王国の閣僚の中に、宮廷魔導士筆頭だった彼の名前はなかった。

 どちらにしろ僕は縁を切られた身……もはや関わることは無いだろう。


「ま、そんなことより明日は朝9時に正装して宮城正門前に集合な?」


「魔術学院か……僕は何すんの?」


「お前は帝国スキル総監だし……教官長な」


「教官長!? 僕が!?」


「ははっ……お前は下積み時代も長かったし、教えるのが向いてると思うぜ?

 それに……おっとこれはまだ秘密だった」


「?? なんだよラン、気になるじゃないか!」


 魔術学院?の開学式を明日に控えた夜、僕とランは帝都の片隅で杯を傾けていた。

 ……さすがに、昔みたいに場末の酒場というわけにはいかないけど、プライベートが保たれる会員制のバーだ。


 語り合う人間たちを何十年も見守ってきたのだろう、使い込まれたメイプルウッドのカウンターと、煙草の煙がしみ込んだ石壁……くっ、大人の社交場という感じでカッコいい!


「ま、それは明日のお楽しみってな……”唯一無二のスキル辞典”、お前に憧れて入学を決めた子も多いんだぜ? 教官長はモテモテかもな」


「……マジで?」


 グラス片手に悪い笑顔を浮かべるランは皇太子という衣を脱ぎ捨て、頼りになる相棒の顔になる。

 この場所が、ランの素を出せる唯一の場所になるのかもしれない。


 重責を背負うランの助けになれるよう、改めて気合を入れる僕なのだった。


 そのまま僕とランは飲み明かし……日付が変わろうかという時刻、ベロベロになった僕は自宅のベッドに倒れ込むのだった。


 ぱああああっっ


 むにゅっ……。


 ほのかに光る魔術の光と、心地よい感触……誰か僕の名前を呼んだ気がしたけど、アルコールに冒された僕の頭は理解を拒み……


 ふわふわとした、極上の触りごごちの何かを抱きながら、僕は深い眠りに落ちたのだった。

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