第20話 追放者サイド・ギルド長アント、詰む
「馬鹿な……リーノとランドルフが王都から消えただと……!?」
リーノたちがグランスキュラを退治して数日後、冒険者ギルドの執務室で部下の報告を受けたアントは絶望の叫びをあげていた。
余裕をなくしたガイオの取り計らいで、事故に見せかけて暗殺……などの小細工をする必要が無くなったアント。
モンスターをけしかける、ギルドメンバーに攻撃させる、とあの手この手でリーノたちの抹殺を試みるが、レベルアップしたリーノたちにすべて撃退されてしまう。
ならば”ギルド権限”で連中を逮捕し処刑してしまえ……無茶苦茶なことを言うガイオに逆らう事が出来ず、王都に続く橋に検問を設けると共に連中の住居に押し掛けた冒険者ギルド。
しかし、奴らの部屋は既に引き払われた後であり……。
しかも検問にも奴らは掛からなかったというのだ。
念のため調べさせた王都地下水路にも隠れておらず……信じられないことだが、リーノとランドルフは王都から脱出したようだ。
「王都を出る人間はすべて確認したはずだぞ……一体どうやって……」
王都の四方は川や湖に囲まれており、街を出るには街道に続く橋を渡るしかない。
湖には水棲モンスターも出没するので、夜間泳いで脱出した……とは考えづらいが。
上位の変装スキルを使って堂々と脱出した、など思いもよらないアントは冷や汗でぬれた手を血が滲むほど握りしめる。
(どうする……連中の行き先なんて想像もつかんぞ……)
(さすがに今回はフランコ様やガイオ様も許してくれまい……いっそ逃げるか)
今の地位を捨てるのは惜しいが、命あっての物種だ。
アントは部下にもう一度地下水路を探索するように指示を出すと、逃亡の準備をするため自宅に急ぐのだった。
*** ***
「……くそっ、当面の路銀を稼ぐためとはいえ、コイツを売るのはな……」
自宅に飾っていた数々の美術品……それらを質に入れ、逃亡資金を確保したアント、明日朝いちばんに脱出することにし、やけ酒でも飲むかと繁華街に足を延ばす。
憮然とした表情で路地を曲がるアント……と、その肩が気安くたたかれる。
誰だ……ギルドの連中か?
今更なんだ? 振り返ったアントが見たものは、思いもよらない人物だった。
「って……え」
「ガイオ……坊ちゃん?」
思わず絶句する。
宮廷魔術師筆頭として王宮で生活しているガイオが、なぜこんな繁華街の路地にいるんだ?
「ふふふ……アントさん」
「ボクは我慢強い方だと自覚していますが……」
ニコニコと笑顔を浮かべるガイオ。
マズい……自分は彼の依頼を何度も失敗した挙句、全てを放り出して逃げようとしているのだ。
だが、もとはと言えば無茶な依頼をしてくるガイオ様が悪い……”家”の事は自分たちで解決してくれ……ああそうだ!
これ以上連中に付き合う義理もない……ガイオ様は魔術主体のスキル構成。
かつて”閃光”と呼ばれた俺の本気をもってすれば……!
この場を切り抜けるため、懐に隠し持った暗殺用のナイフに手を伸ばした瞬間。
ボシュッ!
「は……?」
やけに重い音が響き……アントの右腕は、彼の身体から
「うわ、うわああああああっ!?」
痛みもない、血も吹き出ない……だが、俺の右腕をガイオ様が持っている!?
鏡のようにきれいに切断された自分の右肩を見て、絶叫を上げるアント。
「やれやれ……飼い主を噛もうとするなんて、とんだ駄犬だね」
「役に立たない番犬は……当然処分される」
「……ちょっ、まっ!」
ドシュ……ザンッ!
アントの右腕に握られたままのナイフが彼の心臓を一突きし……見たことのない術式が展開されたと感じた瞬間、アントの意識は闇に沈んでいた。
「全く役立たずが……」
爆炎魔法で綺麗にアントの死体を焼き尽くした後、灰に向かって唾を吐きかけるガイオ。
「くそっ……父上が国王陛下にリーノの捜索を依頼したようだ……ヘタしたらボクの首をすげ変えるおつもりか……」
「早くなんとかしないと……」
野心に燃えるフランコは、いよいよ本格的にリーノを呼び戻すことを考え始めたようなのだ。
Aランクモンスターの襲撃を何度も撃退した実力……確かにリーノの力は高まっているようだが、このボクだってレベルアップしているというのに!
相変わらず自分勝手な父親に虫唾が走る……!
「……ガイオ様」
「ご心配なく……”不審な術式”の残滓を検出しました」
「これで連中の後を追えるかと」
「イゾールさん! それは本当ですか?」
相変わらず神出鬼没、ガイオの背後の闇からにじみ出るように現れたイゾール。
ガイオの問いに、彼女は静かに頷きを返す。
「それは好都合です! さっそく追っ手を……」
「お待ちくださいガイオ様……どうせならこの状況を利用するのです」
「フランコ様が不審な動きをされているのでしょう?」
「それならいっそ泳がせて……」
「な、なるほど……」
イゾールはガイオに抱きつくと、そっと彼の耳にささやく。
なんと魅力的な”策”なのだろうか……度数の高い酒に酔ったような、ふわふわとした高揚感がガイオを包む。
「ふふ……さすがの深慮遠謀です、ガイオ様……」
イゾールは細い手でガイオの頬を撫でながらそっと独りごちる。
「くく……”ナ・デナデ”の連中の仕業か……面白いわね」
頼りない三日月が、雲の切れ間から僅かに光を投げおろし……イゾールの金色の瞳が怪しく輝いた。
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