第21話 スキル辞典リーノ、温泉でのんびりする
「うわぁ、いいところだね!」
「だろ?」
10日間に渡る旅の末、僕たちはノルド公国に到着した。
目の前には、オレンジ、赤など、暖かな色合いの家々が立ち並び……美しい光景が広がっている。
ここはノルド公国の中心都市ノルド。
一見のどかな地方の街だが、他の街とは違う特徴があって……。
「あちこちから湯気が……これが”温泉”かぁ」
ほのかに硫黄の匂いを感じる……火山の奥で自然発生する火の魔法力が地下水を温めて地上に吹き出しているらしい。
マリノ王国には火山が無いから、本でしか見たことが無かったのだ。
日々の冒険 (と獣人お姉さん耳かきリフレ)で精いっぱいで、観光なんてしたことなかったからなぁ……。
王都を”追われる”ことになったとはいえ、まだ見ぬ土地での生活に期待感が高まる。
「オレたちが滞在する”親戚”の別荘はこっちだ」
「ま、気にせずくつろいでくれ」
勝手知ったる様子のランは、温泉街を抜けたところにある一軒の屋敷に僕を案内してくれる。
二階建ての建物は、古いがきれいに手入れされており、管理している人の几帳面さがうかがい知れるようだ。
「お待ちしておりました、ランドルフ様」
「よっ、エリザ」
「元気にしてたか?」
屋敷の入り口で、ひとりの女の子が僕たちを迎えてくれる。
年の頃は17~18歳といったところだろうか。
ピンクに近い赤毛をショートカットにまとめ、黒いメイド服のような衣装を上下しっかりと着込んでいる。
クールそうな切れ長の瞳が印象的だ。
ランの事を敬称で呼んだという事は、”実家”のメイドさんだろうか?
ランの実家のことはあまり聞いたことが無いので、思わず興味津々な顔になる。
「おいおい、”様”づけはやめてくれと言っただろう、エリザ」
「リーノ、コイツは親戚のエリザだ」
「オレたちの逃亡生活のサポートをしてくれるから、何か困ったことがあれば相談してくれ」
「リーノ様、ランドルフ様……ランさんがいつもお世話になっております」
「こちらこそ匿ってくれてありがとうございます」
「僕は”スキル辞典”のリーノ」
「よろしく!」
初対面の僕にも深々と一礼してくれる彼女に、僕もお辞儀をする。
とても真面目でいい子のようだ……ランとは違って。
「それではランさん、お部屋にご案内しますね」
慣れた仕草でランの荷物を受け取ると、屋敷を案内してくれるエリザ。
クールな表情を浮かべているが、ランを見つめる眼差しには熱がこもっており、頬がわずかに紅潮している。
ぴん、と来た僕はランにささやく。
「真面目でかわいい子だね……もしかしてランの彼女?」
「くくっ、ま……そのようなもんだ」
「へうっ!?」
がちゃん!
思いのほかひそひそ声が大きかったのか、動揺して荷物を取り落とすエリザ。
「ラララララっ、ランさん! いきなり何をおっしゃるのですかっ!」
「あうあう……ランドルフ様と恋仲なんて、畏れ多い……ああでも、エリザ的にはありありのアリなのです」
クールな様子はどこへやら、ぷしゅ~と音がしそうなほど顔を真っ赤にして狼狽するエリザ。
「な、面白いヤツだろ?」
真っ赤になったまま宙を見つめて硬直するエリザを置いて、自分の部屋へ荷物を運ぶラン。
……なるほど、ランはからかいがいのある妹、くらいにしか思ってないな。
なんとか、彼女の恋路を応援してあげよう。
彼女持ち (誇大表現)で余裕のある僕は、逃亡先を準備してくれた彼女に恩返しをしようと考えを巡らせるのだった。
*** ***
「さてと……長旅の疲れを癒しに温泉に行くのもいいが、ここまで四六時中一緒にいてまた一緒に温泉というのもあれだな?」
「しばらく自由行動にするか?」
「そだね……ランもエリザちゃんとデートでもしてきたら?」
「? なんでそこでエリザの名前が出るんだ?」
荷物を置いて一階のリビングに集合した僕たち。
さりげなくエリザの名前を出してみたが……ああ、攻略までは遠そうである。
僕も街を見て回りたいし、自由行動で話がまとまりかけた時……。
りんりん!
ポシェットに入れているララの宝玉が涼やかな鈴の音を立てる。
ララからのコールだ。
「リーノさんこんにちはっ!!」
「くんくん……この匂いは……温泉ですねっ!!」
姿を現すなり鼻を鳴らし……僕たちが温泉の街に来ていることを把握するララ。
……魔術で作り出した映像なのに、どうやって匂いを感じているかは謎だけど。
「ふふっ、こっちもようやく落ち着けたよ……急にどうしたの?」
「はいっ!」
「ララの召喚モフ法がレベルアップしましたのでっ!」
「こちらに1日程度滞在できるようになりましたっ!!」
「……あのあの、ですから」
ん?
いつもハキハキとしゃべるララが珍しい。
頬を染めてもじもじしている。
「長旅でお疲れかと思いますので……こ、こちらに遊びに来られませんかっ?」
「ナ・デナデ名物、ふわふわ温泉もございますっ!」
ふわふわ温泉って何だろう?
思わずハテナマークが浮かぶが、ケモミミと尻尾をぴんっとたて、頬を染めて誘ってくれるララがとてもかわいい。
「くくっ……可愛い彼女と温泉旅行か、行って来いよ」
「もちろん行くけど……そっちもしっかりね」
「??」
相変わらず僕のジャブにぴんと来ていないラン。
ともかく、王都を脱出してようやく落ち着いた僕たちは、それぞれ彼女?とのデートを楽しむことにしたのだった。
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