第34話 ララちゃん、降臨

 

「う~ん……あと5分……」


 人生最良かもしれない最高の寝心地に、本能が起床を拒否する。

 なぜなら右手に全身に、極上のモフモフを感じるから。


「えへへ、早く起きないと約束の時間に遅れちゃいますよっ」


 ……なんだろう?


 ララの澄んだ声が聞こえる気がする。


 確か、今は向こうに戻っているはずで……いつの間にか犬モードでこちらに来てくれたんだろうか?

 それなら、先ほどから右手に感じるこのモフモフはララの……。


「…………はっ!?」


 明らかに人型な感触に、一気に意識が覚醒する。


「えへっ、リーノさん……おはようございますっ!!」


「!?!?!?」


 見開いた目に映ったのは、頬を染めてはにかみながら添い寝をしてくれるララの姿だった。


「ええええええええっ!? ララ、どうしてっ!?」


 思わずベッドから飛び起きる。


 パジャマ姿のララは、くあぁと可愛くあくびをすると、ぐっ!とドヤ顔でサムズアップしながら宣言する。


「よくぞ聞いてくれましたっ! ゴリゴリっとモフ法を改修して、人間形態でこちらに来れるようにしてみましたっ!」



 ***  ***


「なるほど……ララたちの世界、ナ・デナデで不穏な予兆があるんだね」


 今日の朝食はハムエッグとトースト。

 香ばしいハムが焼ける匂いに目をキラキラさせているララの前に、焼きたてのハムエッグとトーストを積んでやる。


「なのですっ! ナ・デナデの象徴で、世界の風を読むと言われる”星見の灯台”……そいつが怪異の予兆をキャッチしたんですっ!

 怪異の名前は”ケイオス”……ナ・デナデの伝承では、”複数世界を侵す災厄”と言われています」


「ぱくぱく……はうっ! 肉厚のハムが最高ですぅ」


 ハムエッグを頬張り、メシ顔を浮かべたララの口から出た”ケイオス”という言葉。


 ”複数世界を侵す災厄”とか、穏やかじゃない……僕らの世界にそこまでの危険が迫っている実感はないけど、ランが魔術学院を設立した経緯とも関係があるんだろうか。


 一口でハムエッグを平らげたのが恥ずかしかったのか、頬を染めながらララが続ける。


「……こほん。 どうやら、怪異のモフ力がリーノさんの世界から流れてきてるらしくて、ララのクソバ……長老さんに相談して、召喚モフ法を改修してもらったんですっ!」


「これで、いつでもどこでもリーノさんと一緒ですよっ! えへへ……」


 にぱっと笑うララに、思わず見とれてしまう僕。


 ……ん? まてよ、ララが人型形態で自由にこちらに来れるという事は、ほぼ通い妻状態という事で……いやむしろ昨日寝入るときのモフモフはララだったの!?


 おおおおおっ!?


 まさか僕、既にララと一夜を共にしてしまったんじゃ!?


 盛大に混乱しオーバーヒートした僕は朝食を食べそこねる。

 怪異の調査をしたいというララに戸締りをお願いし、待ち合わせ場所に急ぐのだった。



 ***  ***


「宣誓! 我々帝国魔術士官学院第一期生一同は、友と競い合い己を錬磨し、世界と帝国の平和に貢献することを誓います!」


「皇太子殿下及び教官長に対し……敬礼っ!」


 ザッ!!


 青空の下、帝国魔術士官学院のグラウンドに整列した数百人の少年少女が代表生徒の号令に合わせて一糸乱れぬ敬礼をする。


(は、はえ~っ)


 精一杯表情を引き締めて敬礼を返す僕は正直いっぱいいっぱいである。

 帝国のイメージカラーである赤青白トリコロールに塗り分けられた壇上から、生徒たちを観察する。


 10代前半から後半の少年少女たち。

 ランは帝国人だけじゃなく、世界中から生徒を募ったみたいだ。

 褐色肌の南方出身と思われる子、獣人族にエルフまでいる。


 こっそりと広域スキル判定魔術を使ってみると、生徒たちだけではなく教官陣もまばゆい才能を持った人ばかり。


 こ、この中で教官長……余裕のある笑みを浮かべつつ、内心冷や汗ダラダラの僕なのだった。



 ***  ***


「はあ~っ、疲れた……それにしてもラン、教官陣は帝国軍のエースばかり……そんな中に田舎冒険者の僕が混じっていいの?」


 緊張しっぱなしの開学式を終え、学長室のソファーに座り込む僕。


「おいおい、帝国どころか、北部諸国で最強の使い手となったスキル辞典リーノ殿がなに弱音はいてるんだよ?」

「リーノのもとで学べると、教官への応募も10倍以上の倍率で……絞り込むのが大変だったんだぜ?」


「ほ、ホントに?」


「お前はもっと自信を持てよ……お前が帝国最強であることはこのオレが保証するぜ!」


 学院長に就任したランがねぎらうように僕の肩を叩いてくれる。


 この僕が帝国最強かぁ……確かにレベルは70を超え、使えるスキルも300種類以上になったけれど。

 まだまだへっぽこ冒険者であった頃の感覚が抜けないのだった。


「ま、一期生たちの教育は教官陣が行うから、リーノはたまにスキル指導をしてくれるだけでいい」

「それより、お前には”特別クラス”を担当してほしくてな……」


 ランはそう言うと、にやりと悪戯っぽい笑みを浮かべる。



 パンパン!

 がちゃり……



 ランが手を叩くと、学長室の扉がゆっくりと開かれる。


「どうぞ、こちらになります」


 エリザちゃんに促され、部屋に入ってきたのは……。


 白を基調とした清楚なジャケット、胸元の赤いリボンが勇ましさと同時に可愛らしさを演出する。

 ふわりと広がった赤青ラインの入った純白のプリーツスカートから伸びるすらりとした脚。

 何よりふわふわのプラチナブロンドからピンっと伸びるかわいい犬耳。


「えへっ! 帝国魔術士官学院特別クラス一号生徒、ララィラ・エルエルですっ!!」


「えええええええっ!?」


 ぴしりと可愛い敬礼をしたララの姿に、思わずソファーから立ち上がり驚きの声を上げるのだった。

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